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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
一回戦 トキメキらぶ
4/16

婚約破棄


「次のイベント、婚約破棄だけどさ……」

 私は資料に目を落とす。

 ここは、時の止まった空間。妙に和風な作戦室だ。

 テンプレーナ様は、美しく長い金髪にクルリと指を通しながらふっと笑った。

「長月さんと、園田さん。仲良しになっちゃったわね」

 私は、がっくりと肩を落とす。

 資料によれば、いくつかのいじめ事件の主犯が長月美穂だとわかり、常盤晴彦が、亜美の前で、長月との婚約を破棄するというイベントのはずだ。

 いじめは確かにあった。あったのだが……。

「和解しちゃったよねえ。あえて、ほじくる必要、あるのかなあ?」

「しかし、長月と婚約したままじゃあ、晴彦と亜美は結ばれないぞ」

 徹が首を振る。

「だったら、黒沢君にしようか?」

 条件3の幼馴染、黒沢和樹と結ばれるというエンディングのほうが、現実的かもしれない。

「でも、黒沢君だと、恋の障害ってないわ。それだと萌えないわあ」

 テンプレーナ様が残念そうにそう言った。

「よし」

 徹が、ポン、と手を打った。

「理奈、お前がやれ」

「は?」

 私は、目が点になった。

「お前が黒沢にちょっかいを出して、亜美にやきもちを焼かせろ」

「え? やだ。なんで?」

 私は頬をふくらます。

「あら? おもしろそうね」

 テンプレーナ様の目が輝く。

「お前、生態実年齢は二十五なんだろ? 高校生の男子一人ぐらい籠絡するくらいわけないだろーが?」

「無理! 年齢でどうこうできる問題じゃない!」

「そんなのことないと思うわ。黒沢君、理奈ちゃん、気に入っているみたいよ?」

 テンプレーナ様が面白そうにそう言った。

「いやいや、それじゃあ、私がほとんどカオスじゃないですか? そもそも亜美の気持ちを確かめるほうが大事なのでは?」

「うわ、理奈のくせに正論吐いた」

「くせに、って何よ。生態年齢は私が年上なのよ、少しは敬いなさいよ」

「この世界のキャリアは俺の方が長い」

 間髪を入れずに、徹が反論する。

「もう。二人とも、喧嘩しないで。それで、カオスの雫の見当はついたの?」

 テンプレーナ様が呆れたように口をはさんだ。

「うーん。どうでしょう? 家庭科の楠先生も怪しいかなあ」

「冷静に見ると、天木理奈が一番、ストーリーを破壊している気がするが…」

 ぐさりと、徹の言葉が突き刺さる。少し、自覚はあったりもする。

「うーん。とにかく、気を引き締めて頑張って。とりあえず、亜美ちゃんの気持ちを確かめることが最優先ね」

 テンプレーナ様は、私たちのために「いってらっしゃい」と言いながら世界の扉を開けた。




 気が付くと我がクラスは、学校祭の模擬店でケーキ屋をやることになっていた。

 あれ以来、手作りケーキにオオハマリしたらしい長月美穂の発案である。

 何しろ、長月美穂が決めたら、世界が動く。

 模擬店でケーキを出すために、必要な物資から、調理室の確保、学校側の許可など、あっという間に条件が整えられて、しかも、前日や当日にケーキを焼くというだけでは飽き足らず、メニュー決定の為に、しばらく放課後の調理室の使用許可をとってしまうという念の入れようである。

 ちなみに、メニュー選定のための『開発部』なるものがかってに組織され、私は、部長に任命されてしまった。

 メンバーは、長月、佐藤、そして亜美である。

 今日は、とりあえず、メニューの方向性を考える話し合いだ。

「前日に作ることを視野に入れるなら……メニューは、焼き菓子がいいのでは?」

 私の言葉に、ふむふむと、長月がメモを取る。

「でも、師匠、やっぱり、プリンとかも欲しいです!」

 と、佐藤が手を上げる。

「そうねえ、冷蔵庫、確保できれば、プリンやゼリーもありよね」

 私は、首をひねる。

「売れ残った時、クラスのみんなで分けられるくらいの量で、できれば持ち帰りできるほうがいいし……」

「師匠のケーキは売れ残りません!」

 佐藤が自信ありげに断言する……って。私、プロじゃないし。

「焼き菓子は、クッキーとか、スコーン、カップケーキ、ブラウニーとか。スコーンを焼くなら、作る品目を減らして、ディップするクリームとかの種類を増やすという考え方もあるけど」

