犯行予告
お久しぶりです! 理奈っち復活!
いつもありがとうございます。
今回はなんと、戦士は3人である。私、麻生理奈と、柳沼徹。それから、姉御肌な結城真奈。
真奈さんは、私より年上で三十代前半(本人希望のため、年齢不詳)。なんでも、今回は、前回の徹の女性扱いが非常に悪かったことで、真奈さんが徹を再教育をすることになったとか。ちなみに、私が呼ばれたのは、カオスリーンが私をぜひ入れてほしいと言ったことが原因らしい。
敵の女神さまにどうしてそこまで好かれてしまったのか、謎である。
さて。今回送り込まれるのは、ミステリー小説の古典『怪盗サラマンダー 豪華客船の決戦』である。
主人公は、探偵『岩村幸彦』。豪華客船『プロキオン』内で、行われるパーティでヒロイン『栗山朱美』の胸に輝く『シリウスの瞳』というダイヤモンドを狙った『怪盗サラマンダー』のと攻防戦である。
途中、船から乗客が消えた謎とか、朱美と岩村の恋愛とか、もう一人の主役、『サラマンダー』こと、『梨田晶』の暗躍とか、栗山財閥の内紛とか、まあ、いわゆるエンタティメント要素満載のお話である。
<勝利条件>
エンディングは出航から一週間後。
1.岩村幸彦が『シリウスの瞳』を守りきる。
2.梨田晶を岩村が捕える。
3.栗山朱美が探偵助手になる。
「テンプレーナ様……」
私は勝利条件をみる。「この3番、いったい何ですか? 栗山朱美って栗山財閥のお嬢様ですよね?」
「だって、恋をすると女はそのひとのそばに居たくなるじゃない?」
テンプレーナ様は、ニッコリと笑う。相変わらず、夢見る乙女である。
「この2番って、原作崩壊しませんか?」
真奈さんが呆れた顔で指摘する。この怪盗サラマンダーは人気シリーズで、サラマンダーは絶対に捕まらないのである。この作品は、ダブルヒーローものなのだ。
「私は、名探偵岩村が好きなのよ」
テンプレーナ様はダンディな正義の人が好きなのである。
「えっと、今回は、真奈さんが、朱美の家庭教師、徹ちゃんは、栗山財閥の顧問弁護士。それで、理奈ちゃんは豪華客船のお世話係ね」
テンプレーナ様が配役票を私たちに見せる。
「……私だけ、なんかイベントスタッフみたい」
ぼそり、というと。
「理奈ちゃんは、大きな視点で動いてほしいの」
「……テンプレーナ様、こいつ、『王道クラッシャー』ですけど」
徹が眉を寄せてそう言った。
「な?」
ムッとした私を、真奈さんが「まあまあ」ととりなした。
「はい、では、以上三名、行ってまいります!」
真奈さんが、きりっとそういって。
「いってらっしゃーい」
テンプレーナ様の声とともに、扉が開かれた。
キラキラとした異空間を乗り越え、気が付くと私は船室の一角に立っていた。
私の名前は、『浅田 利乃』。年齢は、ほぼ同じ。この豪華客船の乗組員である。主に客室の世話係。外見は、やや茶色の髪で、くるんとした巻き毛のショートで、理奈本人より、背が低い。
ちなみに、この浅田というメイド。ただの脇役であるが、一つだけ重要な役柄がファースト場面にある。そう。今回は珍しくセリフがある役回りなのだ。
この豪華客船は、栗山財閥が企画したセレブのオークションパーティの会場であり、一人娘朱美のお見合い会場となるのだが……お金さえ払えば、一般客が乗れることになっている。
浅田は、一般客を装って乗り込むサラマンダー梨田晶を『目撃』し、彼のトリックに利用される従業員なのである。
資料によれば、梨田は、『渋沢』という名義で、徒歩で船に乗り込み、船室に入る。しかし、その後、『渋沢』は目撃されない。それもそのはず。
彼は、その後部下である『野城達郎』とともに、観光会社の営業マンを装って行動するからだ。
――さて、と。
私はベッドメイキングを終えて、ふうっと息をつく。
既に船は出航したようだ。汽笛が鳴っている。
私は、急いでいるふりをしながら、ゆっくりと部屋を出る。この部屋に入室する、『渋沢』を目撃しなければならない。
「6号船室はこちらですか?」
低い、くぐもった作り声が上から降ってきた。
「はい。どうぞ」
反射的に顔を上げる。少し色のキツイサングラスに大きなマスク。そして、たぶんかつらなのだろうが、派手な金髪頭。レンズ越しの切れ長の瞳がキラリと光った。
――うひゃ、サラマンダーだ。
ちなみに。この作品、私は生前に読んだことがあり、テンプレーナ様と違って、サラマンダー派であった。想像していたより、ずっと背が高く(いや、この浅田が低いのだが)怪しさ大爆発の服装である。しかし、それでもカッコよくみえた。恐るべし、ファン心理である。
「昼食は何時からですか?」
渋沢は立ち去ろうとした私にそう問いかけた。
「あ、えっと11時半からですよ」
つい緊張しながら、私はそう答える。
「ありがとう、お嬢さん」
渋沢はサングラスを外しながら、バチンとウインクをして、部屋へと入っていった。
――え? なぜに、ウインク?
