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十月の話 ~肩こりのろくろ首~ その3

「それでね、リンコ先生がマッサージして、特製のシップをはったら、むつみさんも痛いのがなくなったって、喜んでたんだよ。あたしもお礼いわれちゃった。別になにもしてないのに」


 巣穴の中で、人間に変化したポン子がスマホを耳に当てています。あのあと一本だたらのおじさんから、スマホの充電器を改造してもらったのです。出雲のお山の妖気を吸収して、それを電力にする優れものでした。


「ポン子はむつみさんを連れて行ったから、それで感謝されたんだろ。でもお前、いつの間にリンコさんと仲良くなったんだ。おれはあの人苦手だったんだよ。昔からおれの変化にケチばっかりつけてさ」


 スマホからコン兄ちゃんの声が聞こえてきました。


「だってコン兄ちゃん、ひげを引っぱられたらすぐに変化とけちゃうじゃん。リンコ先生はそんなことないもん」


 コン兄ちゃんが、ムッとしたような声でいいました。


「それをいうならお前だって、たぬきの耳が出っぱなしじゃないか。それに、雨に当たったらすぐ変化がとけるくせに」

「大丈夫だもん。前に一本だたらのおじさんから、ぬれ羽ガラスのかさを作ってもらったんだから。雨が降ってもへっちゃらだよ」

「ぬれ羽ガラスのかさまで作ってもらったのか。クロガネのおじさんも、ずいぶんまるくなったもんだ」

「えっ、どういうこと?」

「昔はそんな簡単に道具を作ってはくれなかったんだ。それどころか、あの人が作る道具は、どれも人間に害をなす道具ばかりだった」


 ポン子はまんまるい目をさらにまるくしました。


「うそでしょ。だって、一本だたらのおじさん、あんなに優しいのに」

「昔は違ったのさ。そうだ、ポン子はおじさんの、クロガネって名前のもともとの意味が、いったいなんなのか知ってるか?」


 ポン子はしばらく考えて、やがて首をふりました。


「ううん、知らない」

「クロガネっていうのは、人間が使う鉄のことさ。人間の使う鉄に負けないような、そんな道具を作るためにって、そんな名前をつけられたらしい。昔は人間と妖怪は、今よりもっと仲が悪かったからな」


 コン兄ちゃんは、そこで言葉を切りました。何かを考えこんでいるようでしたが、やがてコホンッとせきばらいが聞こえてきました。


「そうだな、ポン子もそろそろ知っておいたほうがいいだろうし、話しておくよ。人間と妖怪の間に、昔なにがあったのか」


 コン兄ちゃんは、いつもよりも低い声で、話しはじめました。


「昔の日本は、今よりもずっと森や山とか、自然がたくさん残っていた。それとともに、妖怪たちもそこかしこで暮らしていたんだ。だから昔は、いろんなところで妖怪たちが、人間をだましたり、いたずらしたりしていたんだ。前もいったとおり、おれたち妖怪は人間を怖がらせるために存在しているからな。だが、それを人間たちもよしとしなかったんだ」


 それで人間たちの中から、妖怪を捕らえる力を持った、『陰陽師』という人々が立ちあがったそうです。陰陽師は妖怪たちを、片っ端から捕らえて封印していったといいます。


「それって、サトルみたいなやつらなの? ほら、さとり一族っているじゃない、変なしゃべりかたする」

「ああ、岡っ引のさとり一族か。いや、そいつは違う。さとり一族はあくまで、悪いことをした妖怪を捕まえていたんだ。だが陰陽師たちは、妖怪であれば見境なく捕まえたんだ。なにも悪いことをしていない妖怪さえもだ」

「そんな、そんなのひどいわ!」


 ポン子が抗議の声をあげました。スマホから聞こえるコン兄ちゃんの声に、力が入ります。


「本当にな。だからそれが原因で、妖怪たちと陰陽師との間で戦争が起こったんだ」


 ポン子が息を飲みました。戦争なんて、遠い国の人間たちの話だと思っていたのに、自分たち妖怪にもかかわりがあるなんて、信じられない気持ちでした。


「戦争は激しく、それにとても長く続いたんだ。人間はおれたち妖怪と違って短命だから、何代かにわたって戦いをくりひろげたんだ。国は荒れて、人間も妖怪も、だんだんと戦争に嫌気がさしてきたころ、陰陽師の長と、当時妖怪たちの長だった化けぎつねが、和平を結ぼうと話し合いをすることになったんだ」