「それも素敵だわ」

 亜美が目をキラキラさせる。

「それじゃあ、最初の試作品はスコーンにしましょうよ」

 長月が嬉々として、そう言った。

 私は、図書室で借りてきたお菓子のレシピ本を開きながら、ふうっと息をついた。

「ねえ、長月さん、私、プロって訳じゃないから、楠先生にもアドバイス貰うのはどうかな?」

 楠先生がカオスの雫の可能性もあるから、私にとっては一石二鳥である。

「そう? 天木さんがそういうなら手配するわ」

 手配ね……まるで、ビジネスである。

「試作品の試食は誰かに頼みます?」

 亜美が長月の顔を見る。試食に外部の人間って、どれだけ本格的にやるつもりなのだろう?

「そうね、また晴彦に頼もうかな。天木さんは心当たりない?」

「は?」

 私は、困った。心当たりと言われても……。

 不意に、カップケーキに群がった飢えた鯉どもを思い出した。

「うちの部員、連れてこようか? 飢えているから」

「あ、それ、いいわ。そうしましょう」

 長月がポンと手を叩く。

 こうして、試作アンド試食会の予定が組まれることになった。




 細かく刻んだバターを小麦粉に練り込んでいく。

 固いバターと小麦粉がさらさらと粉になるまで、力と根性のいる作業だ。

 亜美は、現在、手作りのジャムの製作で、鍋と向かい合っている。

 佐藤は、玉ねぎを刻んでいる。包丁さばきが急激に上達している。家で、特訓を重ねているらしい。

 長月は、私と同じ作業をしている。

 今回作るのはスコットランド伝統のスコーンに近いものだ。甘味の少ないタイプのスコーンである。

 楠先生が、甘味の多いメニューばかりだから、場合によっては塩味系のものを添えたほうが、男女ともにウケが良いのではないかというアドバイスをくれたのだ。

 つまり、サンドイッチのような軽食扱いである。

 長月が作るほうは、ノーマルに。私が作る方は、最初からチーズを混ぜて焼く。

 楠先生の指示は的確で、特に亜美と長月の関係を悪くしようとするような意図は感じられない。

 とはいえ。

 亜美と長月の関係が良好というのは、吉と出るか凶と出るか、私にも決めかねることだ。

 完成時間が近づき、常盤晴彦が調理室にやってきた。

 が。長月と亜美の間で火花が飛び散る展開にはならず、晴彦は、長月の「ちょっと待っていて」の一言だけ声をかけられて、調理室の隅に座っている。

 私は試食のセッティングを佐藤と一緒にはじめ、長月と亜美は、焼きあがったばかりのスコーンを皿にのせ、紅茶を用意した。

「ちわー」

 ぞろぞろと、戦国史研究部のメンバーと、矢野が入ってきた。

「天木さん、誘ってくれてありがとう」

 黒沢は私の方を見てにっこり笑った。さすがにヒーロー候補だけあって、カッコイイ。

 少しだけときめいてしまう。矢野にしせんをおくると、じろりと睨まれる。

――う。ちょっかい出せってこと? 無理だって!

