七月の話 ~一つ目小僧のコンタクト~ その2
「ポン子ちゃん、おいら、目の中になにか入れるなんて、そんなの絶対いやだよ」
じたばた暴れるジロリを、ポン子は半分強引に町に連れてきました。もちろん二人とも、人間のすがたに変化しています。ポン子はいつもの、赤いスカートすがたです。ジロリはというと、坊主頭は変わりませんでしたが、着物ではなくシャツとジーパンです。そして、くるりん葉の力で、目が二つになっていました。
「大丈夫よ、きっと。人間たちもつけてるんだから、あたしたちだって」
「でも、おいら、今は人間のすがただけど、一つ目小僧なんだよ。人間なら大丈夫かもしれないけど、一つ目だから不安だよ」
ジロリはがたがたふるえて、何度も首をふります。
「それにおいら、ド近眼なのに、人間の町を歩いてるって思うと、すごい怖くって」
ポン子がつかんでいた、ジロリの手のひらがじっとりとしめっています。よく見ると額に汗をかいて、青い顔をしています。それでもポン子はぐいぐい手を引っぱって、元気づけるように明るい声でいいました。
「心配しすぎよ。大丈夫、あたしがついてるんだから。あ、ほら、見えてきたわ。あそこの病院よ」
ポン子は小さな病院を指さしました。えんとつのついたおんぼろの建物、『出雲の湯』のすぐとなりです。『リンコ小児科クリニック』と看板に書かれています。ジロリの目がまんまるくなります。
「人間のお医者さん? ダメだよ、おいらが一つ目小僧だって、ばれちゃうよ」
ジロリがおびえるようにポン子の手を引っぱります。ブンブン首をふりますが、ポン子はかまわず、病院のドアを開けました。
「こんにちわ、リンコ先生、います?」
受けつけには、若い女性の看護師さんがすわっていました。休憩中だったのでしょうか、読んでいたファッション雑誌をあわてて隠して、看護師さんが立ちあがります。ポン子の顔を見て、ほっとしたように息をはきました。
「なんだ、ポン子ちゃんか。患者さんかと思ってびっくりしたわ。でもよかった。それで、今日はどうしたの?」
看護師さんがなれなれしく話しかけてきます。ポン子はじろりと看護師さんを見てから、ほおをふくらませました。
「ウサミさんったら、『なんだ』は余計よ。それにあたしじゃなくても、患者さんはいるんですからね」
看護師のウサミさんは、ふふふと笑って肩をすくめました。
「だってポン子ちゃん、いっつも遊びにしか来ないじゃない。それで、患者さんってのはその男の子? じゃ、とりあえずそこのソファにすわって待っててね。これ読み終わったらリンコ先生を呼ぶから」
ファッション雑誌を再び開くウサミさんを、ポン子はジト目で見ていましたが、やがて怖い顔でつぶやきました。
「ウサミさんがサボってたって、リンコ先生にいいつけてやろうっと」
看護師のウサミさんは、ぴょんっとその場ではねあがり、急いで首をふりました。
「ちょっと、ポン子ちゃんやめてよ! こないだもリンコ先生に怒られたばかりなんだから。リンコ先生が怒ると本当に怖いんだよ」
「ちょっと、聞こえているわよ」
うしろから、白衣を着たつり目のお姉さんが現れました。いつか銭湯で見た、スッとした顔立ちの美人さんでした。
「あ、リンコ先生」
やはりそれはリンコ先生でした。リンコ先生はこしまで届く長い髪を手でなびかせて、ポン子とジロリに目をやりました。
「こんにちは、ポン子ちゃん。それに、その子は?」
「ああ、この子はジロリ。一つ目小僧です」
ポン子にいわれて、ジロリは目を見開きました。ブンブンッと激しく顔をふって、それから逃げようとしますが、ポン子に手をつかまれました。ジロリはポン子に泣きつきました。
「ああ、もう、ポン子ちゃん、どうしておいらの正体をばらすの! ああ、おいら、人間たちに捕まっちゃうよ」
泣きわめくジロリを、ウサミさんもリンコ先生も、ぽかんとした顔で見ていました。
「え、どうしてそんな怖がってるの? あ、もしかして」
ウサミさんとリンコ先生は、顔を見合わせ、そして笑い出しました。
「ポン子ちゃんったら、わたしたちのこと、ちゃんと話してあげてなかったの?」
「あ、そうだった。ごめんごめん。ジロリ、大丈夫よ。このリンコ先生は、人間だけじゃなくて、妖怪のお医者さんもしているのよ」
ポン子がチラッと舌を出します。バタバタしていたジロリは、ぴたりと動きを止めました。目をごしごしとこすってから、ジロリはウサミさんとリンコ先生を、まじまじと見つめました。
「本当に?」
「ええ、本当よ。ほら」
リンコ先生が、長い髪をかきわけました。頭にきつねの耳が見えます。ウサミさんも茶色に染めたふわふわの髪から、長いウサギの耳を出しました。
「わたしは化けぎつねで、ウサミは月に住むウサギなのよ。だから安心してちょうだい。それで、今日はいったいどうしたの?」
「リンコ先生、ジロリったらものすごいド近眼なんですよ。だから、この子にあったコンタクトを探してたんです」
リンコ先生はジロリに近寄り、坊主頭をポンポンっとたたきました。とたんにジロリの変化がとけて、もとの一つ目小僧のすがたに戻ったのです。
「わっ!」
ジロリがギクッと飛びあがりました。ポン子がけらけらと笑います。
「あはは、ジロリったら驚きすぎだよ。でも、いつ見てもすごいわ、リンコ先生の『術はずし』。くるりん葉の変化もすぐにとけちゃった」
リンコ先生の『術はずし』は、妖怪の使っている術ならなんでも解くことができるのです。この力を持っているからこそ、リンコ先生は人間だけでなく、妖怪のお医者さんもやっているのでした。リンコ先生は細い目をさらに細めて、ジロリの一つ目をのぞきこみました。
「ほら、動かないでね。うーん、大きな目ね。人間用のコンタクトは使えなさそうだわ」
「なんとかならないんですか?」
心配そうにたずねるポン子に、リンコ先生はふふっと笑いました。
「もちろんなるわ。わたしは妖怪の女医なんだから。それじゃ、ちょっと検査して、あなた専用のコンタクトを作りましょう」
リンコ先生に連れられて、ジロリは奥の診察室へ入っていきました。