四月の話 ~カッパのシャンプー~ その2
「ちょっと、危ないっていってるでしょ!」
今日何度目でしょうか、ポン子がクルルの服をつかんで、引っぱりました。クラクションを鳴らしながら、クルルの目の前を車が通過していきました。
「だから、車道に出たらダメなの。どうしても車道を通りたいときは、車が来てないかどうか、左右をちゃんと見なくちゃ」
「ごめんごめん、でも、いろんな建物があって、目移りしちゃうんだもん」
クルルが舌を出して笑いました。ポン子はあきれ顔でため息をつきます。
「ホント、注意してよ」
ずれかかっていたクルルのむぎわらぼうしを、ポン子がなおしてあげます。ですが、クルルがきょろきょろするので、すぐにずれてしまいます。
「でも、どこに行けばシャンプーってあるのかしら」
クルルにたずねられて、ポン子はふふんっと得意そうに笑いました。
「銭湯よ」
「銭湯……って?」
「そっか、クルルちゃんは知らないよね。人間の世界には、銭湯っていう、水浴び場があるのよ。まあ、水じゃなくて、お湯だけど」
クルルはぴたっと固まってしまいました。
「お湯って、そんな、そんなので水浴びしたら、やけどしちゃうじゃん!」
「大丈夫よ、あたしたち、今は人間のすがたなんだから。それに、お湯っていっても、やけどするほど熱くはないわ。あったかくって、気持ちいいんだよ」
ポン子は大通りのわき道へと入っていきました。
「ほら、見えてきたでしょ、あのえんとつがついてるのが、『出雲の湯』だよ。この時間ならだれもいないだろうから、貸しきり状態だよ」
ポン子が指さした先には、おんぼろの建物が見えました。壁が黒ずんで、ところどころつたがはっています。ですが、えんとつからはもくもくと煙が立ちのぼっています。
「ホントにここなの? さっきまでの町の建物と比べると、ぼろぼろな気がするんだけど」
「まあね。でも、中はけっこうきれいだよ」
ポン子は建物の中に入ると、「こんにちは」と、元気な声でいいました。『女湯』と書かれたドアの奥から、めがねをかけたお姉さんが現れました。
「クズハお姉さん、久しぶり。もうお風呂わいてる?」
「あら、ポン子ちゃんじゃない。ええ、わいてるわ。今日はお友達も一緒なの?」
「うん、クルルちゃんっていうの。一緒の小学校に通ってるんだよ」
まるで本当の小学生のように、はきはきとしゃべるポン子を、クルルは感心したように見つめていました。
「はい、クズハお姉さん、お金。子ども二人分ね」
ポン子は肩にかけていたポシェットから、人間のお金をわたしました。
「ポン子ちゃん、それもしかして、葉っぱのお金じゃないよね?」
小声でたずねるクルルに、ポン子はおかしそうに笑って答えました。
「まっさかー。このお金は、化けぎつねのコン兄ちゃんからもらったんだよ」
ポン子はコン兄ちゃんと呼んでいますが、本当の兄妹ではありません。コン兄ちゃんは、両親を早くに亡くしたポン子を気にかけて、本当のお兄ちゃんのように面倒を見てくれた化けぎつねなのです。今は出雲のお山を離れて、人間の町で働いています。それで、たまに出雲のお山に帰ってきて、ポン子におこづかいをくれるのでした。
「ほら、クルルちゃん、なにしてるの。早く来ないとおいてっちゃうよ」
ポン子にいわれて、クルルはあわててあとを追いました。
「すごいね、ポン子ちゃん。あのお姉さん、全然あやしんでなかったよ」
「うん。初めて入ったときは、小さな子ども一人でビックリされたけど、お風呂が壊れちゃったっていって、うまくごまかしたの。それより早く入ろう」
ポン子はさっそく服を脱ぎはじめました。つられてクルルも脱いでいきます。
「あー、でも久しぶり。お山ではいつも水浴びばっかりだったもんな」
ポン子はお風呂のお湯をからだにかけはじめました。クルルもまねして、お湯をすくってかけてみました。
「ひゃっ、熱い」
思わず声をあげるクルルに、ポン子はアハハと笑いました。
「大丈夫、すぐになれるよ。それより、早く入ろう。だれもいないし、すごいぜいたく」
ポン子はすでにお湯に肩までつかっています。クルルもおそるおそる、足の指をお湯につからせました。さっきかけ湯したときよりは、熱くない気がします。そのままゆっくりと、足からこし、おなか、肩までつかっていきます。じんわりとからだがあったかくなり、頭がボーっとしてきます。
「はー、ごくらく♪ ごくらく♪」
「ねえ、ポン子ちゃん」
「んー、なに?」
「シャンプーはどこにあるの? あたしたち、シャンプーを探しに来たんじゃなかったっけ」
「大丈夫、もうちょっとあったまってから、シャンプーしてあげる」
ポン子が「うぇーい」と、おじさんのような声をあげます。ポン子の髪の毛から、ぴょこんっと、たぬきの耳が飛び出しました。
「ちょっとポン子ちゃん、耳が見えてるよ」
「大丈夫大丈夫。あたしとクルルちゃん以外だれもいないし。それにほら、クルルちゃんだってお皿乗ったままになってるでしょ」
いわれてクルルは、頭のお皿を指でさわりました。お皿の中の水も、なんだかいつもより温かい気がします。
「ねえねえ、ポン子ちゃん」
「もう、今度はなによ?」
「あたしのお皿の水、いつもより少なくなってる気がするよ」
「大丈夫だって、ほら、お風呂のお湯入れたらいいわよ」
「そんなことしたらのぼせちゃうよ! もう、まじめに考えてよ」
ふわぁっと大きなあくびをして、ポン子は眠そうに目を閉じます。そのとき、ガラガラと出入り口の扉が開く音がしました。
――だれか入ってきた――