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それはすべての始まり



『十字軍の兵士達はマアッタという町に攻め入ると村人を虐殺し始めた。それだけではない。虐殺した人々を食べ始めたのだ。大人は鍋で茹でられ、子供は串刺しにされ、彼らは犬までむさぼり食べた。後にこれは飢餓による緊急処置だと発表されたが、彼らの狂信的な部分も見逃せない。―本当の理由は神のみぞ知ると言いたい所だが、例え私が神でも理由など知りたくはない。なぜなら人の狂気というのが恐ろしいからだ』(「十字軍遠征」より)



 冷たい石の上で1人の子供が一生懸命何かを書いていた。そこは地下牢と言われる場所だった。

 雨露がポタリと堅い石の上に落ちた。カサカサと何本も足を持つ虫が天井の隙間へと消えていく。冷たい風が隙間から入ってくる。

「…できた!」

 その子供は書きあがった物語を満足そうに見上げた。物語が書かれている紙を後ろにあるドアの隙間に入れる。すると、ドアの隙間からスウッと紙が消えていった。

 子供はドキドキしながら感想を待っている。ドアの向こう側で誰かの息使いが聞こえる。

『…おもしろい…』

 小さい声がした。か細く、ザラザラで、まるで獣のような声である。

「そうか! よかった」

 その子供は男の子だった。ほっと息をなでおろす。

『…おにいちゃん…えがじょうず…』

「へへっ。それは僕の特技だからね」

 男の子は自慢げに鼻をさすった。

「この絵は魔法陣っていうんだ。父さんの部屋にいっぱいあった」

『…まほうじん?』

「そうさ。例えば小さな魔力を循環させることによって巨大な魔力へと変換できる数字の羅列さ。まだ試作段階だけどね」

『…おもしろい?』

「ああ、これさえ完成すれば敵国からこの国を護ることができる。それに最近騒がれている怪物からだって国民を護れる」

『…すごいね…』

 声のトーンが下がった。男の子はその反応に気づき慌てて弁解しようとした。

「ごっ、ごめん…僕だけこんな…」

『…おにいちゃん…』

「なんだい? エリカ?」

 ドアの上部についている鉄柵からか細い手が出てくる。

 その手は指が3本しかない。

 しかも指に獣のような毛がはえている。


『…ここから…でたい…でたいよ…』


 シクシクと泣き始める。男の子は哀れに思い、その手をしっかりと両手で握り締める。

「大丈夫だよエリカ。今デーバっていう修道士が来ていて犯罪もない差別もない幸せな国を造ろうって誘われているんだ。僕の才能が買われたんだ。その国ができればエリカは堂々と外を歩いていいんだよ」

『…ほんとう?』

「そうさ。誰もエリカを虐めたりしない。誰もエリカを憎んだりしない。誰もエリカから逃げたりしない。完全な平等な世界だ。…だから待っていて、その国が出来上がったら僕は帰ってくる。そしたら僕はその国にエリカを連れて行ってお姫様にしてあげる」

『…おひめさま…すてき…ものがたりみたい…』

「物語じゃない。現実の世界さ。僕が王様でエリカはお姫様だ。兄妹ずっと一緒にすごせるんだ」

 男の子はずっと考えていた理想を妹のエリカに打ち明けた。

『…おにいちゃんと…いっしょ…ずっと…いっしょ…』

 男の子は妹の手を額に当てた。ザラザラとした感触がする。

「だから…だからもう少しの我慢だ。僕を信じてくれ」

『…わかった…まってる…おにいちゃんの…かえりを…まってる』

 手を額から離す。ゆっくりと3本の指しかない手がドアの中へと入っていく。

「…それじゃあ…行ってくるよ」

『…おにいちゃん…』

「…うん?」


『…おにいちゃん…だいすき…きをつけて…ね』


「…ああ! 待っててエリカ。きっと僕は差別のない国を造ってみせる。きっと…きっと―」



 薄暗い玉座でπは目を覚ました。魔法陣を描くため魔力を使いすぎ体がだるい。しかしまだ魔法陣は完成していない。

 魔法陣は等間隔で均等に描かなければ効果を発揮できない。それが一番苦労する所だ。

 だけどあの夢が力を限界まで引き出してくれる。幼稚な夢を信じ、哀れな妹を救えると信じ、人を信用したあの情けない自分の夢に。

バンッ

 扉が開いた。誰かが王の間に入ってきたようだ。疲労のたまった充血した目でその人物を見る。

「疲れとるみたいやね」

 クロトカゲだ。こいつの言語はいやに訛っていて聞くのがしんどい。

「…どうしたんだい?」

「喜べ。天使を捕まえたで。これで術は完成するはずや」

「そうかい」

「うわっ!? なにそれ!? テンションひく! もっと気合いいれなあかんで」

 この無駄なテンションの高さにも疲れる。これだから商売人とは気が合わない。だけどこいつは十分役には立った。"信用を第一"としているのか女神の力を使わずにすむ。

「…もうチェシャが捕まえた。今ポイントに向かっているはずだ…」

「えっ!? 嘘っ!? せっかく捕まえたのに!? まっ、苦労してないけど」

 「なはは!」とクロトカゲが舌を出して笑った。

「…どこに捕らえているんだい?」

「ああ地下の『貴族牢』ってとこや」

 その牢屋は…ああ…あそこのことか…。よりによってこの男は…。

「おっ!? どした? 何か駄目だった?」

 クロトカゲが後ずさる。どうやら睨んでいたらしい。息を吸って気持ちを落ち着かせる。

「…いや…いいよ…ちょうどいい」

 πは玉座に腰を落ち着かせた。また眠りがやってくる。女神の力のおかげで意識は"乗っ取られず"にすむが、やはり魔力は消費するらしい。

「それなら術の完成間近ってことで請求書の話をしたいんやけれども…」

「まだ術が完成していない…それに死帝がやってきている…」

「そやから。そいつらが来る前に話をやな…」

「報酬は術が完成してからだ…」

 πは目を閉じた。再び魔法陣を描き始める。もっと力を循環させて巨大にしなければならない。

 そう。あの国が完全に消滅するように…。

「…はあ〜。わいはいつになったら大金を得られるんやろ。いっそのことコイツ殺して報酬奪ったろか…っといつも思うんやけど隠し場所がわからん。探してるうちにやっかいな奴も来るやろしな」

 クロトカゲは瞑想状態に入ったπに後ろを向けると、廊下へと出て行った。

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