すすきが原の決闘
いつもありがとうございます。
「おめえ、どうする気だよ、これから」
ここは、女神テンプレーナ様の時間の止まった会議室。
憔悴しきった私に、徹がため息をつきながらそう言った。
「どうって……どうしよう?」
私は、頭を振った。もう、どうしたら良いかわからない。
「でも。助かるかもしれない人間がそこにいて……いくら死んでしまうのが物語として正しくても、助けるなって言う方が無茶だよ……」
「そうよね。理奈ちゃんは悪くないわ」
テンプレーナ様が柔らかく微笑んだ。女神の微笑みは慈愛の微笑みである。
私は心が落ち着くのを感じた。
「疾風の命を救ったことを責めているわけじゃない。俺はそんなに鬼畜かよ?」
徹がムッとしたようにそう言った。
「廉次は敵の戦士だ。お前がこっちの戦士であることもバレた。これから先、どうやってストーリーに関わっていくつもりだってことだよ」
「うーん。そう言われても……。」
私は頭を抱えた。そもそも廉次がどんな行動をとるか想像がつかない。
「じゃあ、後のことは徹に任せて、私は隠居するよ」
パチコーンと、徹が、私の頭をはたく。
「ふざけるなっ」
徹が本気で目をつり上げている。
「だいたい、今回、どのエンディングを目指していくつもりだよ?」
「うーん。でも、艶と八郎は、上手くいっているンでしょ?」
私の言葉に、徹は顔をしかめた。
「おめー、古文書、無視かよ」
「ぐっ」
私は言葉に詰まる。でも、次のシーンは既に師走に入る。あとひと月、だましだましやっていけば、条件2の艶と八郎のラブラブエンディング条件は満たされるはずなのだ。
「徹君は、宝さがしがしたいのよねー」
くすくすと、テンプレーナ様が笑うと、徹の顔は真っ赤になった。
どうやら、図星らしい。
「男の子のロマンだもの。理奈ちゃん、わかってあげてほしいわ」
「テンプレーナ様……」
徹は、もごもごと口を動かす。意外と純粋だ、と思う。
「でもさあ、次の場面って、八郎と宗敏の対決でしょう?」
私は首を傾げた。
「そもそも、原作って、古文書は解読されないで燃やされちゃうンじゃないの?」
設定資料のどこを見ても、古文書は解読された形跡がないのだ。
「それは、そうなんだが……」
徹の目が宙を泳ぐ。
「じゃあ、私が、廉次と疾風。ついでにできれば、山城辰之進の面倒を見るように努力するから、あとは徹が頑張って、解読しなよ」
「あら、理奈ちゃんたら、気前がいいわあ」
テンプレーナ様はそういって、ニコニコっと微笑む。
「徹ちゃんも、それなら、文句は言えないわね?」
少しだけ厳しい目で、テンプレーナ様は徹を見る。このままいけば、条件2が満たされそうなのに、あえて行動をとるということは、リスクも大きくなる。
徹だってそのことはわかっているはずで……徹は無言で頷いたのだった。
私と廉次の手当てで、疾風は一命をとりとめた。
さすがに、まだ歩くことはできない。
本当は、宗敏の屋敷から出たかった。屋敷に居座り続ければ、対八郎戦に駆り立てられることはわかっている。だが、今の疾風を、放置するのは躊躇われた。
「りんは、持ち場に戻れ」
なんでも、宗敏が疾風の見舞いに来るらしい。疾風は早々に私を部屋から追い出した。
よくわからないが、私が部屋にいてはいけないらしい。もちろん、宗敏と会いたいわけではないので、文句はない。ないが、ずいぶんと強引である。
裏方は女中頭の『おはな』が、敵の忍者で抜けてしまい、大混乱に突入していた。
別段、『おはな』が何かを盗んだわけではないのだが、『あれがない』『それはどこだ』で、戦争状態だ。
非常に優秀な女中頭が抜けてしまうと、屋敷が回らなくなるという見本のようなものだ。
――しかし、敵の忍者がそこまで屋敷を仕切っていたって、どうかと思う……。
私は、だいこんを切りながら、首をすくめた。
それにしても、である。
本来なら、宗敏は、忍者たちに代わり、息子、八郎へと果たし状を送りつけ、決闘へと話は進むはずなのだ。
しかしながら、忍者部隊は疾風を除いてピンピンしている。
艶を失い、ひたすら戦いに突き進んだ八郎は、艶と二人でいちゃいちゃしているらしい。
幸川光春は、古文書をそっちのけで、蕎麦を愛していると聞く。
すでに話が破たんしている。この話は、どこにむかっているのであろう。
しかし、徹に廉次と疾風の面倒を見ると啖呵を切った以上、ここから逃げ出すわけにもいかない。
「あとひと月だねえ」
しみじみと声をかけられ、振り返ると、廉次が立っていた。
「うん。そうだね」
