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九月の話 ~ユーチューバーの化けぎつね~ その2

 真夜中の町に来るのは、ポン子にとって初めての経験でした。いつもはにぎやかな町も、さすがにこの時間はほとんど人のすがたが見えません。おまけに今日は新月だったので、月の明かりもなく、ところどころに立っている街灯の光が、よけいに怖さをきわだたせます。ポン子はぶるるっとみぶるいしました。


「なんだ、ポン子、お前、怖いのか?」

「怖くなんてないよ、化けだぬきなんだから。ただ、いつもと違う雰囲気がするから、ちょっとびっくりしただけだよ」


 コン兄ちゃんは、スマホに長いぼうを(あとでコン兄ちゃんに聞いたところ、『自撮りぼう』というらしいです)取りつけています。


「じゃあ、そろそろはじめるぞ。準備はいいな」

「うん」


 なぜかむすっとした顔で、ポン子はコン兄ちゃんから離れました。打ち合わせどおり、近くにあったビルのかげにかくれます。


「よし、じゃあ撮影開始するからな」


 コン兄ちゃんの声が聞こえて、ポン子は大きく手をふりました。


「コンコン、コンバンワ。どうも、コンです。ようチューブの時間がやってまいりました。さて、わたくしは今、出雲町という田舎町に来ています。ここでは夜な夜な、恐ろしい化けだぬきが現れるといううわさがあるのです。その化けだぬきは、人間が現れると、恐ろしいすがたに変化して、食い殺そうとするというのです」


 コン兄ちゃんがスマホに向かってしゃべるのを、ポン子はあきれ顔で聞いていました。


 ――あーあ、なにがモデルよ。あたしを恐怖動画のお化け役にしようってことじゃない。もう、失礼しちゃうわ――


 そうです、ポン子はコン兄ちゃんから、恐ろしい化けだぬきの役を頼まれていたのです。コン兄ちゃんは、ユーチューブで恐怖動画を専門に扱う『妖チューブ』というチャンネルを作っていたのです。今までは化けぎつねの勘で、いろいろお化けとかがいそうなところを撮影していたらしいのですが、そんな簡単に見つかるわけもなく、動画のネタに困っていたのでした。そこで変化の力を持ったポン子に目をつけたというわけです。


 ――まあいっか、お礼だってもらったんだし。……でも、コン兄ちゃんの動画のネタにされるがままってのも、なんだかちょっとしゃくだなぁ。あっ、そうだ――


 一人で実況に熱をあげているコン兄ちゃんを見ながら、ポン子はにやりと笑いました。


「……というわけで、かれこれ三時間近く夜の町をさまよっているわけですが、いっこうに化けだぬきは現れません。やはりただのうわさだったのでしょうか」


 そういって、コン兄ちゃんがポン子のほうに向きなおりました。出てきていいという合図です。事前の打ち合わせでは、ここでたぬきのすがたで出てきて、そのまま変化をすることになっているのですが……。


 ――コン兄ちゃん、覚悟しなさい――


 ポン子はくるりん葉を頭に乗っけて、くるりっとちゅうがえりしました。とたんにポン子は、けいぼうを持った立派な警察官に変身したのです。そのままかけあしでコン兄ちゃんのところへ向かいます。


「こらっ、なんだお前は、こんな夜中になにしてる! 怪しいやつめ」


 ぎょっとしているコン兄ちゃんを見て、ポン子は必死で笑いをこらえます。一方のコン兄ちゃんはというと、たぬきすがたのポン子じゃなくて、見知らぬ警官が現れたので、なにがなんだかわからない様子です。しどろもどろになりながら、必死でいいわけします。


「違うんです、あの、これはユーチューブの撮影で、このあたりに化けだぬきが」

「化けだぬき? そんなものがいるはずないだろう。ん、まてよ、そのひげ、あやしいな」


 警官のかっこうをしたポン子は、素早くコン兄ちゃんのひげを引っぱりました。ひゃっとおかしな悲鳴をあげて、コン兄ちゃんはひげを隠そうとしましたが、遅すぎました。


「このピンととがったひげは、きつねのひげだな! さてはお前、化けぎつねだろ! 人間に化けて悪さしようとしていたんだな、このまま署に連行してやる」

「うわぁ、やめてくれぇ!」


 逃げようとするコン兄ちゃんに、ガシャンッと手錠をかけました。コン兄ちゃんはもう涙目です。


「助けてくれぇ、ポン子、どこいったんだ!」

「ポン子? ポン子ってのは、もしかして、こんな丸い耳のやつじゃないだろうな」


 ポン子はあははっと笑いながら、自分の頭を見せました。そこにはたぬきの耳が、ぴょこんっと飛び出て見えています。


「あっ、たぬきの耳。……ってことは」


 にぃっと笑って、警官のかっこうをしたポン子が、くるりっとちゅうがえりしました。再び赤いスカートをはいた、女の子のすがたに戻ったのです。


「あはは、おもしろーい! コン兄ちゃんったら、あんなにあわてて。あー面白かった。ねえねえ、今の動画見せて」


 ぼうぜんとしているコン兄ちゃんから、ポン子はスマホをひったくります。撮れた動画をさっそく再生して見ると、コン兄ちゃんのさっきの悲鳴が聞こえてきます。


「くっそー、やったなポン子!」

「だって、コン兄ちゃんがあたしに、化け物役をやれだなんていうからでしょ。レディにそんなこというなんて」

「だれがレディだよ。それにしても、あーあ、これで動画撮り直しだよ」

「この動画でいいじゃない。ほら、『警官に化けた化けだぬきあらわる』ってタイトルで」


 おなかをかかえて笑うポン子を見て、コン兄ちゃんははぁっとため息をつきました。


「負けたよ。わかった、悪かったな」


 そういって、コン兄ちゃんはポン子の頭をくしゃくしゃになでまわしました。


「えへへ。でもごめんね、あたしもちょっと悪ノリしすぎたわ。さ、撮り直しましょ」

「いや、大丈夫だよ。もう結構遅くなったし。また明日にでも撮り直そう。明日はちゃんと化けだぬき役をしてくれよな」


 コン兄ちゃんにいわれて、ポン子はへへっと笑いました。


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