表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/42

七月の話 ~一つ目小僧のコンタクト~ その3

「わわ、見える、よく見えるよ!」


 二時間ほど経ったころ、診察室からジロリが、興奮しながら出てきました。見えるようになったのがよほどうれしかったのでしょう。待合室をひょこひょこ走り回って、首をきょろきょろさせています。ポン子もほっとしたように声をかけました。


「よかった、じゃあちゃんとコンタクト作ってもらったんだね」

「うん、おいらの目にぴったりのやつを、作ってくれたんだ。それに、コンタクトのつけかたも教えてくれたんだ」


 うれしそうにきょろきょろするジロリを見て、ポン子もつられて笑顔になります。


「ちゃんと毎日きれいな水で洗うのよ。汚れちゃったら、もっと目が悪くなるからね」


 診察室から出てきたリンコ先生にいわれて、ジロリは素直にうなずきます。目をぱちぱちさせてから、ぺこりとリンコ先生におじぎしました。


「リンコ先生、ありがとうございます」

「でもいいの、リンコ先生? お礼になにもいらないなんて」


 ジロリに笑いかけるリンコ先生に、ポン子がいぶかしげに聞きました。リンコ先生は遠くを見るような、少し切ない表情をうかべました。首をかしげるポン子に、リンコ先生はつぶやくように答えました。


「……別にいいわ。ジロリ君はクロガネの弟子なんだから」

「クロガネ?」


 きょとんとしているポン子の背中を、リンコ先生がぽんぽんっとたたきました。


「ほら、なにぼーっとしてるの? 早くしないと一番風呂に入れなくなるでしょ」

「えっ、一番風呂って」


 リンコ先生が笑いながら答えました。


「せっかく町に来たのに、『出雲の湯』に入らないの?」


 ウサミさんがくすっと笑いました。手にはいつの間にか、風呂おけを二つ持っています。


「リンコ先生ったら、この時間になるといつも、診察ほっぽりだして『出雲の湯』に行っちゃうんですよ。今日なんてこんな暑いのに」


 リンコ先生が、ウサミさんの耳をつまみました。


「うるさいわね。暑いときこそ、一番風呂に入るのが気持ちいいんじゃない。それにあなただって受けつけの仕事サボってるんだから、おあいこでしょ」

「あちゃー、なんだ、ばれてたんですね」


 へへっと笑うウサミさんを見て、ポン子たちも思わず笑ってしまいました。





 町から帰ったあと、ポン子は約束どおり一本だたらに、くるりん葉を届けに行きました。一本だたらは、出雲のお山の中腹にある、岩でできた鍛冶場に住んでいるのです。真夏の鍛冶場は、うだるほどの熱気につつまれていました。


「ううむ、これがくるりん葉か。確かに、強い妖力を感じるのう」


 一本だたらは、太くがっしりした一本足に、一つ目小僧よりも大きな一つ目を持つ妖怪でした。ぼろぼろの着物をまとって、頭ははげあがっています。


「おじさん、かさありがとう。でも、くるりん葉でなにを作るの?」

「それは秘密じゃ。お客の要望で、だれにも話さんようにいわれとるでな」


 一本だたらはつるつるの頭をかきながら、しばらくくるりん葉を見ていました。一通り観察しおわったあとに、にこりと笑ってつけくわえました。


「そうじゃ、わしの弟子に良くしてくれてありがとう。ジロリもよく見えるようになって喜んでいたぞ」

「そんな、お使いのお礼をしただけです。それに久しぶりにリンコ先生に会えたし」


 一本だたらの一つ目が、ぎょろりとポン子を見つめました。


「リンコ? 化けぎつねのか?」

「うん。あれ、もしかしておじさん知り合い?」


 一本だたらはぶんぶんっと首をふりました。勢いがよすぎて、一本足でバランスが取れなくなり、よろよろとよろけています。


「なんだか怪しいわ。そんな必死に首ふって、ホントは知り合いなんじゃないの?」


 ジト目で見てくるポン子をごまかすように、一本だたらは早口でまくしたてました。


「ホントに知らんわい。さ、わしはこれからいそがしいんじゃ。早く帰りなさい」


 一本だたらは鍛冶場の奥へ、逃げるように入っていきました。ポン子はまだ疑っているようでしたが、しかたなく鍛冶場をあとにしました。





「……それにしても、本当に良くできた妖具じゃ。あの子には本当に、変化の才能がある」


 鍛冶場でぽつりとつぶやき、急に一本だたらはふりむきました。


「サルタヒコよ、おぬしもそう思わんか?」


 一本だたらのうしろには、いつの間にか赤い顔をした大男が立っていたのです。長い鼻に、真っ白なひげがもじゃもじゃと顔をおおっています。お坊さんが着ているような、真っ白な法衣を身にまとい、その目は金色に輝いています。サルタヒコと呼ばれた男は、くっくと笑いながら、一本だたらに答えました。


「さすがは出雲のお山じゃ。力のある妖怪たちが住んでおる。これならばわしのうちわも、すぐに再生させることができるじゃろう」


 一本だたらは答えずに、じっとポン子のくるりん葉を見つめていました。


「もうすぐ我ら妖怪の時代がおとずれる。クロガネよ、そのときはそなたの力も貸してもらうぞ。そなたとわし、そして『あの男』の力が合わされば、人間たちに大きな顔をさせることはないのじゃからな」


 サルタヒコは、ほえるように笑いました。そして、バサバサと大きな羽音を立てて、その場から飛んでいなくなりました。一本だたらは、ふうっとため息をつきました。


「……わしは、今のポン子ちゃんやジロリたちのように、人間たちと生きるほうが好みじゃよ、サルタヒコ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