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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
二回戦 川霧秘宝伝
9/16

すすきが原の決闘

いつもありがとうございます。

「おめえ、どうする気だよ、これから」

 ここは、女神テンプレーナ様の時間の止まった会議室。

 憔悴しきった私に、徹がため息をつきながらそう言った。

「どうって……どうしよう?」

 私は、頭を振った。もう、どうしたら良いかわからない。

「でも。助かるかもしれない人間がそこにいて……いくら死んでしまうのが物語として正しくても、助けるなって言う方が無茶だよ……」

「そうよね。理奈ちゃんは悪くないわ」

 テンプレーナ様が柔らかく微笑んだ。女神の微笑みは慈愛の微笑みである。

 私は心が落ち着くのを感じた。

「疾風の命を救ったことを責めているわけじゃない。俺はそんなに鬼畜かよ?」

 徹がムッとしたようにそう言った。

「廉次は敵の戦士だ。お前がこっちの戦士であることもバレた。これから先、どうやってストーリーに関わっていくつもりだってことだよ」

「うーん。そう言われても……。」

 私は頭を抱えた。そもそも廉次がどんな行動をとるか想像がつかない。

「じゃあ、後のことは徹に任せて、私は隠居するよ」 

 パチコーンと、徹が、私の頭をはたく。

「ふざけるなっ」

 徹が本気で目をつり上げている。

「だいたい、今回、どのエンディングを目指していくつもりだよ?」

「うーん。でも、艶と八郎は、上手くいっているンでしょ?」

 私の言葉に、徹は顔をしかめた。

「おめー、古文書、無視かよ」

「ぐっ」

 私は言葉に詰まる。でも、次のシーンは既に師走に入る。あとひと月、だましだましやっていけば、条件2の艶と八郎のラブラブエンディング条件は満たされるはずなのだ。

「徹君は、宝さがしがしたいのよねー」

 くすくすと、テンプレーナ様が笑うと、徹の顔は真っ赤になった。

 どうやら、図星らしい。

「男の子のロマンだもの。理奈ちゃん、わかってあげてほしいわ」

「テンプレーナ様……」

 徹は、もごもごと口を動かす。意外と純粋だ、と思う。

「でもさあ、次の場面って、八郎と宗敏の対決でしょう?」

 私は首を傾げた。

「そもそも、原作って、古文書は解読されないで燃やされちゃうンじゃないの?」

 設定資料のどこを見ても、古文書は解読された形跡がないのだ。

「それは、そうなんだが……」

 徹の目が宙を泳ぐ。

「じゃあ、私が、廉次と疾風。ついでにできれば、山城辰之進の面倒を見るように努力するから、あとは徹が頑張って、解読しなよ」

「あら、理奈ちゃんたら、気前がいいわあ」

 テンプレーナ様はそういって、ニコニコっと微笑む。

「徹ちゃんも、それなら、文句は言えないわね?」

 少しだけ厳しい目で、テンプレーナ様は徹を見る。このままいけば、条件2が満たされそうなのに、あえて行動をとるということは、リスクも大きくなる。

 徹だってそのことはわかっているはずで……徹は無言で頷いたのだった。



 私と廉次の手当てで、疾風は一命をとりとめた。

 さすがに、まだ歩くことはできない。

 本当は、宗敏の屋敷から出たかった。屋敷に居座り続ければ、対八郎戦に駆り立てられることはわかっている。だが、今の疾風を、放置するのは躊躇われた。

「りんは、持ち場に戻れ」

 なんでも、宗敏が疾風の見舞いに来るらしい。疾風は早々に私を部屋から追い出した。

 よくわからないが、私が部屋にいてはいけないらしい。もちろん、宗敏と会いたいわけではないので、文句はない。ないが、ずいぶんと強引である。

 裏方は女中頭の『おはな』が、敵の忍者で抜けてしまい、大混乱に突入していた。

 別段、『おはな』が何かを盗んだわけではないのだが、『あれがない』『それはどこだ』で、戦争状態だ。

 非常に優秀な女中頭が抜けてしまうと、屋敷が回らなくなるという見本のようなものだ。

――しかし、敵の忍者がそこまで屋敷を仕切っていたって、どうかと思う……。

 私は、だいこんを切りながら、首をすくめた。

 それにしても、である。

 本来なら、宗敏は、忍者たちに代わり、息子、八郎へと果たし状を送りつけ、決闘へと話は進むはずなのだ。

 しかしながら、忍者部隊は疾風を除いてピンピンしている。

 艶を失い、ひたすら戦いに突き進んだ八郎は、艶と二人でいちゃいちゃしているらしい。

 幸川光春は、古文書をそっちのけで、蕎麦を愛していると聞く。

 すでに話が破たんしている。この話は、どこにむかっているのであろう。

