八月の話 ~雪女と辛みそラーメン~ その2
「ああ、なるほどこれは、雪女特有の風邪だわ」
『リンコ小児科クリニック』で、リンコ先生がきららにいいました。ポン子はまず、妖怪のお医者さんでもあるリンコ先生のところへ、きららを連れてきたのです。しかし、リンコ先生は難しい顔でポン子を見ました。
「雪女特有の『吹雪風邪』は、けっこうやっかいな風邪なの。薬はもちろんあるんだけど、薬を飲んだあと、しっかりからだを温めないといけないのよ」
リンコ先生はとりあえず粉薬をきららに渡して、飲ませました。
「なんだ、それなら簡単じゃない。だって今は真夏だもん。からだを温めるどころか、暑くて汗がだらだらになると思うよ」
おどけたようにいうポン子に、リンコ先生は肩をすくめました。
「ポン子ちゃん、いったでしょう。やっかいな風邪だって」
まんまるい目をぱちくりさせるポン子に、リンコ先生は説明しはじめました。
「外がいくら暑いからって、吹雪風邪には関係ないのよ。今はポン子ちゃんのくるりん葉で、雪女の力が抑えられているけど、吹雪風邪にかかった雪女は、とてつもなく力が強くなってしまうのよ。だから外が少しぐらい暑くても、吹雪風邪は治らないのよ」
「それじゃあ、ゴホンッ、わたしは治らないんですか?」
きららが小首をかしげました。リンコ先生は安心させるようにほほえみ、答えました。
「大丈夫よ。吹雪風邪は外の暑さじゃどうにもならないけど、からだの中から温めればいいのよ」
「からだの中から?」
ポン子ときららが、同時に聞きかえしました。
「そうよ。一番いいのは食べ物ね。熱いものとか、汗をかくようなものを食べるといいわ。それ以外だと、やっぱりお風呂に入ってからだを中から温めるとかね」
ポン子が突然顔をあげました。顔をにぱっと輝かせています。
「でも、気をつけないと、いくらくるりん葉で変化してるていっても、雪女の力が完全になくなるわけには、あっ、ちょっとポン子ちゃん!」
「お風呂といったら銭湯だよね! 大丈夫、すぐに治してあげるよ」
ポン子はきららについてくるようにいってから、外へ出ていってしまったのです。きららもあとを追います。リンコ先生は頭をかかえて、ぽかんとしているウサミさんにいいました。
「あーあ、もう、ちゃんと最後まで話を聞かないんだから。ウサミ、悪いけどクズハに電話しておいて。もしかしたら銭湯が凍っちゃうかもしれないって」
「へぇー、ここが銭湯ね」
きららがものめずらしそうに、まわりをきょろきょろしています。ポン子が連れてきたのは出雲の湯でした。出雲の湯なら、きっとからだを中から温めることができるでしょう。ここのお湯はいろいろな効能を持つことでも有名だからです。冷え性にも効果的だと聞いたこともあります。
「クズハお姉さん、こんにちは」
中に入って、ポン子が元気にあいさつします。すると、番頭のクズハお姉さんが奥のほうから出てきました。手にはよく人間たちが使っている、スマートフォンを持っています。
「そうなの。ちょうどよかったわ。ボイラーの調子が悪かったから、お湯も熱いし。まぁ、雪女だったらあんまり関係ないかもしれないけど……。ええ、わかったわ、ありがとう」
誰かと電話していたのでしょうか、クズハお姉さんはスマホをポケットに入れて、それからポン子に笑いかけました。
「あら、ポン子ちゃんいらっしゃい。じゃあこの子がリンコのいっていた子ね」
クズハお姉さんはめがねを手でかけなおしてから、ポン子ときららを交互に見ました。
「えっ?」
「あ、なんでもないわ。その子もお友達かしら」
クズハお姉さんに聞かれて、ポン子は無邪気にうなずきました。
「うん。きららちゃんっていうんだ。それよりクズハお姉さん、お風呂もうわいてる?」
クズハお姉さんは困ったように笑いました。
「ごめんなさいね、実は今、ちょっとボイラーの調子がおかしくて、いつもより熱いお湯が出てきちゃったの。だから今、水を足してちょうどいい温度にしているから、入るときは気をつけてね。じゃあわたしはもうちょっとボイラーの様子を見てくるわね」
クズハお姉さんはまた奥に引っこんでしまいました。ポン子はうなずき、きららの手を引っぱろうとつかんで、ひゃっと悲鳴をあげました。
「どうしたの、ポン子ちゃん?」
きららはぽかんとしています。ポン子は自分の手のひらを見て、「あちゃー」と声をもらしました。さらさらとした氷の結晶が、手のひらにくっついていたのです。
「なんだかいつもよりうまくいってるなと思ったら、そういうことだったんだ」
「いったいどうしたの?」
「あのね、きららちゃんの雪女の力は、完全に隠せてなかったみたいなの。吹雪が起こったりってことはないみたいだけど、きららちゃんの手に触れたものは、きっと凍っちゃうんじゃないかしら」
ポン子は頭をかかえていましたが、やがてポンッと手を打ちました。
「そうだ、クズハお姉さんがさっき、お湯が熱すぎてお水を足してるっていってたけど、きららちゃんの手でさわれば、ちょうどいい温度になるんじゃないかな」
「そっか、そしたらわたしもお風呂に入れるし、ケホンッ、きっとからだも中から温まるよね」
二人はさっそく服を脱いで、浴場へと入っていきました。きららがそのまま入ろうとするので、ポン子はあわてて止めました。
「待って待って、いきなり入ったらだめよ。ほら、このおけでお湯をくんで、からだにかけて、それから入るんだよ」
ポン子は風呂おけをきららに渡そうとして、ハッと手をひっこめました。
「そうだった、きららちゃんがさわったら、風呂おけが凍っちゃうんだった。それじゃ、あたしがお湯をかけてあげるね」
ポン子はそういって、お風呂のお湯をおけでくみました。
「あつっ、クズハお姉さんがいったとおりだ。どうしよう、大丈夫かな」
「そんな熱いの? わたしもさわっていい?」
きららもポン子のまねをして、お風呂の水にふれました。きらきらっと、お湯に氷の結晶が溶けていきました。
「うーん、どうかしら? 普通の水と変わらない気がするわ、ゴホッゲホッ」
「えっ、もしかして」
急いでポン子はお湯に手を入れました。さっきまでやけどしそうなほどに熱かったのに、もう熱くもなんともありません。そう、この温度はまさに……。
「これじゃあまるで、プールみたいだよ」
言葉とはうらはらに、ポン子がいたずらっ子のように笑いました。
「やったー、プールだ、プール。あー、気持ちいい。ホントはこんな暑い日は、銭湯よりプールのほうがいいってずっと思ってたんだ。あー、ごくらく、ごくらく」
お風呂の中を、足をのばして泳ぐポン子を見て、きららもいたずらっぽく笑いました。
「じゃあわたしも!」
「あ、ちょっと待って、手をお湯につけたら」
ポン子がいい終わらないうちに、お湯はプールどころか、まるで氷水のようにキーンと冷えてしまったのです。
「ひゃあ! こ、こ、凍っちゃう!」
ポン子は飛びはねるように、お風呂からあがります。がたがたふるえながら、ポン子は頭をかかえました。




