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沖の舟 -安東愛季伝-  作者: かんから
家督相続 天文ニニ年(1553) 愛季15歳
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1-8 荒れる気持ち

 安東あんどう愛季ちかすえは商人らに銭を与え、浅利氏へ取引するなと促した。安東にくみする者を優遇し、檜山に店を持っていない者には屋敷を与え、店を持っている者にも蔵米を安く払い下げたり武具を高く買うようにした。結果として檜山と能代は次第に栄え始めるだろう。一方で比内ひないは困窮し、住まう者は次第に流出し始める。

 さらには米代よねしろ川に関門を設け、特に浅利領の者から徹底して通行料を巻き上げた。比内は檜山より上流なので、海へ商品を運ぶためには檜山の目の前を通る。このため比内の民は高い銭を払ってそこを通るか、他の道を遠回りせざるを得ない。


 浅利領での不審な動きは、活発にならなかった。。杞憂なのか、敵方がいったん諦めたのか。愛季は他国領へ気を払いつつも、家督相続に伴う庶務に忙しく駆け続けた。



 ……梅雨が過ぎ、やるべきことが落ち着いたころ。土崎の湊安東よりふみが届く。弟の茂季からだ。


”明くる7月10日に、私と豊島・寒川・玉虫の三名がともに檜山を訪ねますので、宜しくお願い致します。”



 ……遅い。来るのが遅い。茂季にも本意を読み取ってほしかった。しかも湊安東氏累代の家臣を連れてくる。……この時期にか。もう少し早めにできなかったか。当時愛季は忙しく立ち回ってはいたが、今よりも先月がましだった。


 生き続ける人は待つこともできようが、死にゆく人は衰えるのみ。


 ”……あいつら、わざと遅らせたな。” 


 嫌味に思う。



 そうすることで、目に明らかにする。病になった時はそんなに変化がなくても、治る見込みなければさらに悪化し、顔色は隠せなくなる。


 ……愛季は寝床の襖を静かに開く。そこには父がゼイゼイと荒い息を吐いている。肌は明らかに悪く、褐色で覆われている。……この父の姿を湊安東の連中に見せるわけにはいかない。かといってわざわざ訪ねてくる弟を無下にするわけにもいかない。


 ”なぜ、弟は累代の家来どもを連れてくるのだ。”


 その辺り、頭が働かないのか。鬱憤うっぷんがたまる。

 檜山安東の弱みを見せるわけにいかないのだ。父が死ぬのが判れば、誰が逆らうかわからない。……周りは敵ばかり。



 ”ええい”と愛季は投げやりな声をだした。そばに侍る使用人に命じる。


「納棺師を呼べ。元気な様に化粧をさせる。」


 

”若が、ありえない命令をなさった。”


 近くの者は急いで次郎兵衛を呼びに行った。次郎兵衛じろべえは慌てて愛季のもとへ駆け寄ってくる。

「いったい何をなさろうとするおつもりですか。縁起でもない。」


 荒らげら声で愛季は返す。

「化粧だ、化粧。奴らなら死者をもまるで生きているかのように見せるではないか。」


 次郎兵衛はいかにも馬鹿を(もてあそ)ぶが如く言う。

「化粧ならば、女子おなごにやらせればよろしいではございませんか。」


「いや、女子ならば口紅と白粉おしろいがオチだ。納棺師が一番良い。」

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