予感
いつもありがとうございます。
「やられましたね」
徹が首を振りながら、吐き捨てるようにそう言った。
ここは、時間の止まった作戦室。テンプレーナ様は昭和臭漂う畳の部屋で、のんきにお茶をすすっている。
金髪碧眼美女と、昭和の日本家屋。とてつもないミスマッチだ。
「あらー、でも音楽会は滞りなく進んだのだし。それに、『犯人』は原作通りに捕まったでしょ?」
我が女神さまは、楽天的である。
確かに、あのあと、雪野のマネージャーはあっさり御用となり、進も探偵岩村と、サラマンダー梨田のコンビネーションで、言い逃れのできぬ状況に陥って、自白。全て丸く収まったのである。
ただし、音楽会は本来どことなく悲壮な香りの朱美のピアノ独奏だったはずなのに、犯人を投げ飛ばした雪野と朱美の陽気なジャズコンサートとなった。そもそも、雪野はシャンソン歌手だったはずなのだが、もう意味がわからない。
「でも、岩村と朱美の距離は縮まらなかったと思いますが」
真奈さんが苦笑いを浮かべながら、そう言った。
「そうねえ、そこはちょっと問題かも」
テンプレーナ様は、どこで仕入れてきたのか、季節ものの桜餅を手にして頬張りながら、のんきそうに首を傾げた。
「あの……それはともかく、あの船の紅茶、なにか仕込みがあるのですか?」
「……お前、それって今関係ないだろ?」
私がふと疑念を口にすると、徹が呆れたように眉をひそめる。
「あら、紅茶は何もないわよ」
テンプレーナ様は面白そうに、ひらひらと手を振りながら答えた。
「仕込んだのは、浅田利乃ちゃんのほうよ」
「はあ?」
私と真奈さん、徹の三人は、テンプレーナ様の言葉に絶句する。
「だって、利乃ちゃん、そこら中に出没するでしょ。だから、カリスマメイド技能持ちっていう特殊技能がついているの!」
テンプレーナ様は得意げにそう言った。
「え? でも、カオスリーンに許可は?」私は目を丸くする。カリスマメイドってそもそもなんなのだろう?
「カオちゃんもね、ひとりだけカリスマなんとか技能持ちを作るの。だから平気」
安心していいのよーって、テンプレーナ様はケラケラ笑うけど、私達戦士は頭を抱えた。
「どうして、そんなルールを作ったのですか?」
真奈さんが首を振りながら、口を開く。
そんな特殊技能持ちがいたら、勝負はさらに難解になってしまう。
「んー、カオちゃん、最近、うちのほうがなんとなく有利に進みすぎているって、言う訳。で、今回は三対三にして、一人の戦士は、オールマイティに出せるキャラ、ってことになったの」
「……先に、説明してほしかったですね」
徹が頭を抱えながらそう言った。
「んー、でもね、基本、ストーリーにあまり関係ない技能って約束なのよ」
テンプレーナ様はお茶をごくりと飲みながらそう言った。
「……紅茶を入れて、あれだけ食いつかれると、ストーリー崩れますよ?」
私がそう言うと、「そうかな?」とテンプレーナ様は首を傾げる。
「でも、理奈ちゃん、もともと紅茶を入れる才能があったでしょ」
テンプレーナ様がドンと机に麻生理奈と書かれたファイルをのせた。
「ケーキ屋で、紅茶を入れる練習をしたことはしたけど……」
私がそう言うと、テンプレーナ様は私の資料をパラパラとめくる。
「ほら、ここ読んで」
誰が調査をしたのかはよくわからないが、私のプロフィール欄に、ケーキ屋常連さんの何人かが、お店の紅茶を飲むたびに私の死を惜しみ、悼んでくれているとある。しかし、誰が紅茶を入れたかなんて、常連さんが知る機会などないのではなかろうかと思うのだが。
「理奈ちゃんは、今では伝説の紅茶マイスターって呼ばれているらしいわよ」
「……この書類、改ざんとかされていませんか? そもそも誰が書いたものです?」
「とっぷ・しーくれっと」
テンプレーナ様はニコリと可愛らしく笑って人差し指を口に当てた。
真実は闇の中である。
「さあ、みんな油売っていないで、頑張って!」
テンプレーナ様は異界の扉を開く。
「待ってください! まだ、何の打ち合わせも…」
していない、と、真奈さんがそう言ったけど。
私たちは、気が付くとキラキラとした異空間を乗り越えていた。
