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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
一回戦 トキメキらぶ
5/16

あなたとダンスを

ご覧いただき、ありがとうございます。


「じゃあ、まだ、亜美さんは後夜祭で誰とダンスを踊るか、決めてないの?」

「うん」

 亜美は、頷いた。

 前回の婚約破棄イベントの後、私と徹の出した結論は、とりあえず、条件2を視野に入れながら、晴彦と黒沢以外の男から彼女をブロックするということになった。

 敵の戦士がヒロインとダンスをする結末になっても、別段反則ではない。

 積極的にストーリーを変革するのであれば、戦士や混沌の雫のキャラ自らヒロインの相手役に名乗り出るという方法がてっとりばやい。

 幸い、開発部活動のことがあって、亜美ととても親しくなったから、休みの時間、彼女に私が張り付いていても、誰も不審に思わない。

「天木さんは?」

 亜美がニコニコっと私に笑いかけた。

「え? 私は、踊らないよ?」

「師匠、踊らないって、どういうことです?」

 佐藤が、不思議そうに後ろからやってきて、そう言った。

「どうもこうも、別に、相手もいないし、興味もないし。単位とか成績とかに響くものでもないし」

 興味があるのは、園原亜美が誰と踊るか、という点だけである。

「矢野先生と踊れば?」

 亜美がにっこり私に笑いかける。

「冗談……絶対、却下」

 亜美は私と矢野の関係を勘違いしているらしい。

「天木さんは戦国史研究部で無意識に逆ハーレムを築いていらっしゃるから、迂闊に決められないわよ」

 長月がそう言って笑いかける。

「誤解を招くようなことを言わないでほしいです……単純に女の部員が他にいないだけだから」

 私は首を振る。

「それより、長月さんはどうするのですか?」

「私は、パス。だって、アイドルになるから」

 彼女はそう言って、ふっと笑った。

「だけど、晴彦、婚約破棄のこと周りに言っていないの。だからまだ、相手、いないンじゃないかな?」

「園原さんは、常盤さんの相手に立候補しないの?」

 佐藤が、亜美の顔を見る。亜美は首を振った。え? どういうこと?

「私、常盤さんを満足させられるお菓子を自分で作れるようになったら、告白しようと思って」

「お菓子?」

 この話はいつからパティシエものになったのだろう?