私は胸がドキリとした。そんなサービスシーンはなかったはずなのになあと、首をひねりながら、船室を後にした。
船は午前中に港を出て、一週間のクルーズに出る。
本来、こういった客船のハウス・キーピングをする客室係は、あくまで客室のみ担当のはずであるが、そこはそれ、お話の都合というやつか、浅田はレストラン部門のウエイトレスまでしなければならない。多忙なのである。ブラック企業並みだ。
ランチは、バイキング方式である。大きな銀色のトレイに、和洋中、様々な豪華な料理が載せられて、机に所狭しと並べられている。
この昼食の場面は、大胆な予告状が届けられるシーンである。
家庭教師の高城と食事をしていた朱美の机に、朱美の婚約者候補の国広財閥の御曹司、国広聡が現れて、ネチネチと挨拶をしていると、「シリウスの瞳」をいただくという、犯行予告カードが、その御曹司の鼻先にスパッと飛んでくるという、まさに漫画のようなシーンなのだ。
ちなみにこの国広聡。完全に当て馬の狂言回しなのであるが、自己顕示欲が強く、派手なパフォーマンスをぶちかますため、結果として、サラマンダーの行動を助けてしまうという役どころである。
さて。言うまでもなく、予告状をとばすのは、サラマンダーこと梨田晶だが、この食事シーンには、彼は登場しない。と、いうか、カードがどこから飛ばされるか、小説には書かれていないのである。
「あの、お冷をいただけるかしら?」
水差しを持っていた私は、テーブルに座った朱美に声をかけられた。確か、年齢は十八歳。長い黒髪がサラサラと揺れる。まつ毛が長く、肌は抜けるように白い。
清楚な白いワンピースを着ていて、妖精のようだ。まさしく、深窓のお嬢様。ヒロインの名に相応しい娘である。
「はい」
私は、ガラスのコップを受け取り、水を注ぐ。
朱美の前には、家庭教師の高城が座っている。真奈さんだ。茶色の胸元が大きくあいたカッターブラウスのスーツを着ている。年齢は実際の真奈さんと同じくらい。目の下に色っぽい泣きぼくろがある。髪はアップにしていて、うなじが超いろっぽい。脇役とは思えない色気である。
「私も頂けるかしら」
高城はコップを私に差し出した。
そして私にだけわかるように、ちらりと、アイコンタクトを送ってきた。視線の先に、栗山財閥の会長、栗山保と談笑する弁護士の安村、つまり徹がいた。
私は、水を注ぎ終わると、そろりとテーブルを離れ、ぐるりと辺りを見回した。
予告状のシーンはエンディングには大きく関係はしないが、物語の最初の見せ場でもある。スパッと小説のようにカードが朱美のテーブルに届かなくてはいけない。
「お冷をくれないか?」
不意に声をかけられて、ふと目をやると、上等な服を身にまとった、いかにもボンボンな感じの男だった。目つきがネチッコイ。私は資料を必死で頭の中で検索し、そいつが国広財閥の坊ちゃんだと思い至った。
「はい、ただいま」
私は慌てて水を注ぐ。こいつには、早く席を立ってもらって、朱美お嬢さんのテーブルにいってもらわねばならない。
水を注いで、早々に去ろうとしたら、突然、手を重ねられた。
「君、名前は?」
「は?」
なぜ、私が名乗らねばならないのだろう?
私はびっくりして、国広聡の顔を見る。国広は私を舐めるようにじろじろと見た。
「俺の部屋は、特別室のAだが」
国広は言いながら、私の手を撫でる。ぞわりと寒気がした。
「仕事が終わったら、こないか?」
「え?」
私は、思わず身体をのけぞらせて逃げようとしたが、腕をしっかりつかまれた。
「何か不手際でもございましたか」
すっと私の横に立ったのは、弁護士の安村だった。徹だ。私はほっとした。一応、この船は栗山財閥が所有している船会社のものだから、私は広い意味では栗山財閥の従業員だ。不手際があっては、ホストである栗山財閥の名に傷が付くのであるから、ここで口をはさむのはそれほど変ではない。
「君は誰だ?」
高慢な態度で、国広が安村を睨みつけ、私の腕をぐいっと引いた。
私は体のバランスを崩して、国広のほうへと引き寄せられた。
突然、何かが大きく風を切る音がした。
ウエイトレスの女を無理やりに引き寄せようとした、国広聡の腕に、鋭く何かが突き刺さるように当たった。
「――ツッ」
国広は思わず女性に伸ばしていた手を離す。
ひらり、と、カードがテーブルの上に舞い落ちた。
『シリウスの瞳は私が頂く――怪盗サラマンダー』
黒字に金の文字。赤い火とかげの印が押されている。
周囲の喧騒がすうっとおさまり、皆の目がカードに吸い寄せられた。
私は、国広の手を逃れると、素早く安村の後方へと逃げ、辺りを見回した。
カードが飛んできた角度に視線をやると、ビジネスマン風のスーツを着込んだ男と目があった。
――あれ?
どこかで見た様な顔立ち。資料を脳内で検索している間に、男はさっと席を立って、食堂から出て行った。
「お嬢さん、どうされました?」
甘いテノールの声が上から降ってきた。粋なスーツに身を固めた、ダンディな二枚目。
「ああ、岩村さん、いいところへ」
安村が、すっと自然にテーブルの上のカードを指さす。
「ほほう、予告状ですな」
手袋をはめた手で、カードに手を伸ばし、そして、ぴいんと弾く。
岩村が来たのをみて、家庭教師の高城が朱美を連れてテーブルへとやってきた。
「安村さん、どうかなさいましたの?」
朱美が、顧問弁護士である安村に声をかける。
「犯行予告です。お嬢様」
安村は、朱美に落ち着いた声で答える。
「あら。でも、シリウスの瞳って何?」
朱美はそう言って。小首を傾げたのだった。