気が付くと、私は乗務員用の自室のベッドに転がっていた。壁のシフト表を見ると、数少ない休憩時間だ。
次のシーンは、『予感』というシーンである。
岩村と栗山朱美が早朝に甲板で偶然に出会い趣味の話で意気投合、そこへ例の国広聡が入ってきて、もめごとになりそうになったといころに、婚約者候補の一人の船長が登場し、朱美を睨んで三人の男が睨みあうという、ちょっと恋愛ドラマパートである。ちなみに、この時間帯の裏シーンで、サラマンダー梨田たちは観光会社の調査と称して、船の乗客たちから様々な栗山財閥の情報の聞き取りを行うことになっている。物語としては、恋愛シーンが終わった後での聞き取り場面であるが、本来の時系列は同列のため、この世界では当然、同時進行である。
私は時計を確認する。イベントは間もなくはじまるだろう。そして、珍しく私は仕事ではない。ということは、比較的、自由に動くことが出来る。
少なくとも、朱美のそばには、家庭教師の高城こと、真奈さんが張り付いているだろうから、私は、サラマンダー側の監視をしたほうが良いだろう。私は、Tシャツとジーンズというラフスタイルで部屋を出た。レストランとかに入るのは難しいが、ドレスコードのない娯楽室はこの格好で充分である。この時間は、梨田たちは娯楽室でポーカーや、ビリヤードを楽しむ客たちと雑談をしているはずだ。
私は、自室を出ると、娯楽室へと向かった。正直、サラマンダー側のシーンより、岩村&朱美のシーンの方がいろいろな意味で重要であるから、監視に行く必要など全くないのかもしれないけど。
乗客に混じって、私は娯楽室へと向かう。
同僚Aが娯楽室の受付に座っていた。彼女は私に気が付くとひらひらと手を振り、私を招きよせた。
「どうしたの?」
私が聞くと、同僚のAは、そっと目配せして、視線を奥へと走らせる。
「あの男の人が、浅田さんを捜していたわよ」
彼女の視線の先に、野城と梨田がいた。二人は、なんと栗山保と一緒にいた。脇には、顧問弁護士の安村がいる。
――徹がここにいるなら、私、いらなかったなあ。
つい、そう思う。
「ねえねえ、どういう知り合いなの?」
同僚Aは、興味津々である。
「……今度、休憩時間に話すわ」
「えー、だって、浅田さんと休憩時間ってなかなか一緒にならないじゃん」
不平そうに同僚Aがそう言った。そりゃそうだ。浅田はほとんど『仕事』をしてばかりだ。文句を言いたいのは私の方である。
「やあ! 浅田さん!」
受付でだべっていたら、野城が私に気が付いて手を振った。そして、栗山と梨田を置いて、こちらに走ってきた。
とびきりの美形、というわけではないが、ニッコリ笑った顔は爽やかでドキリとする。
「こ、こんにちは」
私は慌てて頭を下げる。隣の同僚Aがにやけた顔でジロジロと見ている。
「よかった。約束していたお菓子を持って来たのだけど、君は休憩中だって聞いて」
野城は小さな紙袋を私に見せた。
「す、すみません。本当にいただいてよろしいのですか?」
「うん。一緒に食べたいな、と思って」
「一緒に?」
渡された紙袋の中に大好きなショートブレットのパッケージが見えた。はっきり言って、どストライクである。
そもそも、ここで野城と浅田が接触しても、お話の本筋には何の関係もない。従業員が客にものをもらうのはあまりよろしくはないが、幸い、勤務外の時間帯である。少しだけ魔がさした。
「えっと。じゃあ、紅茶でも入れましょうか?」
私はそう言って、談話室の方へと野城を誘った。同僚Aがニヤリと私の肩を叩くが、無視をした。
「また紅茶が飲めるなんて嬉しいな」
野城はにっこりと笑う。どうやら本当に、浅田の紅茶は旨いらしい。
「そこにおかけになっていてください。今、用意してまいりますから」
私は野城にソファをすすめて、給湯室に入っていった。
食器棚におかれたティーポットに手を伸ばすと、頭の上からすっと、長い手が伸びた。
「ダメじゃないか、浅田君。君は今、休憩時間中だろう?」
「船長?」
見上げると、船長の岸田がジロリと私を睨んでいる。
給湯室に一般客は入らない。勤務時間外に勝手に入り込んだのは、さすがにまずかったようだ。
「申し訳ありません。勝手に給湯室を使ってしまいまして」