 私は焦って、亜美の方を見る。亜美は、ニコニコと長月といっしょに、晴彦と話をしている。

「でも、天木さん、このあと、ちゃんと、戦国史研究部に顔を出してね」

 黒沢が私に念を押す。

「へ?」

「天木さん来ないと、やる気がなくなって、話し合いが進まないんだよねー」

「そうそう、天木さん、天の声って感じで」

 部員AとBが持ち上げる。

「はあ?」

 そもそも、戦国史研究部は私がいなくて成立する部活だ。しかもきちんと「幽霊」設定なのに。

「だけど、試食に矢野先生まで来るとは思わなかった」

 ボソッと、山岸が私と矢野を見る。探るような目だ。

「顧問の俺が来るとまずいのか?」

「部活には、顔出さないのに」

 黒沢がつっこむ。矢野が私の方を見るが……知らぬふりをした。そんなことまでは、フォロー不可能である。

「それにしても、和樹って、甘いもの好きだったけ?」

 亜美が不思議そうに、会話に加わる。

「え? 普通に食べるけど?」

「でも、お菓子、いらないっていったよね」

「時と場合による」

 黒沢はニヤリと笑う。

 その会話を聞きながら、私は常盤に目を向ける。常和は、長月と話していて、亜美の様子に気が付いていない。

――くぅーっ、ここは、ライバル火花が飛ぶとこでしょーがっ!

 私は思わず、地団駄を踏みそうになる。

「師匠、セッティング完了です!」

 佐藤が私に合図した。長月が、皆に席につくように言って、試食が始まる。

 ジャムやクリーム、そして、ツナのディップなど、様々な味の感想を書いてもらうための用紙もテーブル脇に置かれている。

「うわっ、滅茶苦茶うまい」

 山岸が私に向けてキラリと満足げな笑顔を向けた。

――なんだ、その微笑みっ! 

 山岸はたぶん、敵の戦士だ。こんな笑みを向ける意図はなんなんだ?

