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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
三回戦 怪盗サラマンダー 豪華客船の決戦
13/16

音楽会

いつもありがとうございます。

 のっけから突然、朱美は『シリウスの瞳』を知らないというハプニングから始まったものの、どうやら、彼女への『誕生日プレゼント』ということで、夕刻の音楽会でお披露目になるらしい。

 らしい、というのは、その『シリウスの瞳』を朱美が父親から受け取るシーンに、さすがに客室係&ウエイトレスの私は登場できないからだ。

 と、いうわけで、私は別シーンのサラマンダー『梨田』が、部下の『野城』とともに船の船長である岸田啓二きしだけいじに案内されるという『雰囲気だし』『設定紹介』場面の方の、ほぼ背景的な役割なのだ。

 ちなみに、豪華客船というのは、出航から帰港まで、ほぼ毎日のようにイベントが開かれる。

 今日の音楽会というのは、朱美が見事なピアノ演奏を披露するのだ。そして、朱美の婚約者候補がひととおり紹介されるという構成である。

 そういえば、船長の岸田は、朱美の従兄で、ストーリー上は、あまり目立ちはしないが朱美の婚約者候補の一人だったはずだ。すらりとした長身で、整った顔立ち。梨田と比べると若干地味ではあるものの、二人が並んで歩いているだけで、ご婦人方はちらりちらりと視線を投げかけている。

 ちなみに、野城は見ようによっては端正な顔をしているのだが、二人と並ぶとどうにも引き立て役にしか見えず、なんとも気の毒としか言いようがない。

「こちらの娯楽室では、ビリヤードなどをお楽しみいただけます」

「ほほう」

 船長の岸田が、梨田と野城を案内して回る。私は、娯楽室の受付カウンターにすわり、ビリヤードのキューの手入れをしている。重ねて言おう。本来、豪華客船の客室係は、『客室』の仕事で手一杯のはずなのであるが、浅田はどこにでも出没する。正直、労働基準法違反なのである。

「浅田君、調子はどう?」

 にこり、と船長の岸田に微笑まれ、私は慌てて姿勢を正した。

「せ、船長! みなさん、楽しんでいただいております!」

 びっくりして敬礼するようにこたえると「可愛いお嬢さんですね」と、梨田がバチリと私にウインクした。

 胸がドキリとする。梨田は、『ダブルヒーロー』の片割れであるからして、当然、超絶な二枚目である。

 岩田に比べ、目つきが鋭くどことなく酷薄な印象があるものの、ウインクなどとサービスされると心臓に超悪い。

 このシーン、私はあくまでも裏方であるし、『梨田』=『渋沢』に間違っても気が付いたりしてはいけない役であるので、本来、梨田側から浅田に接触などしてはいけないのである。

 私は顔が赤くなるのを感じながらも、不用意に声をかけてきた船長を睨みつけると、船長はそんな私を見て、にこりと微笑んだ。

「浅田君、そっちの談話室に紅茶をくれないか?」

「はい、ただいま」

 いや、さすがにそれは管轄違います、とは、言えずに私は談話室のそばにある給湯コーナーへと急ぐ。

 なんだか人生で、こんなにぐるぐる働いたことってないかもというくらい、目まぐるしい。

 私は、ポットに茶葉を入れ、最後のゴールデンドロップまで丁寧に注ぐ。ティーカップから香りがたちあがった。私は、船長と自称、観光会社の営業マンの二人に、それを差し出した。

「うわあ、いい香りのお茶ですねえ」

 野城がティーカップを手にしてそう言った。

「浅田君は、紅茶を入れる名人ですから」

 ニコニコと、船長の岸田がそういう。

 ――あれ? そんな設定あったけ?

