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沖の舟 -安東愛季伝-  作者: かんから
家督相続 天文ニニ年(1553) 愛季15歳
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1-5 父の命

 御殿ごてんといっても、花の御所のように華やかな建物ではない。二の丸にあるのは1辺が300メートル位の平屋、どこの城でもあるだろう建物のサイズだ。しかし地元民から安東家はたいそう慕われており、敬意を表して”御殿”と呼ぶ。


 愛季ちかすえ草履ぞうりを脱ぎ、少し汚れていた足袋たびも草履の上に置いた。衣についたコナを落とし、そのうえで御殿に一礼して中へ入る。家臣らの何人かはすでに集まっていた。愛季がふすまを開けると、口々に”若”と言いながら寄ってくる。愛季は問うた。”父の体は如何いかん”と。


 家臣の一人、大高おおたかが答えた。


「ただいま奥の部屋で医者が診ております。終わりましたら、若もお入りになればよろしいかと。」


 家臣らの顔をうかがうが深刻そうではない。後ろからは次郎兵衛じろべえに続いて鎌田も入ってきたが、鎌田は特に戸惑ってしまった。大殿が倒れてからすぐに馬を走らせた鎌田と違い、城に詰めた家臣らは幾分いくぶん落ち着きを取り戻していた。大殿は倒れてから小一時間で意識を取り戻したし、案外大丈夫なのではないかと安堵の空気が広がっている。


 とりあえず愛季はその場に座し、落ち着きを取り戻す。新しい足袋も持ってこさせ、自分ではきなおした。……いつものことだが、空が晴れ渡っていても部屋の中がめっぽう暗くなったり明るさを取り戻したり、それを一日のうち何度も繰り返す。城の周りが木々で囲まれているせいで、日のめぐる向きによって枝葉が光を遮るせいだ。……目をつむって静かにしていると、誰もがゆったりとして不思議な気分になるのもこの城の特徴だ。ヒバの類にはそのような効果もあるらしいが。



 日が落ちかける頃、医者は父の寝床から出てきた。顔を見ると、深刻そうな顔はしていない。いつも通りとまではいかないが、どちらかというと朗らかな感じの表情だった。医者は愛季を別室に呼ぶ。



 奥の部屋に二人きり。すると急に医者は深刻そうな顔に変わった。愛季は動揺する。もしや父はものすごく悪いのかと。



「……もって3ヶ月でしょう。」


 襖を少しだけ開けて、父を覗いてみた。……元気そうだ。医者は首を振る。

「本来なら、そんなはずはないのです。」


 術者にとっては、隠しているのが明らかだ。



 ……医者は、静かに襖を開けた。向こう側に父がいる。布団の中で横になり、こちら側を向いた。顔をくしゃくしゃにして笑みを誘おうとし、息子を安心させようとしたのか。


 それから互いに口を交わさず、しばらくたつ。日はまさに沈もうとしているようだ。



 父は最後に、息子へ謝った。



「お前にあの大船で蝦夷ヶ島へ渡ってもらうつもりだった。……すまない、諦めろ。」


 愛季は父の両手をつかんだ。父は額を手に寄せて、返事をする。”すまん”という言葉を繰り返すのみ。


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