第壱話 神様と御対面
なんだか零話って特別な感じするよね。
「ん?ここはどこじゃ?」
そこは真っ白い空間だった。その空間はどこまでも白い景色、いや、景色と言えるかは分からないが何処までも永遠と続きそうな地平線が広がっている。
「確か儂は誰かに刺された筈なのじゃが……」
鈴木が刺された脇腹を見るとそこは刺された筈の傷は無く、さらにはナイフであいた筈の服の穴も無かった。
「……どう言うことじゃ?」
鈴木は困惑し辺りを見渡すと、鈴木の目下には髪の長い、女性と思わしき人物が見事な土下座をしている姿が鈴木の目に映った。
「……これはど言う状況かのぉ?」
「申し訳ございません!」
すると女性はいきなり謝罪の言葉を口にした。その身体をよく見てみると小刻み震えていた。
「……突然謝られても困るんじゃが?取り敢えずお主が何者か説明してくれんかの?」
「す、すみません!」
女性はそう言うと素早く頭を上げ乱れた髪を整えた。そして、正座のまま自分の紹介をし始めた。
「私はこの世界の管理を任せられている、ユピテルと申します」
ユピテルと名乗った女性はそう言うと再度頭を下げた。
「この度は私の所為でこの様な事になりました事、深くお詫び申し上げます!」
ユピテルは再度、深々と頭を下げた。
「大体、予想は付いたが一応何故お主が謝っているか説明してくれんかのぉ?」
「はい…………」
ユピテルが言った事を要約すると、「神である私が部下の天使への指示を間違え鈴木が死ぬ破目になった」との事だった。
「そのお詫びと言ってはなんですが、貴方様には違う世界へ行く事が出来ますが……」
ユピテルはそう言うと、そこで言葉を詰まらした。
「所謂、異世界と言った所かい」
「そうなのですが……実は異世界へ行く場合に問題が一つありまして……」
「問題と言うと?」
「実はその世界、貴方様の言う異世界での空きの種族が”魔王”しかないんです……」
「ほっほっほ、そう言う理由かい」
鈴木はユピテルの言葉で全てを理解した。
魔王と言えば、魔物を統べる者や悪の根源などマイナスのイメージが強い。そして、今の鈴木の選択肢は、そのマイナスのイメージしかない魔王に成るか、否か、しかない。
もし鈴木が「否」を選べばその魂は消滅する。だが、その事は鈴木は直観で解っていた。もし他の選択肢、例えば転移では無く転生、それこそ先ほどの殺人事件を無しにし、地球に帰還することもこの神なら真っ先にその選択肢を寄越すだろう。
しかし、それをしないと言う事は、それが出来ない、もしくは誰かに禁止されていると言う事に他ならないだからだ。
「ところで魔王には、部下などはいるのかのぉ?」
「はい。魔王には各魔境の王を始め、直属の部下が72人の部下が居ます。その下にはさらに数千、数万、それ以上の部下がいます」
「魔王になるのは良いとして、異世界に行く際に儂は何処に飛ばされるのかのぉ?出来れば森の中とかは、勘弁願いたいのじゃが」
「え?魔王なっても良いのですか!?」
「一度死んだ儂を生き返らせてくれるのじゃろ?それならば魔王など、どうとでも無いわい。儂には死んで悲しむ親族も居らんしな」
鈴木は笑いながら言っているが、ユピテルは驚愕していた。
もともと、鈴木が魔王になる破目になったのは自分の所為だ。それを鈴木は怒鳴るどころか、一切の怒りも見せなかった。普通、いくら聖人君子でもこんな理不尽な出来事にあえば多少なりとも、声に怒気を込めるものだ。
そして今言った言葉。
こんなありえないミスを犯したとはいえユピテルは神だ。この言葉に一切の嘘が無いのは手に取る様に分かる。
そしてユピテルはこの人間に自分が出来る限りの償いをしようと心に決めるのだった。
「ふむ。つまり、転移先は魔王城なんじゃな?」
「えぇ。魔王が人間の国に召喚されたとなると、色々と面倒になりますから」
「確かにのぉ。ところで、魔王はどんな魔法が使えるのじゃ?」
「そうですね……。魔王だから使えないという魔法はありません。ただ、特殊な魔法や種族特有の魔法などは使えない場合もありますが。それ以外の魔法に関しては使えるかどうかおの有無は、その人の努力次第ですね」
「成程のぉ。それと魔法の使い方はどうすれば良いんじゃ?」
「魔法には基本的に呪文が必要になります。簡単な魔法であれば、必要ありませんが」
「簡単な魔法とはどんなの魔法じゃ?」
「例えば、軽い物を浮かばせる魔法や手紙を遠くまで飛ばす魔法などですね。他にも小さな火を出したり、水を出したり、色々ありますね。ただ、呪文が必要な魔法には、それ相応の知識が必要になりますが」
「ほっほっほ、この歳になって勉強かいな」
「ただ、それでは不便でしょうから、一時的に呪文無しで魔法を使えるようにしておきます」
