七月の話 ~一つ目小僧のコンタクト~ その3
「わわ、見える、よく見えるよ!」
二時間ほど経ったころ、診察室からジロリが、興奮しながら出てきました。見えるようになったのがよほどうれしかったのでしょう。待合室をひょこひょこ走り回って、首をきょろきょろさせています。ポン子もほっとしたように声をかけました。
「よかった、じゃあちゃんとコンタクト作ってもらったんだね」
「うん、おいらの目にぴったりのやつを、作ってくれたんだ。それに、コンタクトのつけかたも教えてくれたんだ」
うれしそうにきょろきょろするジロリを見て、ポン子もつられて笑顔になります。
「ちゃんと毎日きれいな水で洗うのよ。汚れちゃったら、もっと目が悪くなるからね」
診察室から出てきたリンコ先生にいわれて、ジロリは素直にうなずきます。目をぱちぱちさせてから、ぺこりとリンコ先生におじぎしました。
「リンコ先生、ありがとうございます」
「でもいいの、リンコ先生? お礼になにもいらないなんて」
ジロリに笑いかけるリンコ先生に、ポン子がいぶかしげに聞きました。リンコ先生は遠くを見るような、少し切ない表情をうかべました。首をかしげるポン子に、リンコ先生はつぶやくように答えました。
「……別にいいわ。ジロリ君はクロガネの弟子なんだから」
「クロガネ?」
きょとんとしているポン子の背中を、リンコ先生がぽんぽんっとたたきました。
「ほら、なにぼーっとしてるの? 早くしないと一番風呂に入れなくなるでしょ」
「えっ、一番風呂って」
リンコ先生が笑いながら答えました。
「せっかく町に来たのに、『出雲の湯』に入らないの?」
ウサミさんがくすっと笑いました。手にはいつの間にか、風呂おけを二つ持っています。
「リンコ先生ったら、この時間になるといつも、診察ほっぽりだして『出雲の湯』に行っちゃうんですよ。今日なんてこんな暑いのに」
リンコ先生が、ウサミさんの耳をつまみました。
「うるさいわね。暑いときこそ、一番風呂に入るのが気持ちいいんじゃない。それにあなただって受けつけの仕事サボってるんだから、おあいこでしょ」
「あちゃー、なんだ、ばれてたんですね」
へへっと笑うウサミさんを見て、ポン子たちも思わず笑ってしまいました。
町から帰ったあと、ポン子は約束どおり一本だたらに、くるりん葉を届けに行きました。一本だたらは、出雲のお山の中腹にある、岩でできた鍛冶場に住んでいるのです。真夏の鍛冶場は、うだるほどの熱気につつまれていました。
「ううむ、これがくるりん葉か。確かに、強い妖力を感じるのう」
一本だたらは、太くがっしりした一本足に、一つ目小僧よりも大きな一つ目を持つ妖怪でした。ぼろぼろの着物をまとって、頭ははげあがっています。
「おじさん、かさありがとう。でも、くるりん葉でなにを作るの?」
「それは秘密じゃ。お客の要望で、だれにも話さんようにいわれとるでな」
一本だたらはつるつるの頭をかきながら、しばらくくるりん葉を見ていました。一通り観察しおわったあとに、にこりと笑ってつけくわえました。
「そうじゃ、わしの弟子に良くしてくれてありがとう。ジロリもよく見えるようになって喜んでいたぞ」
「そんな、お使いのお礼をしただけです。それに久しぶりにリンコ先生に会えたし」
一本だたらの一つ目が、ぎょろりとポン子を見つめました。
「リンコ? 化けぎつねのか?」
「うん。あれ、もしかしておじさん知り合い?」
一本だたらはぶんぶんっと首をふりました。勢いがよすぎて、一本足でバランスが取れなくなり、よろよろとよろけています。
「なんだか怪しいわ。そんな必死に首ふって、ホントは知り合いなんじゃないの?」
ジト目で見てくるポン子をごまかすように、一本だたらは早口でまくしたてました。
「ホントに知らんわい。さ、わしはこれからいそがしいんじゃ。早く帰りなさい」
一本だたらは鍛冶場の奥へ、逃げるように入っていきました。ポン子はまだ疑っているようでしたが、しかたなく鍛冶場をあとにしました。
「……それにしても、本当に良くできた妖具じゃ。あの子には本当に、変化の才能がある」
鍛冶場でぽつりとつぶやき、急に一本だたらはふりむきました。
「サルタヒコよ、おぬしもそう思わんか?」
一本だたらのうしろには、いつの間にか赤い顔をした大男が立っていたのです。長い鼻に、真っ白なひげがもじゃもじゃと顔をおおっています。お坊さんが着ているような、真っ白な法衣を身にまとい、その目は金色に輝いています。サルタヒコと呼ばれた男は、くっくと笑いながら、一本だたらに答えました。
「さすがは出雲のお山じゃ。力のある妖怪たちが住んでおる。これならばわしのうちわも、すぐに再生させることができるじゃろう」
一本だたらは答えずに、じっとポン子のくるりん葉を見つめていました。
「もうすぐ我ら妖怪の時代がおとずれる。クロガネよ、そのときはそなたの力も貸してもらうぞ。そなたとわし、そして『あの男』の力が合わされば、人間たちに大きな顔をさせることはないのじゃからな」
サルタヒコは、ほえるように笑いました。そして、バサバサと大きな羽音を立てて、その場から飛んでいなくなりました。一本だたらは、ふうっとため息をつきました。
「……わしは、今のポン子ちゃんやジロリたちのように、人間たちと生きるほうが好みじゃよ、サルタヒコ」