 私は首を傾げた。

 ちなみに麻生理奈はケーキ屋のバイトを三年した。喫茶部門もあり、紅茶の入れ方もそこで仕込まれはした。

 しかし、である。火や水回りの制限が厳しい船の給湯室でそんなミラクルがおこせるほど、すごいテクニックはもっていないと思う……のだが。

「また飲みに来てもいい?」

「へ?」

 梨田がにこりと私を見て微笑む。胸がドキリとして顔が赤くなった。

「浅田君は、別に喫茶担当というわけではないので」

 ムッとしたように船長がそう言った。確かにその通りである。

「……しかし、私におっしゃっていただければ、機会はお作りしましょう」

 ニコリと営業スマイルで船長がそう言った。

 ようするに、船長を通せば、私の勤務予定の調整をするらしい。なんだか、どんどん便利屋にされていくような気がしなくもない。

「紅茶に合うお菓子を持っているから、後であげるよ」

 ニコッと野城が私にそう言った。

「え? でも、そんな」

 私はうろたえた。野城はお客である。従業員の私がお菓子をもらうって意味がわからない。

「あなたの入れるお茶は、人を呼べます。この船のセールスポイントにするべきです」

 梨田が私をじっと見ながらそう言った。

「……お茶の葉が良いだけではないでしょうか?」

 何も私じゃなくても、と思う。

「そんなことはないと思うな」

 船長がなぜか私の手を取って、そう言った。

「浅田君のお茶は、本当に美味しいよ」

 きらりとした目で見つめられて、ドギマギする。って。自分の部下を客の前で、そんなに褒めていいのだろうかと、つい思ってしまう。

「あ、あの船長。私、客室業務に戻っても?」

「ああ、またあとでね」

 親しげに船長がそういうと、なぜだか梨田と野城の目がギラリと光った。どこか挑戦的な目で、船長を見ている。

 私は、こんな閑話の場面でサラマンダーたちは何をやっているのだろうと少し首を傾げながら、客室業務へと戻ったのだった。


 船の中で一番大きなホールの真ん中には、きらびやかなシャンデリア。丸いテーブルには白い清潔なテーブルクロスがかけられ、着飾った紳士淑女が、椅子に座っていた。

 ホール正面一段高い舞台に、グランドピアノが置かれている。

 私は、各テーブルにワインを用意していた。この場面は、朱美がピアノを弾くのだが。ここでちょっとしたハプニングが起こる。栗山財閥の会長で、朱美の父の『栗山保』の失脚を狙う、『保』の弟『すすむ』が、特別に呼んだという人気のシャンソン歌手、雪野ゆきのさゆりが、朱美のピアノに合わせて歌うために舞台に上がるとき、ホールの電気が消え、誰かが彼女にぶつかって、転倒。そして雪野が怪我をするという事件が起こる。

 ちなみに、これは、雪野のマネージャーの仕業であり、雪野のイヤリングが、朱美のピアノのそばに落ちていることで朱美が雪野に怪我を負わせたというようにみせかけようとしたところを、探偵岩田が華麗にとりおさえるのである。

 電気を切るのは、『進』の役目だ。

 この場面で、梨田は、電気を消した犯人である『進』をさりげなく、岩田に教えるシーンがある。

 梨田は自分の『犯罪』シーン以外では、岩田のフォローをするような行動をとる紳士である。そのへんがダブルヒーローたるゆえんで、本当の『悪』にはみえないのである。

 で。今回の私は、単純に『場にいる』のが役目である。

 それにしても、カオスリーンの戦士たちは今回、どうするつもりなのであろう?

 実は、真奈さんとこっそり話したのであるが、2の梨田が岩田に捕まるのは、いくら勝利条件に入っていてもありえないと打ち合わせ済みだ。となると、シリウスの瞳をひたすら守りきる(これは原作通り)か、栗山朱美を岩田の探偵助手にするという無茶なエンディングしかない。カオスリーン側として狙うなら、岩田と朱美の恋路の邪魔か、サラマンダー側のテコ入れでシリウスの瞳を奪い取るという方法に違いない。いずれにしても、サラマンダー側の味方、とみていいだろう。

 ――恋路の邪魔っていうなら、カオスの雫とか、戦士たちが、徹底的に朱美や岩田にアピールするっていうのもありよね。

 私は朱美の婚約者候補たちの顔をゆっくりと探す。狂言回し的な国広聡、船長である岸田啓二。そして、一応、顧問弁護士である安村徹夫やすむらてつお。少なくとも安村は徹なので、大丈夫だが、国広や船長は、戦士やカオスの雫の可能性もある。もっとも、国広は『猛アピール』をするのは原作どおりであるので、マークすべきは船長だ。