「おぉ、それは有難いのぉ。しかし、魔法か……、楽しみじゃのぉ」
鈴木は愉しそうに笑いながら言った。
「さて、それじゃあ次は、儂の部下の説明を頼むとするかい。しかし、異世界に行って、いきなり部下付きとはのぉ。儂も随分と偉くなったのぉ。ほっほっほ」
「中々、前向きですね……。ゴホンッ。えぇ、単に部下と言っても階級があり、階級は王を初めとし王子、君主、総裁、公爵、侯爵、伯爵、騎士の八種類があります」
「その、階級の王と言うのは、魔王という認識で良いのかの?」
「はい。その認識で構いません。他の魔王は各魔境の国を治めている王から、魔王と名付けられています。そして、そのトップに居る魔王、それが貴方です。異世界には付き物の勇者が倒している魔王が魔境をの国を治める魔王の部下に当たります」
「つまり、ラスボスを倒しているつもりが、中ボス所か雑魚キャラを倒していたと言う事かじゃな」
「そういう事です。魔境の魔王自身、勇者を利用して何かの罰で部下を殺させているので、報復などは無く、人間側も倒した魔族を魔王と思い込んでいるのです」
「憐れと言うかなんと言うか……」
「基本的に人間が勇者召喚する時に選ばれる人間は、無駄に正義感が強く、聖人君子の様な者を選びます」
「ほっほっほ、まさに操り人形じゃな」
「まぁ、そんな所です」
ユピテルは何か思う事があったのか少し溜め息を吐きながら言った。
その後も鈴木への説明は続き、粗方の説明が終わった。
「ところで幾つか頼みがあるのじゃが……」
「はい。私に可能でしたらいくらでも」
「その前にまず確認なのじゃが、魔王城には武器庫などはあるのかのぉ?」
「えぇ、魔王城には宝物庫や武器庫などがあります。武器庫の中には人間の国では、国宝級に値する武器や防具もあります」
「その中に日本刀の様な物はあるかのぉ?」
「ちょっと待てください。……視たところ、日本にある刀はありませんね」
「日本刀が欲しければ私がお創りしますが……」
ユピテルがそう言うが鈴木は頭を小さく左右に振った。
「出来るならこの杖を儂の家にある刀を合わせて仕込杖の様にしたいのじゃが」
鈴木は自分の持っている杖を見せながら言った。
実は鈴木は剣道の有段者。そして、自宅の床の間には1本の立派な日本刀があるのだ。その日本刀は先祖代々受け継がれる物で、自分の死後、誰も居ない淋しい家に置くのは忍びなく思っていた。
「そういう事ですか、分かりました。それでは杖を拝借」
ユピテルはそう言いながら、鈴木から杖を拝借した。さらに、何処からとも無く、鈴木の自宅にあったはずの日本刀が現れた。
そして、あっという間に日本刀は柄から刃が外れ、分裂している杖の持ち手に刃の根元が付けられ鞘となった真っ直ぐな杖の下部分が装着された。
「完成しました」
そう言うとユピテルは完成した仕込杖を丁寧に鈴木へと渡した。
「見事じゃな。重量感は日本刀そのまま、さらに鞘と持ち手の区別が一切付かない程の切断面。流石は神様じゃのぉ。あんなミスはしたがの」
「うっ、そ、それを言わないで下さい……」
「ほっほっほ、冗談じゃよ。あと、この煙管じゃが、これの草は異世界にはあるのかい?」
鈴木はそう言いながら袖から1本の使い込まれた煙管を出しユピテルに見せた。
「煙管自体は異世界にもありますし、草もあります。魔界にも草はありますので、入手にもさほど苦労はしないでしょう。なんでしたら、こちらで草を用意しましょうか?」
「そうじゃのぉ。それじゃあ、暫く分の草を貰おうかの」
「分かりました」
ユピテルが手を軽く横に振ると、空中から白く清潔感のある布袋が現れた。
「一か月分の草です。収納の魔法に入れて置きます。取り出し方は後で教えますね」
「助かるのぉ」
「ところで他にはありませんか?」
「そうじゃのぉ。んー、無いのぉ」
「そうですか……」
「生き返らせて貰って、さらに仕込杖もわざわざ作って貰い、煙管も草無しで吸える様にして貰ったのじゃ。これ以上、受け取れんわい」
「貴方は無欲ですね」
「ほっほっほ、この歳になると、物に対する執着がのうなってのぉ」
「それでは、時間まで私と話でもしませんか?時間潰しとでも思って」
「それも良いのぉ」
鈴木とユピテルは、時間が来るまで雑談を楽しんだ。
「……そろそろ、時間ですね
「それじゃあ転移を頼むのぉ」
「はい、それでは魔王城への転移を始めます」
「神様にこんな事を言うのは失礼かもしれんが元気でのぉ」
「いえ、そんな事はありません。それと最後に1つ。私は極力地上に干渉する事が出来ません。しかし、教会内でしたら私から干渉する事が出来ます」
「ほっほっほ、機会があればまた会いに行くわい」
「お待ちしております」
ユピテルの言葉を最後にその空間から鈴木が消えた。
和数字って良いよね。