私はペコリと頭を下げた。
「そうですね、自室にもポットはありますし、そちらを使用するべきですね」
私がそう言って給湯室を出ようとすると、グイッと腕をつかまれた。
「ちょっと、待て。君の部屋にあの男を連れていく気?」
岸田は私を睨みつけるようにそう言った。岸田の眼光が鋭くて、ちょっと怖い。
「あ、やっぱり従業員の部屋にお客様を連れていくのはマズイですよね?」
乗客が出入りできない部分は、豪華客船といえどもあまりお見せできるような造りにはなっていない。野城は一応、観光会社の人間であるし、見せたくない場所に案内するのもどうかとは思う。
「浅田君……あのね。君が従業員とか言う問題じゃなくて、若い女性が男を部屋に連れ込むって意味、わかっているの?」
岸田が大きく首を振りながらそう言った。
「え? でも、お茶を飲んでお菓子を食べるだけですよ?」
私がそう言うと、岸田が大きな手を私の両肩において、深いため息をついた。
「若い男と女が、密室で『お茶とお菓子』ですむわけないだろう?」
真剣な岸田の瞳に見つめられ、私はドギマギする。私は頬が紅潮するのを感じた。
「の、野城さんはそんなつもりはきっとないです。船長の考えすぎです」
「そんなことはない」
岸田の片手が腰にまわされ、私は突然に抱きすくめられ、唇が耳に軽く触れる。
「君は、鈍い」
岸田の声が甘く耳に響く。私は、何が何だかわからない。そもそも、なぜ、船長はここにいるのだろう? 船長は、甲板で、朱美&岩村&国広といっしょに四角関係をやっているはずではないのだろうか?
トントン
不意に、半開きの扉をノックする音がして、そちらを向くと、安村がいた。なんか凄く怖い目で私たちを見ている。
「安村さま、どうなされましたか?」
岸田は、私の身体を抱いたまま、そう言った。私は離れようとするのに、安村に見られているのにもかかわらず、手を緩めようとはしない。
「……保さまが、お茶が欲しいとおっしゃっているのですが」
岸田と安村の間に、なんだか火花のようなものが散った。どちらも美形なだけに、ちょっと怖いものがあるが、なぜ今、そんな状態になっているのか、全くわからない。
「浅田君、紅茶を頼むよ」
岸田はそう言うと、ようやく私の身体を離してくれた。
「そうですか。今晩、もう一度、あのシリウスの瞳とあの美しいお嬢様を拝見できるのですね」
梨田は、目の端にきらりと眼光を光らせる。
「今日は、朱美の誕生パーティでね。会場は、一般客は入れないのだが……今後の商売のこともある。観光会社さんの人間に、船でのイベントを見てもらうのは良い機会だ」
栗山保は、船長の岸田が持って来た紅茶の香を堪能しながらそう言った。
「忘れられないパーティになりますね。きっと」
梨田は、にこりと人好きのする笑みを浮かべ、ティーカップに手を伸ばした。
「んー、このショートブレット、すごく美味しい!」
私は、梨田達から少し離れた場所で、野城からもらったショートブレットを頬張った。
「浅田さんの紅茶もすごく美味しいよ」
ニコニコと笑いながら野城が紅茶の香りを楽しんでいる。
「浅田君は、勤務時間外ぐらい、休めばいいのに」
そう言いながら、私の隣のソファに腰を掛けて、紅茶を飲む船長の岸田。そして、相変わらず渋い顔の安村が、岸田の向かい合わせで座っている。
「……確かに、美味いな」
若干、悔しそうな顔で、安村がそう言った。
「でも、本当に美味しそうに食べるね、浅田さんは」
嬉しそうに野城さんがそう言った。
「だって、美味しいもの。でも、野城さんは、梨田さんと一緒にいなくていいのですか?」
「あ、気にしない、気にしない」
野城さんは、意外に無責任にケラケラと笑うようにそう言った。
「……少しは気にしろ、馬鹿が」
聞き取れないくらいの小さな声で、岸田が野城を睨みつけるように呟いた。
それにしても。
船長の岸田はここにいて、本当に良いのだろうか。私は、徹の意見が聞きたくて、安村の方に目を向けたが……安村は何も言わず、じっと岸田を睨んでいた。
私はウォー○―ズのショートブレットが大好きです。
名前が激しく間違っておりまして、訂正いたしました。
申し訳ございませんでした。