九月の話 ~ユーチューバーの化けぎつね~ その3
「でもさ、どうして恐怖動画なんて撮ってるの。化けぎつねだから?」
帰り道、ポン子にたずねられて、コン兄ちゃんは考えこむようにあごに手を当てました。
「一言でいえば、お前のいうとおり、化けぎつねだからかな。というよりも、自分が化けぎつねであることを忘れないためだ。だから、人間たちを怖がらせようと思って、恐怖動画を撮っているんだ」
「化けぎつねってことを忘れるって、そんなことあるわけないよ。変なコン兄ちゃん」
アハハと笑うポン子に、コン兄ちゃんはまじめな顔つきでいいました。
「本当だぞ。長いこと町で暮らしていると、自分が化けぎつねだってことをついつい忘れてしまうんだ。ポン子と違って、おれは町の中でずっと人間に変化したままなんだから」
「そっか、そんなものなのかな」
ポン子はまだよくわかっていない様子でしたが、コン兄ちゃんを見あげてうなずいています。コン兄ちゃんは、ポケットからスマホを取り出して続けました。
「おれたち妖怪は、人間たちを怖がらせるのが仕事だ。というより、怖がらせるために存在しているっていってもいい。でも、今の人間たちは、おれたち妖怪のことをだんだん怖がらなくなっている。どうしてだと思う?」
突然聞かれて、ポン子は目をぱちくりさせました。
「どうしてっていわれても。あっ、わかった、コン兄ちゃんが怖がらせるの下手だからでしょう」
ちゃかすように笑うポン子を、コン兄ちゃんはじろっと見ます。
「あのなあ、まじめな話なんだぞ。……ったく、まあいいさ。それで、怖がらなくなる理由だけど、人間がいろんなことを知ることができるようになったからだ。たとえばこのスマホだって、インターネットで検索すれば、たくさんの情報がすぐに手に入る。それこそおれたち化けぎつねや、ポン子たちみたいな化けだぬきのことだって載っているんだ」
「えっ、あたしたちも載ってるの?」
目を輝かすポン子に、コン兄ちゃんはため息まじりに続けました。
「なにを喜んでるんだよ、それっておれたち妖怪にとっては、すごくまずいことなんだぞ。なにせ、人間たちに正体がばれちまってるってことだからな」
今度はポン子の顔が青ざめます。コン兄ちゃんは少し考えこんだあとに、肩をすくめました。
「まあ、おれたち一人ひとりのことがばれてるわけじゃないから、そんなに心配することじゃないのかもしれないけど。でも、そうやっておれたち妖怪の正体を知って、それでわかった気になれば、人間たちは怖いって気持ちがなくなるんじゃないかって思ってさ」
不思議そうな顔で、ポン子がコン兄ちゃんを見あげました。コン兄ちゃんはゆっくりとひげを指でいじっています。
「ちょっと難しかったかな。なあ、ポン子。お前、ススキのゆうれいの話、知ってるか?」
「ススキのゆうれい?」
ポン子は首をふりました。
「人間の世界でのことわざなんだけどさ。『ゆうれいの正体見たり枯れ尾花』っていうんだ。尾花ってのは、ススキのことなんだけど、ゆうれいかと思ってよく見てみると、ただのススキの穂だったっていう話さ」
「ススキをゆうれいだって思ったってこと? まさか、そんなことだれも思わないよ」
「そうだな。ススキだってわかってたら、だれも思わない。でも、正体がわからず、ゆらゆらとゆれていたら、人間たちはゆうれいじゃないかって思うんだ。なぜなら、正体がわからないからだ。正体がわからないものを怖いと思う。でも、もしこのことわざのように、正体がわかってしまったら?」
今度はポン子が考えこむ番でした。そして、ポン子のまんまるい目が、だんだんと大きく見開かれていきます。
「そうだ、きっとおれたちのことも、人間は怖がらなくなるだろう。そうなれば、もしかしたらおれたち妖怪も、存在する理由がなくなっちまうかもしれない。そう思うと、なんだか悲しくなっちまうんだ。ああ、もしかしたらおれたちは、時代遅れの存在だから、消えちまうんじゃないかって」
「そんなことないよ。だって、あたしたちはここにいるじゃん。出雲のお山に行けば、他にも妖怪の仲間たちがたくさんいる。消えちゃったりなんてしないよ」
今度はコン兄ちゃんが、ポン子の顔を見ました。ポン子はニッと笑います。
「そうか。そうかもな。まあ、とにかくおれは、そういう不安があったもんだから、どうしても人間に『怖い』って気持ちを思い出させたくってさ。だから恐怖動画のチャンネルをやってるんだ。正体がわからない、本物の恐怖動画を見た人間たちは、もしかしたらおれたちのことを『怖い』って思ってくれるかもしれない。そうすれば、おれたちは少なくとも、忘れられずにすむだろ。この世で一番いやなのは、恐れられることよりも、忘れられちまうことだからさ」
ポン子はじっと耳をかたむけていましたが、やがて、こっくりとうなずきました。
「へぇ、コン兄ちゃんって、そんないろんなこと考えてたんだ。あたしはただ、楽しいことがないかって思って、人間の町を探検してるだけだったから、ちょっと感心しちゃった」
ポン子は思いっきり背伸びをすると、コン兄ちゃんの頭をなでてあげました。
「お前なあ」
「いいじゃん、いつもコン兄ちゃんがなでるんだから、これでおあいこだよ」
二人は顔を見合わせ、笑いました。
「あーあ、コン兄ちゃん、もっとゆっくりしていけばよかったのに」
動画撮影を終えたあと、コン兄ちゃんはあわただしく出雲のお山をあとにしたのです。
「ひげをピーンと伸ばして、妖気を感じるとかいってたけど、ほんとかなぁ」
そういいながら、ポン子は巣穴の奥からスマホを取り出しました。そうです、ポン子は手伝ってくれたお礼に、コン兄ちゃんからスマホをもらったのです。
「仕事のはぶりがいいから、二台買ったっていってたけど、ほんとにお金大丈夫なのかな」
そういいながらも、ポン子はスマホでユーチューブを起動しました。使いかたはある程度、コン兄ちゃんから教えてもらっていたのです。
「それじゃあ、あたしの化けだぬきすがたがよく撮れてるか、見てみようっかな」
うきうき気分で『妖チューブ』のチャンネルを開くと……。
「あっ、なにこれ!」
オープニングの映像で、いつの間にかポン子の寝顔が撮られていたのです。人間のすがたで、はなちょうちんをふくらませています。
「こんなの、いつの間に撮ったの! コン兄ちゃんの、バカ!」
遠くでコン兄ちゃんの笑い声が聞こえた気がしました。