もはやお互い戦士であることは間違いないのだから、『何が?』などと、とぼける必要もない。
あとひと月後、このお話は終わるのだ。もちろん登場人物たちはこのパラレルワールドの中で生き続けるのであるが、私達戦士は、この世界から出て行くことになる。
「具体的に、どうするか決まった?」
廉次がニコリと笑った。
「……さすがに、それは話せないよ」
私は苦笑いを浮かべる。まだ、私たちの戦いは終わっていないのだから。
「ま、それはそうか。でも、俺から離れる気はないみたいだね」
廉次はそう言って、嬉しそうに笑った。
「廉次の方こそ……。私を見張るということにしたの?」
私は、大根を鍋に投入する。
「うーん。見張るわけじゃない」
廉次はそう言いながら不意に私の耳元に口を寄せて、背中を抱くように身体を近づける。
「君のそばにいるだけだ」
「え?」
思わずドキリとする。甘い言葉とともに温かな息を耳に感じて、私は真っ赤になった。
「遊んでいると、相棒に怒られると思うけど?」
ドキドキを隠すように、私はうつむく。
「俺たちは、君らと違って、自由だから大丈夫」
自由ね……。
そりゃあ、お話を破壊すれば、女神は喜んでくれるらしいものね。
ある意味、羨ましいけど、ちょっと距離が近すぎる。
「君の相棒は、こっち側ではないみたいだけど?」
私は、台所仕事を続けるふりをして、廉次から離れる。
「……それについては、何も言えないわ。そっちだって、話す気はないでしょう?」
私の言葉に、廉次は苦笑した。
「色仕掛けで質問してくれたら、答えるかもしれないよ?」
廉次は甘い声でそう言った。
「……やめて。色仕掛けで吐かそうとしているのは、廉次の方じゃない?」
りん、というより、私に恋愛経験がないことを見抜いての攻撃だろう。そうでなければ、こんなふうに口説かれる理由はない。
「別に作戦じゃない。言っておくけど、俺はそこまで女に不実じゃないし――それに任務に熱心でもないから」
廉次は苦笑いを浮かべながら、首を振った。
「相棒は、今回の君の姿について、何も言わないのか?」
「私の姿?」
私は、自分の姿を見なおす。そういえば、『素に近い』とは言われた気がする。
「その姿を見て何も言わないってことは、それが君の素に近いのか、君の相棒が女性ってことだな」
ふうっと、廉次は笑った。
「話の意図がわからないけど……私を口説くなんて疾風は趣味が悪いとは、相棒は言っていたわ」
私は首を傾げ、そう答えた。
そのとたん、廉次は眉をしかめた。
「疾風は情熱型の男で、直情的だから反応が素直すぎるだけだ。俺だって」
言いながら、廉次の手が私の顎に伸び、瞳に私の顔が映る。
胸がドキリとした。
「廉次! りん! たいへんだ!」
バタバタと忍者にあるまじき足音を立て、忍者1が現れた。
「ちぇっ」と、廉次が、小さく舌打ちをして、私から手を離す。
「どうしたの?」
私は肩で息をする忍者1に、水差しから水を注いだ湯呑を差し出した。
忍者1は、ぐびっとそれを飲み干すと、ふうっと大きく息をついた。
「宗敏さまが、八郎と決闘することになった」
「え?」
私と廉次は顔を見合わせた。
「これは、随分と唐突に進んだね」
もちろん、『原作』通りの展開ではあるのだが。
「補正かしら?」
私は、廉次だけに聞こえる大きさで思わずそう呟いた。
なぜ、宗敏と八郎が決闘することになったのか。
理由を知って、私は呆れた。
なんでも、疾風が、八郎の剣を語ったことが原因らしい。
といっても、「すごい」といってほめたたえたわけではない。八郎の正確な太刀筋、動きの無駄のなさなどを疾風が『証言』したところ、兵法者として、勝負をしたくなったらしい。
強い敵がいたら、とりあえず、勝負を挑む、兵法者の哀しいサガだということだ。まるで、一昔前の熱血少年漫画のようである。
「でも、そんな理由で、よく八郎は勝負を了承したわねえ?」
「あっちは、何と言っても、『古文書』さわぎからこっちの手を引かせたいと思っている。宗敏さまが諦めたら、向こうの勝ちだからな」
廉次はそう言った。
宗敏は、幸川光春の叔父の幸川左門に仕えている。もちろん、古文書騒ぎの大元はこの幸川左門によるところが大きいのだが、宗敏が手を引いたら、左門には、もはや手札がないのに等しい。
古文書の財宝争いは、幸川家の家督争いがそもそもの原因であるが、宗敏が手を引いたとしたら、左門に家督が回ってくる可能性は皆無であろう。
とはいえ。
決闘、そのものについては、我ら忍者部隊に課せられるものは何もない。