「へえ、サクッとふんわり。よくできているな」

 プロのようなコメントをする常盤晴彦。

「このクリームは、ほんのり酸味が効いていて、とてもあっている。紅茶の香りも素晴らしい」

 もはや、恋愛もののヒーローのセリフとは思えない。

「天木さんのご指導のたまものですわ!」

 長月が、にっこりそう言って笑う。

「本当に、天木さんはお菓子に詳しくて、尊敬しちゃう!」

 亜美まで、私を持ち上げる。

「……別に、ふつーです。趣味の範疇ですから」

 私の言葉に、黒沢がニヤッと笑った。

「いや、亜美に料理を仕込んだってところが、既にふつーじゃない」

「そうそう。美穂も酷いものだった。去年のバレンタインは死ぬかと思ったからな」

 常盤晴彦も真剣に頷いている。長月は怒りもせず、神妙な表情だ。

「……私、愛情があれば、どんなものでも美味しくなると勘違いしていましたの」

 長月の言葉に、亜美も頷く。

「私も、頑張れば、美味しくなるって信じていた」

 いや、愛情と頑張りは必要です。でも、それだけじゃ料理が美味しくなるはずはない。

 私はしみじみと天井を見上げた。

「天木さんの、ケーキは化学反応で膨らむと言うセリフで、目が覚めました」

「私もです!」

 佐藤も追従する。

「天木……」

 矢野が疲れたような目で私を見た。

「お前、苦労したな」

 私は、矢野にだけわかるように、こっくりと頷く。

「ね、天木さん、部活に来る時、たまにでいいから、お菓子作ってよ」

 黒沢がにっこりとおねだりする。美形だけに、ドキドキしてしまう……が、亜美に頼めよ。亜美に。

「えー、和樹、私が作ったお菓子は食べない癖に!」

「冷静に考えて、お前の作ったお菓子、食べられないだろ?」

「う……そうかも」

 亜美がしゅんとする。

「あのさ、今だったら、園原さん、上手に作れると思うから。園原さんに作ってもらったら?」

 私がそう言うと、黒沢に睨まれた。トラウマが強いのかもしれない。

「園原さんだと、黒沢だけだろ? それって不公平!」

 部員Cが、訴える。

「俺は、天木さんの作ったお菓子が食べたいな」

 山岸が甘い声で微笑む。

 なんだか、口説かれている気分だけど。こいつは、どう考えても戦士のはず。

 エンディングルートに関係ないから、私で遊んでいるのだと推察される。したがって、コメントは無視。黙殺するにかぎる。

「モテますねー、師匠は」

 佐藤が頷く。

「――私のお菓子が、ね……」

 私はふうっと溜息をついた。




 文化祭の日が刻々と近づいてくる。

 亜美、黒沢、常盤、長月の四角関係は、ほぼ平行線のまま、例の試食会を繰り返す日々。

 私と矢野は、ひそかに、エンディング条件の2を視野に入れることにした。

 楠先生は、時折、調理に口を出してくるものの、取り立てて妨害行為をしてくるわけではない。

 それよりも、最近は、数学の幸島先生までもが、試食に訪れるようになった。

 テンプレーナ側も、カオスリーン側も、どこをどう手を出すのか、手詰まりなのかもしれない。

 そんなある日のことだ。

 試食が始まると、しんと静まり返った調理室で、長月が「ちょっといいかしら?」と口を開いた。

「みなさん、私、キッチンアイドル、ラブリー天使、というテレビ番組のオーディションに受かりましたの!」

 そう言って、長月は私の手を取った。

「キッチンアイドル?」

 芸能界にデビューしちゃうってこと?

「す、すごーい!」

 亜美や佐藤がポカンと口を開く。

「歌って踊って、料理するアイドルですの。オーディションで作ったカップケーキの評判がよくって。本当、天木さんのおかげですわ!」

「あのレシピは……楠先生のものだと思うけど」

 私の言葉に長月は首を振る。

「天木さんの教えてくれた、様々なコツやテクニック! それらすべてが、合格への足掛かりになりましたわ」

「……はあ」

 長月はにっこり笑って、みんなを見回し、そして常盤晴彦に目を向けた。

「それでね、晴彦にお願いがあるの」

「何?」

 首を傾げた晴彦に長月は、クスッと笑う。

「アイドルになるから、婚約、破棄させて?」

その言葉に、目を見開く周りの人間とは対照的に、晴彦は平気な顔で「いいよ」と答えた。

「じゃあ、決まりね! アイドルが婚約していたらマズイもの」

 長月はご機嫌である。

 そして、常盤晴彦の方も、平然としている。なんなのだ?

「……あの、婚約って、そんなに簡単に破棄とかしちゃっていいの?」

 おそるおそる私は口をはさむ。

「実はね、偽装婚約だったの」

「美穂がどうしても、そうしたいって言うからね」

 常盤晴彦はにっこり笑う。

「そうなのですか? 信じられません!」

 佐藤が驚愕の声をあげる。

 そうだよねえ、偽装なら、亜美をいじめるなよ……。

「美穂はさ、少し前からライトノベルの悪役令嬢ものに凝っていて」

 苦々しく、常盤晴彦は口を歪める。

「よせばいいのに、悪の美学を究めたいとか言って。そのためには、まず幼馴染の俺と婚約しないといけないとか言い出して」

「はあ?」

 その場にいた全員の目が点になる。

「その少し前は、悪の秘密結社の女幹部になるとか、言っていたな」

「なぜに、悪の美学なの?」

 私の問いに、長月はくすっと笑った。

「イイ子になる教育をされ続けている反動です」

 ようするに、お嬢様の非行化というやつだ。あきらさまにヤンキーにならないのは、淑女教育が変に身についてしまったからなのね……。

「楽しかったの、悪役令嬢ごっこ」

「……あなたのごっこ遊びで、傷つけられた園原さんの前で、楽しかったはないでしょ」

 私がそう言うと、亜美はにこやかに笑った。

「あ、いいの。天木さん。その件は長月さんと和解したから」

「……ならいいけど」

 私はしぶしぶと頷く。

「それにしたって、偽装婚約のせいで、常盤さんは恋愛できなかったのでは?」

「え? 婚約というハンデを乗り越えてこそ、恋愛が燃えるのよ」

 夢を見るように、長月がそう言って、亜美が頷く。

 そんな二人を見ながら、常盤晴彦の顔が赤くなっている。

――もう、勝手にしてくれ。

 こうして、婚約破棄イベントは、よくわからないまま無事、終了したのであった。


アコガレの婚約破棄イベントが、こんなふうになってしまった…

反省室行きですね…

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