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八月の話 ~雪女と辛みそラーメン~ その1

「うう、暑いよぅ」


 巣穴の中で、ポン子はうめき声を出しました。季節は夏まっさかりです。日差しをさけるように掘られた、ポン子の巣穴も、まるで蒸し風呂のようです。


「ただでさえ毛皮で暑いのに。そうだ、また人間に変化して、町のプールに行こうかな。でも、プールまではけっこう距離あるし、歩いていくのはなぁ」


 巣穴から、そっと顔を出します。ミンミンゼミの、やかましい鳴き声が森の中いっぱいにひびいています。むわっとした熱気が鼻をつつみ、思わずポン子は巣穴にひっこみました。


「ダメだ、あんな暑い中を歩いていくのは、いくら人間のすがたでも、干からびちゃうよ。あーあ、早く秋にならないかなぁ。そうすれば、すずしくなるのに、そう、ちょうどこんな感じですずしく……」


 ポン子は首をかしげました。さっきまでむし暑かった巣穴に、すずしい風がふきこんできているのです。


「なんでだろう? まぁいっか。すずしくなったんだし。よかった、これならプールに行かなくてもいいわ。むしろ、寒いし」


 ポン子はぶるっとみぶるいしました。巣穴から入ってくる風が、すずしいを通り越して、冷たく感じます。秋どころか、まるで冬です。


「なんなのこれ、いったいどうなってるの?」


 もう一度巣穴から顔を出して、ポン子は目を疑いました。


「なにこれ、雪が降ってる!」


 巣穴の外は、完全に別世界になっていました。白い雪がしとしとと降り、地面には霜が降りています。さっきまでやかましく鳴いていたセミたちの声が、今はまったく聞こえてきません。はく息も白く、ポン子はくしゅんとくしゃみしました。


「ケホケホ、こんにちは、ポン子ちゃん、コホッコホッ」


 女の子の声が聞こえました。ポン子はぶるぶるふるえながら、声のしたほうを見ます。そこには真っ白なゆかたを着た、色白の少女が立っていました。こしまでのばした、白銀の髪は、まさに雪の精霊のようでした。ほおもふっくらとして、かわいらしい顔立ちです。ですが、心なしか顔色が悪いように見えました。


「あなたは確か、雪女の」

「うん。わたしはきらら。よろしくね、ゴホッ」


 きららは、ポン子に手を差し出しました。でも、ポン子はじりじりとあとずさりします。


「どうしたの、ポン子ちゃん?」

「どうしたのって、きららちゃん雪女でしょ。さわったら、あたし凍っちゃうよ」


 きららが舌を出してはにかみます。


「そうだった、忘れてたわ、ゴホゴホ」

「そんな大事なこと、忘れないでよ」


 じと目できららを見つめたまま、ポン子は鼻声で聞きました


「それにしても、どうしたの? さっきからきららちゃん、せきばっかりしてるけど。まさか、風邪引いちゃったとかじゃないよね」


 おそるおそるきららを見あげると、そのまさかだったようです。きららは口を押さえながらうなずきました。


「ごめんなさい、そうみたいなの、ケホッケホッ。それで、自分の力がコントロールできなくなっちゃって……ゴホゴホ、ゲホッゲホッ」


 きららが激しくせきこんだことで、一気に巣穴の中に吹雪がふきこんできたのです。ポン子はしっぽを抱きしめて、ぶるぶると丸くなります。しかし、毛皮があっても骨まで凍ってしまいそうなくらいの寒さに、ポン子は悲鳴をあげました。


「ちょっと待って、きららちゃん、いったん離れて、巣穴から離れて!」


 小首をかしげて、きららは巣穴から離れました。吹雪がやみ、さっきよりは寒さがましになります。がたがたふるえながら、ポン子はさっと巣穴の奥に行き、すばやくくるりん葉をくわえて戻ってきました。そのままくるりん葉を巣穴の外に放り投げます。


「きららちゃん、そのくるりん葉を頭に乗っけて宙返りして、お願い、早く!」

「でも、わたし宙返りなんてしたことないわ、コホンッ」


 再びきららがせきをする音が聞こえてきて、ポン子は大声でまくしたてました。


「いいから、大丈夫だから、くるりん葉を乗っけてたら、うまくできるよ、お願い早くして!」


 ポン子は歯をガチガチ鳴らして、ふわふわのしっぽがつぶれてしまいそうなくらいに、ぎゅうっと抱きしめました。巣穴の外では、きららがきょとんとしていましたが、ポン子が投げたくるりん葉をひろうと、それをひょいっと頭に乗せました。そして、くるんっと宙返りしたのです。ぶわっとからだが浮きあがり、びゅんっと風を切るような音も聞こえました。そして、次の瞬間、きららはさっきと同じかっこうで、その場に着地したのです。


「あれぇ、ねえ、ポン子ちゃん。わたし、うまく変化できてないよ」


 そろそろと巣穴からポン子が出てきて、きららのからだを見まわしました。そして、ほうっとため息をつきました。


「よかった、ちゃんと変化できたみたいね」

「えっ、でも……」

「大丈夫、もともと雪女は人間に近い妖怪だから、ほとんど変わってないのよ。でもほら、髪の毛が」


 きららはあっと声をあげました。白銀の髪が、真っ黒な髪に変わっていたのです。


「それにほら、さっきまで真冬のようだったのに、もう寒くないよ」


 ポン子にいわれて、きららはあたりを見わたしました。さっきまで巣穴の中をおおっていた霜が、いつの間にかきれいになくなっています。それに、巣穴の外からは、セミたちのうるさい声も聞こえてきます。


「ホントだわ、冬じゃなくなってる、ゲホッゲホッ」


 きららがせきこんだので、ポン子は反射的にしっぽに抱きつきました。しかし、さっきのように吹雪がまきおこったりはしませんでした。ポン子はほっとしたようにしっぽを離しました。


「よかった、人間に変化したから、雪女の力も抑えられているんだわ。でも、やっぱりとうぶん夏のままでいいわね。それで、あたしの巣穴にたずねてきたのって、もしかして風邪を治したいからかしら?」

「そうなの。雪女の里だと、風邪薬なんてなかったから、人間の世界にくわしいポン子ちゃんなら、もしかしたらなんとかしてくれるんじゃないかなって思って」


 人なつっこい笑顔を見せるきららに、ポン子は何度もうなずきました。


「そうね、なんとかしないと、このままじゃ出雲のお山全体が氷づけになっちゃうわ」


 さっきの骨身にしみる寒さを思い出して、ポン子はぶるるっとからだをふるわせました。


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