 見回すと船長は、イベントの司会をするために舞台の脇におり、打ち合わせであろう、朱美や雪野と談笑しているのが見えた。ちなみに。船長というのは、本来、操舵室にいるべきなのであるが、豪華客船の船長というのは、船全体の責任者であって、イベントなども取り仕切ることが多く、操舵室には副船長がいることの方が多いのである。しかも岸田は、必要以上に二枚目のため、ご婦人方のウケが非常に良い。ちらりと目をやれば、栗山進が、じりじりとわざとらしく席から離れ、ブレーカーのある方角へと移動している。

「やあ、君、また会ったね」

 視線を泳がせていたせいで、視野に入っていなかった。私は、突然、国広聡に腕をつかまれて、ぐいっと引き寄せられた。

「お客様、困ります」

「いっしょに座って、飲もうよ」

 腕を振り払おうとする私をぐいっと抱き寄せようとする。もう、酔っているのか酒臭かったし、正直、虫唾が走った。もうじき照明も消える。こんな男の相手じゃなく、出来れば、船長とか進の行動を監視しなければならない。

 そもそもこの場面は、浅田も国広も出てこないので、何をやろうと自由ではあるが、大声出して振り払ったら、場面が台無しになる可能性もある。さらに、厄介なことに相手は上客である。しかし、浅田はただのウエイトレスである。そんな接待をする必要もなければ、したくもない。

「ここは、そういうお店ではないのではありませんか?」

 優しい声がして、私と国広の身体の間に、一人の男が割り込んだ。

 見上げると、にこりと彼は笑う。野城だ。

「な、き、貴様、俺を誰だと?」

「国広聡さんですよね? よく存じておりますよ?」

 野城は私を背にかばい、国広の耳元で何事かを囁く。

 みるみるうちに国広の顔が青ざめていく。何を言ったのだろうか?

「浅田さん、今のうちですよ」

 さりげなく、私の手をとって、野城は国広のテーブルを離れた。

「あの……何を?」

「企業秘密です」

 そう言って、野城は唇に人差し指をつけ、ニヤリと口角を上げた。

「紳士淑女の皆さま、このたびはご乗船、ありがとうございます」

 ポンと、テーブル席の灯りが小さくなり、舞台と、舞台脇にたつ船長をライトが照らし出す。

「今宵は、栗山朱美さんの演奏と、雪野さゆりさんの歌声でお楽しみください」

 船長がそう言って、優雅に頭を下げると、壇上に朱美が昇っていく。黒いエレガントなドレス。胸元に輝く大きなダイヤモンド。彼女が頭を下げ、拍手が鳴り響き、そして、しいんと静まり返った。

 私は、ちらりと進を視界の端に捕えた。進がブレーカーボックスに手を伸ばしているのが見えた。

 雪野がゆっくりと壇上に上がっていった。



 雪野がカツリカツリとヒールの音を立てて、舞台右側のグランドピアノの横を通り過ぎたその時、不意に明かりが落とされた。

「え? 何?」「うそ?」「誰か、明かりを!」

 会場のあちこちから、声が飛び、ざわめきが起こる。

 雪野は不意に後ろから誰かに抱き付かれ、咄嗟に、相手の腕をとった。

「な?」

 雪野は、訓練された人間にしかできぬ身のこなしで、思いっきり相手の懐に入り込んだ。

「でやーっ!」

 どさりっと、床に人間が落とされた音がした。雪野はそのまま、その相手を腹這いにさせ、腕をねじりあげる。

「痛いっ! やめてくださいっ!」

 見知った声に、雪野がふと力を緩めると、舞台に照明が戻った。

 雪野の身体の下には、雪野のマネージャーが涙を流して助けを求めていた。



 会場にどよめきが起こる。

「うそ?」

 私は思わず、目を見張る。

 倒れて怪我をしているはずの雪野は、犯人である自分のマネージャーを投げ飛ばし、締め上げているのである。

 どこをどう間違えたら、こんなシーンになるのだろう。

 茫然とする私の横で、野城がにやりと微笑んでいた。


たまには、理奈と関係なく、話が変わるのでありました。

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