四月の話 ~カッパのシャンプー~ その1
ここは、さまざまな妖怪たちが暮らす、出雲のお山です。出雲町という、人間たちの町の近くにあります。でも、残念ながら、人間たちが妖怪たちの世界に行くことはできません。人間たちが使っている登山道のすぐ近くに、妖怪だけが通ることができるわき道があります。そこを通らないと、妖怪の住む世界には行くことができないからです。
そんな出雲のお山には、小さな化けだぬきが住んでいました。ポン子という名前の化けだぬきは、人間の町に興味しんしんです。
ポン子の両親は、早いうちに亡くなって、ポン子は一匹で暮らしていました。えっ、ひとりぼっちでさびしくないかって? それじゃあこれから、ポン子の一年を一緒に見ていきましょう。きっとあなたも、出雲のお山で暮らしたいって思うはずですよ。
出雲町のすぐ近く、出雲のお山のふもとに、ポン子の住んでいる巣穴がありました。その巣穴に、今日もお客さんがやってきました。
「ポン子ちゃん、こんにちは」
「あっ、クルルちゃん。今日はどうしたの?」
クルルはカッパの子どもです。ポン子と仲がよく、よく巣穴に遊びにくるのでした。
「あのね、あたし、シャンプーが欲しいの」
クルルの言葉に、ポン子は目をぱちくりさせました。うつむいてもじもじしているクルルに、ポン子はたずねます。
「どうして? あれって、人間が髪を洗うためのものだよ。クルルちゃんはカッパだから、髪じゃなくてお皿しかついてないじゃない」
「でも、とってもいいにおいがするんでしょう? お皿に入れたら、ツユクサの香水よりも、もっといいにおいがするんじゃないかなって思って」
「いや、『シャンプー』は香水じゃないけど」
あきれ顔になるポン子に、クルルは頭のお皿を指でなでながら続けました。
「とにかく、『シャンプー』があれば、あたしも人気者に、じゃなくて……」
カチカチカチカチっと、クルルはごまかすようにくちばしを鳴らしました。
「お願いよ、ポン子ちゃん。ポン子ちゃんのくるりん葉があれば、人間に変化できるでしょ。そうしたら、きっとシャンプーだって見つかるかなって思って」
そうです、ポン子はほかの妖怪たちも、くるりん葉という葉っぱをを使って、人間に変化させることができるのです。そのためいろいろな妖怪が、ポン子をたずねてくるのでした。
ポン子はしっぽを前足でなでながら、しばらく考えこんでいました。
「でも、シャンプーが欲しいなんて、そんな理由でくるりん葉をあげるのは、どうかなあ」
「そんなあ、お願いよ。あっ、そうだわ、もしくるりん葉をくれたら、みんなで育てたきゅうりをあげるから、お願い」
クルルにいわれて、ポン子のしっぽがゆらゆらとゆれました。カッパの育てたきゅうりは、みずみずしくて本当においしいのでした。
「わかったわ。でも、あたしも一緒についていくからね。人間の町は楽しいけど、危険もいっぱいあるんだから」
やがてポン子は決心したようにそういうと、頭にくるりん葉を乗せて、ひょいっとちゅうがえりしました。そのとたん、ポン子は赤いスカートをはいた、人間の女の子になったのです。
「ホント、いつ見てもポン子ちゃんの変化はすごいわ」
クルルがカチカチとくちばしを鳴らします。カッパにとってのはくしゅなのです。ポン子はまんまるい目をくりくりさせて、クルルに葉っぱをわたしました。
「それじゃあ、クルルちゃんも早くちゅうがえりして。くるりん葉を頭に乗せてたら、だれでもちゅうがえりできるから」
「わかったわ」
クルルは頭にくるりん葉を乗せて、それから足をまげて思いっきり地面をけりました。ぶわっとからだが浮きあがります。まるで風にだっこされたような感じです。目の前が真っ白になって、びゅんっと風を切るような音も聞こえました。そして、次の瞬間、クルルはどしんっと、しりもちをついていたのです。
「いたた……。うまく変化できたかな?」
そういって自分の手を見て、クルルはあっと声をあげました。いつもの緑色の手ではありません。手は肌色で、薄くうぶ毛が生えています。指には水かきもありませんでした。
「うん、どう見ても人間の女の子だわ」
クルルはおかっぱ頭の、人間の女の子になっていました。ポン子と違って、クルルは緑色のスカートをはいています。
「やっぱり、くちばしがないとしゃべりづらいわ。それに、この髪の毛って、頭がわさわさしていつも変な感じがするのよね」
クルルは口をパクパクさせました。クルルの髪の毛を見ながら、ポン子は、「あちゃー」と小さくため息をつきました。
「頭のお皿だけ残っちゃってるわ。まあ、しかたないわね。頭まで変身するのって、とっても難しいもん。あたしもうまくできないし」
そういってポン子は、自分の頭をポンポンッとたたきました。髪の毛の中から、小さなたぬきの耳が、ひょこっと出てきました。
「とりあえず、はい。むぎわらぼうし貸してあげるから、これをかぶって。人間の町では、決して取っちゃだめよ」
ポン子にむぎわらぼうしをわたされて、クルルはそーっと頭の上に乗せました。
「なんだかお皿が、むずむずするわ」
「がまんして。それじゃあ行きましょう」
ポン子も大きなむぎわらぼうしをかぶって、たぬきの耳をかくしました。