 しかし、徹に廉次と疾風の面倒を見ると啖呵を切った以上、ここから逃げ出すわけにもいかない。

「あとひと月だねえ」

 しみじみと声をかけられ、振り返ると、廉次が立っていた。

「うん。そうだね」

 もはやお互い戦士であることは間違いないのだから、『何が?』などと、とぼける必要もない。

 あとひと月後、このお話は終わるのだ。もちろん登場人物たちはこのパラレルワールドの中で生き続けるのであるが、私達戦士は、この世界から出て行くことになる。

「具体的に、どうするか決まった?」

 廉次がニコリと笑った。

「……さすがに、それは話せないよ」

 私は苦笑いを浮かべる。まだ、私たちの戦いは終わっていないのだから。

「ま、それはそうか。でも、俺から離れる気はないみたいだね」

 廉次はそう言って、嬉しそうに笑った。

「廉次の方こそ……。私を見張るということにしたの?」

 私は、大根を鍋に投入する。

「うーん。見張るわけじゃない」

 廉次はそう言いながら不意に私の耳元に口を寄せて、背中を抱くように身体を近づける。

「君のそばにいるだけだ」

「え?」

 思わずドキリとする。甘い言葉とともに温かな息を耳に感じて、私は真っ赤になった。

「遊んでいると、相棒に怒られると思うけど?」

 ドキドキを隠すように、私はうつむく。

「俺たちは、君らと違って、自由だから大丈夫」

 自由ね……。

 そりゃあ、お話を破壊すれば、女神は喜んでくれるらしいものね。

 ある意味、羨ましいけど、ちょっと距離が近すぎる。

「君の相棒は、こっち側ではないみたいだけど?」

 私は、台所仕事を続けるふりをして、廉次から離れる。

「……それについては、何も言えないわ。そっちだって、話す気はないでしょう?」

 私の言葉に、廉次は苦笑した。

「色仕掛けで質問してくれたら、答えるかもしれないよ?」

 廉次は甘い声でそう言った。

「……やめて。色仕掛けで吐かそうとしているのは、廉次の方じゃない?」

 りん、というより、私に恋愛経験がないことを見抜いての攻撃だろう。そうでなければ、こんなふうに口説かれる理由はない。

「別に作戦じゃない。言っておくけど、俺はそこまで女に不実じゃないし――それに任務に熱心でもないから」

 廉次は苦笑いを浮かべながら、首を振った。

「相棒は、今回の君の姿について、何も言わないのか?」

「私の姿?」

 私は、自分の姿を見なおす。そういえば、『素に近い』とは言われた気がする。

「その姿を見て何も言わないってことは、それが君の素に近いのか、君の相棒が女性ってことだな」

 ふうっと、廉次は笑った。

「話の意図がわからないけど……私を口説くなんて疾風は趣味が悪いとは、相棒は言っていたわ」

 私は首を傾げ、そう答えた。

 そのとたん、廉次は眉をしかめた。

「疾風は情熱型の男で、直情的だから反応が素直すぎるだけだ。俺だって」

言いながら、廉次の手が私の顎に伸び、瞳に私の顔が映る。

胸がドキリとした。

「廉次! りん! たいへんだ!」

 バタバタと忍者にあるまじき足音を立て、忍者1が現れた。

「ちぇっ」と、廉次が、小さく舌打ちをして、私から手を離す。

「どうしたの?」

 私は肩で息をする忍者1に、水差しから水を注いだ湯呑を差し出した。

 忍者1は、ぐびっとそれを飲み干すと、ふうっと大きく息をついた。

「宗敏さまが、八郎と決闘することになった」

「え?」

 私と廉次は顔を見合わせた。

「これは、随分と唐突に進んだね」

 もちろん、『原作』通りの展開ではあるのだが。

「補正かしら?」

 私は、廉次だけに聞こえる大きさで思わずそう呟いた。



 なぜ、宗敏と八郎が決闘することになったのか。

 理由を知って、私は呆れた。

 なんでも、疾風が、八郎の剣を語ったことが原因らしい。

 といっても、「すごい」といってほめたたえたわけではない。八郎の正確な太刀筋、動きの無駄のなさなどを疾風が『証言』したところ、兵法者として、勝負をしたくなったらしい。

 強い敵がいたら、とりあえず、勝負を挑む、兵法者の哀しいサガだということだ。まるで、一昔前の熱血少年漫画のようである。

「でも、そんな理由で、よく八郎は勝負を了承したわねえ?」

「あっちは、何と言っても、『古文書』さわぎからこっちの手を引かせたいと思っている。宗敏さまが諦めたら、向こうの勝ちだからな」

 廉次はそう言った。

 宗敏は、幸川光春の叔父の幸川左門ゆきかわさもんに仕えている。もちろん、古文書騒ぎの大元はこの幸川左門によるところが大きいのだが、宗敏が手を引いたら、左門には、もはや手札がないのに等しい。