「まあ、素敵!」

 長月が感動したように亜美の手を取る。

「あなたなら、きっとできるわ! 私も協力させて」

 キラキラと友情を煌めかせるふたり。

 しかたない。

 私も、協力することになった。



 徹の情報によれば、黒沢和樹は、数学の幸島先生が、野暮用を見つけては職員室に呼び出しているとのことだ。

 そして、長月が言うには、常盤晴彦は生徒会役員活動が忙しいらしい。

 つまり、妨害と言えるかどうかわからないが、二人は亜美と接触が出来にくい状態だ。

 ちなみに、徹は、山岸の監視だ。

 長月が亜美に協力的なので、ひそかに生徒会の様子を彼女にさぐってもらうことにした。

「悪の諜報員みたいなことをさせて、ごめんね」

 というと、彼女は目を輝かせて、承諾してくれた。アイドルになるつもりでも、悪役の魅力に彼女は取りつかれているらしい。

 学校祭まで時間がない。私は放課後の教室に残り、作戦会議をすることにした。

 亜美に、どんなお菓子が作りたいのかと訊ねる。

「チーズケーキが作りたいのです」

「レア? それともベイクド? スフレ?」

 私の質問に亜美は首を傾げた。

「ポワロの隠れ家って、ケーキ屋さんをご存知ですか?」

「知らない」

 私が首を振ると、佐藤が、「駅前の有名な老舗です。確かベイクドタイプが人気だったはずです」と答えた。

「……その店のケーキを、前に常盤さんが絶賛なさっていたの」

「ふーん。でも、お店の味と、家庭料理のケーキじゃ、最初から勝負にならないよ」

 私がそう言うと、亜美は真っ赤になった。

「だって、お店はそれでお金貰っているの。それに相当するようなケーキを作りたいなら、まず調理学校に通ってみっちり修行を積まないと無理よ」

「師匠! そんなこと言わないでください」

 佐藤が悲壮な亜美の顔を見て、私に訴える。

「事実よ。お菓子に限らず、お店の料理に、家庭料理が勝てるものを考えてみて」

 私の言葉に、亜美は考え込んだ。

「栄養バランス、飽きのこない味付け、出来立て……」

「あとは、個人の好みに合ったものということね」

 私は首を振った。

「常盤さんは確かに食通だけど、好きな女の子が作ってくれたものなら、味は三割増しに感じると思うわ」

「三割増し……微妙な数値ですね、師匠」

 佐藤が苦笑した。そうなのだ。愛で味は倍にはならない。せいぜい、1.3倍程度なのだ。

「愛で料理は美味しく作れないけど、愛で料理を美味しく感じることはあるわ」

「うわっ、師匠、名言です!」

 佐藤がすかさずメモを取る……なんなんだ、お前は。

「それより、どこでいつ食べてもらうの? 学校に持ってきて学校でたべてもらうのか、持ち帰ってもらうのか、そういったシチュエーションに合わせたお菓子をチョイスすべきだわ」

「日持ちとか、持ち運びとか、そういった気配り、ということですね」

 亜美が納得したように頷いた。

「無理をしないで、作れるものを美味しく作ってみたら?」

 私の言葉に、亜美はコクンと頷いた。



 亜美と佐藤と別れて、教室を出ようとした、長月が帰ってきた。

「常盤さんの様子は?」

 私が聞くと、にっこり長月は笑った。

「うーん。晴彦は普通よ。ただ、生徒会長の沢山由美さわやまゆみって子が、やたら晴彦にくっついていて」

「そうなんだ」

 ひょっとすると、楠先生じゃなくてそっちがカオスの雫?

「でも、大丈夫。園原さんの為に、私が、軽くシメておいたから」

「……」

 吊り目の美少女がニヤリと笑う……ちょっと、怖い。長月を味方につけて良かった、と、心から思う。

「それで、園原さんのお菓子は決まりましたの?」

「まだよ。良かったら、長月さんアドバイスをしてあげて。常盤さんの好みは、長月さんがよくご存じだろうから」

「わかったわ」

 お嬢様は、陽気に教室へと入っていく。

 私は、生徒会へ探りを入れようかと首を傾げていると、向こうから黒沢がやってきた。

「やあ、天木さん」

「黒沢君」

 亜美の気持ちはどうやら、晴彦にある。でも、晴彦の気持ちが亜美にあるとは限らない。

「えっと。園原さんなら教室にいますよ」

 私がそういうと、黒沢は首を振った。

「天木さん、部活、また、サボる気?」

 そうにこやかに黒沢は微笑み、私の腕をつかむ。

ほぼ、連行である。

――なぜ、こんなに部活熱心になっているのだろう?

 幽霊部員を引っ張ってまで活動する部活だっただろうか? 運動部じゃあるまいし。

 教室には、いつものメンバー。部員ABCに山岸。そして、顧問の矢野だ。

山岸と矢野が戦国武将について熱く語りあっている。

――そういや、徹は、本当に歴史好きだからなあ。

 ボロが出ない訳だ、と思いながら黒沢に引きずられて入っていくと、とたんに全員の視線を浴びる。

――目立つ。目立ちすぎだ、私。

 私は、とりあえず、部員Cの隣に座り、パネル用の資料を見るふりをした。

「あ、西軍のデータ、こっちに用意したから見てよ」

 黒沢がファイルの束を持って、私の横に座る。

――西軍ね。

 そういや、毛利に注目とか言っちゃったなあ……と思いながらファイルに手を伸ばすと、部員Aが私の顔をじっと見た。

「ねえ、天木さんは後夜祭、誰かと踊るの?」

「踊らない」

 私は、石田三成と書かれたデータを読むふりをして、適当に返事する。

「じゃあ、俺と踊ろうよ」

「ずるいぞ、天木さんは俺と踊りたいよね?」

「は?」

 部員ABCが、身を乗り出して誘ってくる。

「ようするに、相手がいないから、テキトーに身近なところで想い出作ろうってコト?」

 私はため息をついた。まあ、ダンスの時にはエンディングは決まってしまっている。あまりやることはないと思う。

 よく考えたら、麻生理奈は女子高だったので、生前、こういうふうに高校時代に男子と思い出を作る機会はなかった。一回くらい、青春の甘酸っぱいイベントを経験してもいいか、と魔が差した。

「わかった。いいよ、あとくされがないように、テキトーに、くじでも引いて決めて」

「ラッキー、じゃあ、くじをつくるぞ!」

 モテない女も大変だが、モテない男も必死だなあと、ぼーっとしていたら、くじ引き大会が始まる。

「じゃあ、俺から!」

 ――え?

