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九月の話 ~ユーチューバーの化けぎつね~ その1

「コン兄ちゃん、いつ帰ってきたの?」


 ポン子は、久しぶりのお客さんに大喜びでかけよりました。ポン子の巣穴の入り口に立っていたのは、すらっとした紺色のスーツを着た、背の高い男の人でした。口元にうっすらとひげが生えていて、細い目をしています。手に持っているのは、旅行用のかばんでしょうか。とてもがっしりしています。


「久しぶりだな、ポン子。どうだ、ちっとは変化の術も上達したか?」


 コン兄ちゃんは、たぬきのすがたをしたポン子の頭を、わしわしっとなでまわしました。


「もうっ、子どもあつかいしないでよ。見ててよ」


 ポン子は頭の上に、くるりん葉を乗せて、ひょいっとちゅうがえりしました。そのとたん、ポン子は赤いスカートをはいた、人間の女の子に変身したのです。


「やれやれ。やっぱりまだまだへたくそだな。ほら、ここ。耳が見えてるぞ」


 コン兄ちゃんが、髪の毛からのぞいているたぬきの耳を引っぱりました。


「いたた、もう、引っぱらないで。いいの、こうやって髪の毛で隠せばわからないし、外に出るときはちゃんとぼうしかぶってくもん」


 ポン子は口をとがらせながら、コン兄ちゃんのひげを引っぱりかえしました。すると、ひげがみるみるうちに、ピンッとのびてしまったのです。それはきつねのひげでした。コン兄ちゃんは化けぎつねなのです。ちなみにポン子はコン兄ちゃんと呼んでいますが、本当の兄妹ではありません。早くに両親をなくしたポン子を気にかけて、いろいろと面倒を見てくれているのです。とはいえポン子にとっては、本当のお兄ちゃんも同然でした。


「いてて」


 ひげを引っぱられたコン兄ちゃんは、涙目になってポン子の手をつかみました。


「ほら、コン兄ちゃんだって、まだまだへたくそじゃない。きつねのひげ、隠せてないよ」


 コン兄ちゃんは顔をしかめながら、のびたひげをさすりました。きつねのひげが、さっきまでのうっすらしたひげに戻っていきます。


「しかたないだろ、おれたちきつねは、ひげがないとバランスが取れないんだから。これでもうまく隠してるほうなんだぜ」

「それならあたしだって、耳が出てないとよく聞こえないんだから」


 二人は顔を見合わせ、一緒にふきだしてしまいました。ひとしきり笑ったあと、ポン子はコン兄ちゃんにききました。


「でも、急に帰ってくるなんて、どうしたの。いつもは、出雲のお山は田舎くさくていやだって、いってたのに」

「別にたいした用事じゃないさ。ただ、こうしてたまに帰ってこないと、自分が本当は化けぎつねなんだってことを、忘れちゃいそうになるんだよ」


 コン兄ちゃんは、さびしそうに笑いました。


「コン兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。そうだポン子、ちょっと一緒に、人間の町に来てくれないか?」

「えっ。うん、いいけど、どうしたの?」


 きょとんとした顔で、ポン子は聞きかえしました。いつもだったらコン兄ちゃんは、「ポン子が一緒だと人間たちに変化が見破られちまう」と、じょうだんをいって相手にしてくれないのです。それなのに今日はいったいどういうことなのでしょうか。


「よし、それじゃ決まりだ。夜中に出発するから、それまでゆっくりさせてくれよ」

「夜中に行くの? それって、危なくない?」


 ポン子は目をまるくしました。人間の町には、ポン子もよく出かけるのですが、夜中に出かけたことはありませんでした。


「いったいなにをするの?」

「そうだな、まだ日がしずむまで時間があるし、少し話しておくか。撮影だよ」

「撮影って、コン兄ちゃんもしかして、テレビ局で仕事してるの?」


 人間の町にある家電屋さんには、大きなテレビが置いてあります。そのテレビでいろんな番組が放送されているのを、夕方近くまでずっと見ていたのを、ポン子は思い出しました。コン兄ちゃんは笑ってうなずきました。


「ああ、テレビと同じようなもんさ。テレビ局じゃないけど、ほら、これだよ」


 コン兄ちゃんは、スーツのポケットから、四角い板のようなものを取り出しました。


「あっ、それ、見たことある。人間たちが、手でさわったり、耳に当てたりしてるやつだ」

「そう。こいつは『スマートフォン』、略してスマホっていうんだ。これを使うとな……」


 コン兄ちゃんは、スマホをポン子に向けて、なにか操作しはじめました。すると、ピロロンッとかわいらしい音がしたのです。ポン子は目をぱちぱちさせてたずねました。


「なになに、いったいなにをしたの?」

「ほら、こっちに来てこれを見てごらん」


 コン兄ちゃんに呼ばれて、ポン子は急いでスマホの画面をのぞきこみました。


「わっ、どうして、あたしが映ってる!」


 そこには目をぱちぱちさせて、不思議そうに見ているポン子の顔が映っていたのです。ポン子の耳がぴくぴくっと動きました。


「なになに、いったいどうなってるの? これって、テレビになるの?」

「テレビだけじゃない。いろんなことができるのさ。音楽も聴けるし、離れた相手と話しをしたり、いろいろなことを調べたりもできるんだ。まったく、人間の作るものには、おれたちゃかなわないな」


 そういうコン兄ちゃんの顔は、なんだかうれしそうじゃありません。しかし、ポン子はもうわくわくをおさえられないようです。


「ねえねえ、あたしにも使いかた教えてよ」

「ん、ああ。撮影するにはな、ここに指を触れるんだ。カメラのレンズがここだから、撮りたいほうにこう向けると」


 コン兄ちゃんが、巣穴の入り口にスマホを向けて画面にタッチしました。とたんに画面に、巣穴の外の景色が映りました。ポン子はもう大興奮です。


「すごいすごい、あたしも撮影していい?」

「ああ、ほら」


 コン兄ちゃんにわたされて、ポン子は耳をぴくぴくさせながら、巣穴中を撮影してまわりました。いつもは見慣れた巣穴も、スマホの画面ごしでは、全然違った景色に見えます。まるで本当のカメラマンになったかのように、ポン子はあたりを撮影し続けました。


「おれは、このスマホで撮った動画をユーチューブにアップしてるんだ」

「えっ、ゆー……なに?」

「ユーチューブ。人間たちが見る、動画をまとめたサイトのことさ」


 スマホをコン兄ちゃんに向けて、ポン子は首をかしげました。


「大丈夫、わからなくてもいいよ。お願いしたいのは、ポン子に、ユーチューブにアップする動画の、モデルになって欲しいんだ」

「モデル? あたしが? ほんとに?」


 ポン子はスカートのすそをひらひらさせて、くるくるっと踊りだしました。


「おいおい、ずいぶん乗り気じゃないか」


 コン兄ちゃんはにやにやしながら、ポン子からスマホを取りあげました。


「あっ、ちょっと待って、もっと撮影したい」

「ほら、今度はお前を撮ってやるから」


 コン兄ちゃんにいわれて、ポン子の顔が輝きます。すぐにポーズをとるポン子に、コン兄ちゃんはいいました。


「まだ動画のタイトルをいってなかったな。タイトルは……」


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