 陰陽師と化けぎつねの長たちは、和平のあかしとして、自分たちの子供を結婚させることにしたのです。化けぎつねは娘を、陰陽師は息子を結婚相手としてさしだしました。


「まあ、今でいう政略結婚ってやつだな。だが、最初はその夫婦はうまくやっていたそうだ。なんせ人間と妖怪の平和の架け橋だったんだからな。子供も一人生まれて、その家族は、人間の世界でしばらくの間平和に暮らしていたらしい。だが、化けぎつねだった母親は、どうしても人間の世界になじめずに、姿を消したんだとさ」

「どうして? やっぱり人間と生活するのは、大変だったから?」

「さあな、おれもそこらへんはあんまり知らないんだ。だが、母親がいなくなったことは、結局子供の運命を狂わせちまった。その子供はそのまま陰陽師として育てられたそうだ。だが、妖怪の血を引いているその子は、人間と違ってほとんど年をとることはなかった。それで他の人間たちから、嫉妬と好奇の目で見られるようになったんだ」


 コン兄ちゃんはそこで言葉を切りました。ポン子はなにもいうことができませんでした。母親がいなくなり、人間たちからは冷たい視線をあびせられるその子供の気持ちを思うと、胸がキュウッとなって、なにもしゃべることができなかったのです。しばらくして、再びスマホから、コン兄ちゃんの声が聞こえてきました。


「人間たちってのは、『自分たちと違う』ってやつを、ひどく憎むものなんだ。特にそれが、自分たちが持っていないものを持っているやつならなおさらだ。その子供は人間たちのそんな負の感情にたえられず、母親のあとを追うようにして、姿を消したんだ」

「そうだったんだ……」


 やっとでそれだけいうと、ポン子は黙りこくってしまいました。にぎやかで楽しい人間の町が、なんだか恐ろしい生き物たちのすみかのように思えてきます。


「ま、そうはいっても、人間だってそうすてたもんじゃないさ。実はおれもさ、今その陰陽師になるための修行をしているんだよ」

「ええっ?」


 ポン子はまんまるい目をさらに丸くして、スマホをにらみつけました。そんなポン子のことなどつゆ知らず、コン兄ちゃんは得意そうに続けました。


「ま、ただのユーチューバーより、陰陽師ユーチューバーのほうがかっこいいだろう。うまくいけばチャンネル登録者もたくさん増えて、人間たちもどんどん怖がって」

「どうして陰陽師なんかになろうとしてるのよ! だって陰陽師って、妖怪を捕まえる悪いやつらじゃない!」


 ポン子がスマホにどなりつけました。うわっというまぬけな悲鳴が聞こえ、コン兄ちゃんがいいわけがましく続けました。


「ちょっと待ってくれ、そうじゃない。いや、陰陽師の修行はしてるんだけど、今の陰陽師は、さとり一族と同じように、悪い妖怪だけを捕まえるんだ。昔みたいに見境なく妖怪を捕まえたりしないんだ」

「ほんとに?」


 疑わしげなポン子の声に、コン兄ちゃんはこたえました。


「ああ、本当だ。それに今の陰陽師たちは、人間と妖怪の橋渡しみたいなこともしているんだよ。妖怪が人間の町で暮らすのをサポートしたりさ」

「なんだ、じゃあいいことしてるんだね。ビックリした。あたしてっきり、コン兄ちゃんが人間の手先になって、悪いことしてるって思っちゃったよ」


 へへっと笑うポン子に、コン兄ちゃんはあきれたようにいいました。


「お前なあ……。まあいいや、とにかく時代は変わったんだ。今はおれたち妖怪も、人間の世界にとけこまなくちゃな。時代遅れの存在にならないように。クロガネのおじさんも、案外そういうことをわかってるから、スマホの充電器なんかを改造してくれたんじゃないのか」


 コン兄ちゃんのおどけた声を聞いて、ポン子もつられて笑いました。





「……サルタヒコ、あんたはまだ人間のことを憎んでいるのかしら。住んでいた山を追い出されて、人間たちが好き勝手するのを、こらしめようと思っているのかしら」


 病院の窓の外をながめながら、リンコ先生がつぶやきました。遠くでバサバサと、不吉な羽の音が聞こえました。


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