 なんで、黒沢が参加している訳? おめーは、亜美だろ? そうじゃなくても、いくらでも相手はいるだろーが?

 私が焦って、矢野の方を見ると、矢野は不機嫌そうに顔をしかめた。

――私のせいじゃないっ!

 作られたあみだくじを、固唾を飲みながら部員Aが、辿っていく。

「うわー、外れた!」

 部員Cが頭を抱える。

「当たりだ。じゃあ、俺に決まりだね」

 ニッコリ笑ったのは山岸だった。

 その山岸を、妬ましそうに見つめる部員ABCと黒沢。

――どういう意味かさっぱりだ。

 そもそも、山岸は敵の戦士じゃないのか? 私とダンスしてどうするよ?

 私としては、彼を堂々と監視することができるし、彼が亜美にアプローチするのを防げるから、いいけど。

 矢野に視線を送ると、彼は不機嫌そうな顔のまま、首をすくめてみせた。




 調理室で、私は亜美のケーキ作りを見守る。

 亜美は、ハートの型を使って、ティラミスを作ることにした。

 常盤晴彦は、コーヒーが好きだと長月が言うので、だったら、と私が勧めたのだ。

ティラミスは恋人同士のお菓子という定説もあるし、見た目ほど難易度が高いわけではない。

ただ、なにせ、クリームが主体なので、持ち運びや鮮度は、キビシイお菓子なので、最後の試食日といって、呼び出すことにした。

 今日の試食は晴彦一人。

 私たちは、晴彦が来たら退散する予定だ。

 ところが、時間になっても、晴彦は来ない。亜美は椅子に腰かけたまま俯いている。

――まさか?

 私は、亜美を佐藤にまかせ、長月と一緒に生徒会室に急いだ。




「行かないで! 常盤君!」

 生徒会室から、悲痛な女生徒の声が聞こえてくる。

「私、常盤君が好きなのっ! だから、後夜祭も私と一緒にいて!」

 私と長月は顔を見合わせた。

 ガラリ、と扉を開く。

 常盤の学生服の端を握りしめ、すがりつくような涙目の少女が私たちを見る。

「沢山さん、あなた、また、晴彦にちょっかいを?」

 長月の目がすうっと細められた。

「何よ! 常盤君はもうあなたと婚約していないのでしょ? だったらあなたに非難される覚えは……」

「あれ? どうして、あなた、婚約破棄を知っているの?」

 私は首を傾げた。まあ、別に緘口令をしいていたわけじゃないから、戦国史研究部のメンバーから聞く可能性はあったかもしれないけれど。

「そ、そんなの、みんな知っているわ!」

 沢山は慌ててそう言った。

 そうだろうか。

「常盤さん、沢山さんの他にダンスを申し込まれましたか?」

「いや」

 常盤が首を振る。

 私は確信した。本当は、矢野の許可がいる。だけど……。

『テンプレーナ様の御名において、カオスを解き放て!』

 私の言葉が雷撃のように沢山の身体を撃った。

 時が止まった。



 眩しい光が放たれて、視野が戻ってくると、いつもの作戦室。

「理奈ちゃん、最高!」

 テンプレーナ様が笑顔で私を迎えてくれた。

「よくやったな」

 徹と軽くハイタッチする。

 今のタイミングで、この空間に移ったということは、カオスの雫の解除に成功したということだ。

「じゃあ、あとは、亜美と晴彦の恋の行方を見守るだけね」

「ま、下手に手を出さないほうがいいかもな」

 徹は首をすくめた。

「うん。ま、山岸君の監視は続けるよ」

 私がそう言うと、徹はちょっとだけ眉毛を寄せた。

「何?」

「モテモテ理奈ちゃんに、徹ちゃんたら、妬いているのよ」

 くすっと、テンプレーナ様が笑う。

「ば、バカなことを言わないでください!」

 徹が顔を真っ赤にした。

「そっか。逆ハーレムみたいな感じが羨ましいの? 次の世界は、徹がハーレムみたいになるといいね」

「アホ理奈は黙れ!」

 徹は更に顔を赤くして、さっと背を向けた。

「行くぞ」

 私の方を見もしないで扉の向こうへと足を踏み出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 私は慌てて後ろを追いかけた。

