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沖の舟 -安東愛季伝-  作者: かんから
プロローグ
1/37

少年の頃


 月は柔らかい光を放つ。


 空を見上げれば、幾千もの星々がそこにある。少しばかりの明るさは、ヒバの森をかすかに照らす。


 そのような夜、少年は川に浮かぶ小舟にいた。ただ前を向いて、進む方を見つめている。後ろの従者は、かいを握っている。だがその太い棒を持っても、水面みなもに逆らおうとはしない。少年がさせないのだ。この川の流れに身を任せれば、いずれ大きな川へと交わり、果ては海へつながる。


 わざと粗雑な衣を着ているし、遠くからは積荷を運んでいるぐらいにしか見えないはずだ。


 ……と思っていたのだが、川岸の砂利を踏みつける音が聞こえてくる。少年は ”ちっ、次郎兵衛じろべえか。” と舌打ちし、わざと顔が視野に入らぬように目を閉じた。


 川岸の男は、小舟に向かって叫ぶ。”若” と大声で、少年を呼ぶ。少年は無視するつもりでいたが、何度も言われるので、こうなると他の誰かが気づきかねない。


 小舟は男の元へ近づく。下りれるまでに近づくと、男は静かに手招きをした。少年がそっぽを向くと、水面の変化とともに月影が揺らいでいるさまが見えた。


 次郎兵衛は、少年へ諭すように語りかける。

「若……港へ行こうとなさったのですか。」


 その通りだ。この川を下れば大流の米代よねしろ川につながる。夜のうちに能代のしろの港へ着くだろう。次郎兵衛は続けた。

大殿おおとのは用あって蝦夷えぞヶ島へ行くのです。それに同じ船に若も乗っていては、何かあったら誰が家を継ぐのですか。」


 つらを伏しつつも何か言おうとしたが、怒号が飛ぶのが落ちなのでやめた。”弟がいるではないか” と話したが最後、次期当主たる自覚が足りないと責められるだろう。


 次郎兵衛は ”ふう” と一息おき、少年の顔が見えるように膝をついた。次郎兵衛は、強く責めすぎたかなと後悔した。少年の顔を見ると、……今にも泣きそうだ。たった12歳の小童こわっぱに、次期当主の自覚をしてもらうのは無理な話。それよりも独断ではあるが……蝦夷へ行きたいという一心で舟に乗った行動力を評価すべきか。


 とりあえず、きっと鬼のように険しくなっているであろう己の顔を直した。落ち着いた口調で言う。

「皆にはこのことを伏せておきます。さっ、城へ戻りましょう。ほら、櫂漕ぎも帰れ帰れ。」


 少年は次郎兵衛に手を握られ、その場を去る。小舟もただ一人を乗せ、どこかへ消えた。

 




 ふと空を見上げた。月はさらなる高みへと上がらんとしている。





 安東あんどう愛季ちかすえ、小さき頃の一コマである。

 天文十九年(1550)

”東公ノ嶋渡リ”もしくは”夷狄商船往還法度”。

安東愛季父の舜季は北海道へ渡航し、蠣崎アイヌ間の和睦を仲介した。


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