宗敏の頭にあるのは、兵法者として強者に挑みたいという欲求だけであり、もはや古文書はどうでもよいことになりつつあって、『手出し無用』と言われている。
決闘の場所は、すすきが原とよばれる、何もない草原。どこまでも続く、枯草の海だ。
私達は別に呼ばれてもいないが、宗敏と同行した。
手を出す気はないが、勝負は見届けなければならないからだ。
決闘の時間は日暮れ時。なにも師走の陽が落ちる寸前にそんなことをしなくてもいいのに、と思う。
私が震えているのは、緊張のせいではない。寒いのである。忍者の服装は、基本的に防寒性が弱い。
さすがに、もこもこの綿入れをきて草陰に潜むわけにはいかないので、いつもよりほんの少しだけ肌着を余分に着ているが、ぬくぬくなどしていない。火鉢で温めた石を布でくるんだ温石を入れてはいるものの、身体全体が温まるわけでもない。
ふっきさらしの風。ぐんぐん下がっていく気温。気のせいか、空が黒くなってきて、息が白い。
宗敏の年齢は、確か、五十くらい。
寒風の中に、すくっと姿勢よく立っている姿に、武士の意地を感じる。
どう考えても、寒いはずだ。手足はかじかんでいてもおかしくないのに、果し合いだからということで、きちんとした身なりで、首筋もピンと伸びている。
寒さを微塵も感じさせない。オソロシイ男だ、と私は思った。
見学者は、私と廉次のほか、疾風、忍者1から3まで。以上六名。
おそらく、草原の向こう側には、徹たちがいるのだろう。
かさり、と音を立てながら、男が一人、こちらへ歩いてくる。
ピンとのばした背筋。季節感のない、着流しの服。まぎれもなく、川霧八郎であった。
血筋であろうか。相対した二人の男は、年齢の違いこそあれ、立ち姿はよく似ている。
ピューっと、木枯らしがふいて、二人の間に木の葉が舞った。
ぶるりと私の身体が震えたのは、寒さだけのせいではなかった……。
川霧宗敏は、ゆっくりと刀を抜いた。
ついっと伸びた剣先に、自分の血を分けた息子である川霧八郎の姿がある。
「俺が、勝ったら、古文書の件から手を引くという言葉に、二言はありませんな?」
八郎は、宗敏の目を探る様に睨みつけながらそう問うた。
「武士に二言はない」
堅苦しい顔で、堅苦しく宗敏は頷いた。
宗敏はずいっと足を前に出し、刀を前へと振り下ろす。
さっと八郎は刀を抜いたかと思うと、宗敏の刀を叩いた。
しばらく、鋼が打ち合う音が続いた。
さすがに、訓練はしていても宗敏は年である。若い八郎とは違い、次第に息が上がり始めた。
その隙を八郎は見逃さなかった。
キェー、と気合の声を発しながら、八郎の刀が宙を滑り、宗敏の刀身を弾き飛ばしたのち、宗敏の身に剣先が舞った。
「なっ?」
宗敏が驚きの声をあげると、八郎はニヤリと笑った。
「俺の勝ちです。親父殿」
「八郎?」
ポカンと口を開けた宗敏をみながら、八郎は刀をしまう。
はらはらと、宗敏の身に着けていた着物が切り刻まれて舞った。
木枯らし舞う中、宗敏は、下帯のほか身にまとうものを失い、さすがの宗敏も立ち尽くした。
「血を分けた親父殿を切るのはさすがに目覚めが悪い。風邪などひかぬうちに風呂に入ることだな」
八郎は父に背を向け、草の海の向こうへと歩き始める。
戦意を削がれた宗敏は首をすくめ、八郎に吹き飛ばされた刀を拾いあげた。
寒風に、枯草の海が揺れる。
八郎の姿は既に見えなくなっていた。
ふぃー、と私は、息をついた。
ぬくまるということは、しあわせである。
かじかんだ身体が、暖かな湯に溶けていくようだ。
私達は、すすきが原の近くにある温泉にやってきた。
戦意を失った宗敏は、とたんに年相応の人間に戻り、『寒い』を連呼し、くしゃみをはじめたのだ。
動けなくても、疾風の指示は的確である。
まずは、疾風を載せてきた籠に宗敏を載せ、疾風は廉次が背負っていくことになった。忍者1,2は籠を担ぎ、忍者3は、屋敷へと連絡に。そして、私は、温泉へ行って、先に宿を手配することになったのだ。
もちろん、宗敏が泊まるのは高級宿である。屋敷から正式な家臣が来るまでは、疾風と廉次が護衛につくことになっている。
手配が済んだ私は、次の指示があるまで自由にして構わないと言われたので、これ幸いと、温泉に入れる安宿に宿をとり、ひとり女風呂でくつろいでいる。
湯煙が漂う、岩で作られた露天風呂である。
野趣あふれるつくりで、最近人気らしい。
――あー、極楽、極楽。
私は肩までつかりながら、のんびりと四肢を伸ばし……人の気配に気が付いた。
「誰?」
気配を消して、近づいてきた女性に見覚えがある。
艶、であった。
温泉行きたい……。