「いってらっしゃーい」

 テンプレーナ様の楽しそうな声が背中から聞こえてきた。





 亜美の差し出したハートのかたちのティラミスは、とてもクリーミーだ。

 エスプレッソの芳醇な香り。

 一口で、恋に落ちる。そんな言葉がぴったりだ、と、晴彦は思った。

「園原さんのお菓子、食べてあげてよ」

 美穂の言葉に、ほんのわずかな期待はしていたけれど。

「ねえ、俺が、その役でいいの?」

「え?」

 晴彦の言葉に、亜美は目を丸くする。

「ティラミスって『私を元気付けて』って意味だけど、えっと」

 晴彦は言葉を選ぶ。

「イタリアでは、その……もっと意味深な意味で、夜のお菓子的なものなのだという説もあって……」

亜美はかあっと顔が真っ赤になった。

「し、知りませんでした……」

 俯きながら、ティラミスをすすめた時、天木がニヤリと笑っていたことを思い出す。

「で、でも……私」

 真っ赤な亜美に晴彦はにこやかに笑いかける。

「ねえ、園原さん、後夜祭は俺と踊って」

 いつの間にか、晴彦はフォークをテーブルに置き、椅子に座った亜美の後ろに回り込んだ。

「好きだ」

 二人の唇がゆっくりと重なった。




 後夜祭の時間がようやくやってきた。

 亜美と晴彦が健康で、事件に巻き込まれず、後夜祭のイベントに参加すればいい。

 そして、ふたりの仲睦まじい姿は、しっかりと確認できている。曲が流れれば、勝利確定だ。

「意外と、何もしないのね」

 私は、ピッタリと私にくっついている山岸を見上げた。

「え? キスとかしてもいいの?」

「は?」

 顎に手をあてられて、私はビクリとした。

「うわー、初心でかわいいなあ」

 ニコニコと、山岸は笑った。

 曲が流れる……亜美と晴彦のダンスが始まる。エンドロールが近い。

「ねえ、君、カオス側に転職しない?」

 山岸は私の手を取って踊りはじめる。もはや正体を隠そうともしない。

「俺は玲人れいじ。理奈は本名?」

「……どうでもいいじゃないですか」

 私の顔から何かを読み取って、「そうか、理奈ちゃんね」と、山岸は納得したようだった。

「怒られませんか? 女神カオスリーンに」

 くっくっと、彼は笑った。

「勝負は負けたけど、今回の展開、カオスリーン様はご満悦でね」

「は?」

 山岸はそっと私の耳に口を寄せ、「見事な王道クラッシャーだったよ、理奈ちゃんは」と囁いた。

「ぐっ」

 言葉を失った瞬間、頬に山岸の唇がかすめていく。

「またね、理奈ちゃん。次は負けない」

 山岸がすぅっと遠く感じはじめる。

 夕日が沈み、曲が流れ続けている。

 幸せそうに踊る、晴彦と亜美の姿。

 そして私の意識は、天木理奈から、離れていった。




『トキメキらぶ』 

勝利条件1 達成、テンプレーナ側の勝利。

物語のその後のあゆみ。

常盤晴彦 大学卒業後、実家の会社をつぎ、亜美と結婚。1男1女を授かる。

園原亜美 調理師学校を卒業し、常盤晴彦と結婚。育児の傍ら、お菓子作りの教室を開いている。

長月美穂 キッチンアイドルとしてブレイク。その後、人気タレントとして活躍。

佐藤玲子 調理師学校を卒業後、フランスへ留学。天才パティシエとして活躍。

黒沢和樹 大学を卒業後、教授として大学に残る。歴史研究をしている。

山岸玲人 大学を卒業後、歴史小説家として文壇デビュー。

天木理奈 大学を卒業後、管理栄養士になる。

矢野徹  高校教師を続ける。その後、幸島と結婚。

幸島沙也加 高校教師を続け、矢野と結婚。


一回戦:トキメキらぶ 完結


次回があったら、お会いしましょう。


時代劇かスポコン?  

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