 古文書の財宝争いは、幸川家の家督争いがそもそもの原因であるが、宗敏が手を引いたとしたら、左門に家督が回ってくる可能性は皆無であろう。

 とはいえ。

 決闘、そのものについては、我ら忍者部隊に課せられるものは何もない。

 宗敏の頭にあるのは、兵法者として強者に挑みたいという欲求だけであり、もはや古文書はどうでもよいことになりつつあって、『手出し無用』と言われている。

 決闘の場所は、すすきが原とよばれる、何もない草原。どこまでも続く、枯草の海だ。

 私達は別に呼ばれてもいないが、宗敏と同行した。

 手を出す気はないが、勝負は見届けなければならないからだ。

 決闘の時間は日暮れ時。なにも師走の陽が落ちる寸前にそんなことをしなくてもいいのに、と思う。

 私が震えているのは、緊張のせいではない。寒いのである。忍者の服装は、基本的に防寒性が弱い。

 さすがに、もこもこの綿入れをきて草陰に潜むわけにはいかないので、いつもよりほんの少しだけ肌着を余分に着ているが、ぬくぬくなどしていない。火鉢で温めた石を布でくるんだ温石おんじゃくを入れてはいるものの、身体全体が温まるわけでもない。

 ふっきさらしの風。ぐんぐん下がっていく気温。気のせいか、空が黒くなってきて、息が白い。

 宗敏の年齢は、確か、五十くらい。

 寒風の中に、すくっと姿勢よく立っている姿に、武士の意地を感じる。

 どう考えても、寒いはずだ。手足はかじかんでいてもおかしくないのに、果し合いだからということで、きちんとした身なりで、首筋もピンと伸びている。

 寒さを微塵も感じさせない。オソロシイ男だ、と私は思った。

 見学者は、私と廉次のほか、疾風、忍者1から3まで。以上六名。

 おそらく、草原の向こう側には、徹たちがいるのだろう。

 かさり、と音を立てながら、男が一人、こちらへ歩いてくる。

 ピンとのばした背筋。季節感のない、着流しの服。まぎれもなく、川霧八郎であった。

 血筋であろうか。相対した二人の男は、年齢の違いこそあれ、立ち姿はよく似ている。

 ピューっと、木枯らしがふいて、二人の間に木の葉が舞った。

 ぶるりと私の身体が震えたのは、寒さだけのせいではなかった……。



 川霧宗敏は、ゆっくりと刀を抜いた。

 ついっと伸びた剣先に、自分の血を分けた息子である川霧八郎の姿がある。

「俺が、勝ったら、古文書の件から手を引くという言葉に、二言はありませんな?」

 八郎は、宗敏の目を探る様に睨みつけながらそう問うた。

「武士に二言はない」

 堅苦しい顔で、堅苦しく宗敏は頷いた。

 宗敏はずいっと足を前に出し、刀を前へと振り下ろす。

 さっと八郎は刀を抜いたかと思うと、宗敏の刀を叩いた。

 しばらく、鋼が打ち合う音が続いた。

 さすがに、訓練はしていても宗敏は年である。若い八郎とは違い、次第に息が上がり始めた。

 その隙を八郎は見逃さなかった。

 キェー、と気合の声を発しながら、八郎の刀が宙を滑り、宗敏の刀身を弾き飛ばしたのち、宗敏の身に剣先が舞った。

「なっ?」

 宗敏が驚きの声をあげると、八郎はニヤリと笑った。

「俺の勝ちです。親父殿」

「八郎?」

 ポカンと口を開けた宗敏をみながら、八郎は刀をしまう。

 はらはらと、宗敏の身に着けていた着物が切り刻まれて舞った。

 木枯らし舞う中、宗敏は、下帯のほか身にまとうものを失い、さすがの宗敏も立ち尽くした。

「血を分けた親父殿を切るのはさすがに目覚めが悪い。風邪などひかぬうちに風呂に入ることだな」

 八郎は父に背を向け、草の海の向こうへと歩き始める。

 戦意を削がれた宗敏は首をすくめ、八郎に吹き飛ばされた刀を拾いあげた。

 寒風に、枯草の海が揺れる。

 八郎の姿は既に見えなくなっていた。



 ふぃー、と私は、息をついた。

 ぬくまるということは、しあわせである。

 かじかんだ身体が、暖かな湯に溶けていくようだ。

 私達は、すすきが原の近くにある温泉にやってきた。

 戦意を失った宗敏は、とたんに年相応の人間に戻り、『寒い』を連呼し、くしゃみをはじめたのだ。

 動けなくても、疾風の指示は的確である。

 まずは、疾風を載せてきた籠に宗敏を載せ、疾風は廉次が背負っていくことになった。忍者1,2は籠を担ぎ、忍者3は、屋敷へと連絡に。そして、私は、温泉へ行って、先に宿を手配することになったのだ。

 もちろん、宗敏が泊まるのは高級宿である。屋敷から正式な家臣が来るまでは、疾風と廉次が護衛につくことになっている。

 手配が済んだ私は、次の指示があるまで自由にして構わないと言われたので、これ幸いと、温泉に入れる安宿に宿をとり、ひとり女風呂でくつろいでいる。

 湯煙が漂う、岩で作られた露天風呂である。

 野趣あふれるつくりで、最近人気らしい。

――あー、極楽、極楽。

 私は肩までつかりながら、のんびりと四肢を伸ばし……人の気配に気が付いた。

「誰?」

 気配を消して、近づいてきた女性に見覚えがある。

 艶、であった。


温泉行きたい……。

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