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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
三回戦 怪盗サラマンダー 豪華客船の決戦
12/16

犯行予告

お久しぶりです! 理奈っち復活!

いつもありがとうございます。

 今回はなんと、戦士は3人である。私、麻生理奈あそうりなと、柳沼徹やぎぬまとおる。それから、姉御肌な結城真奈ゆうきまな

 真奈さんは、私より年上で三十代前半(本人希望のため、年齢不詳)。なんでも、今回は、前回の徹の女性扱いが非常に悪かったことで、真奈さんが徹を再教育をすることになったとか。ちなみに、私が呼ばれたのは、カオスリーンが私をぜひ入れてほしいと言ったことが原因らしい。

 敵の女神さまにどうしてそこまで好かれてしまったのか、謎である。

 さて。今回送り込まれるのは、ミステリー小説の古典『怪盗サラマンダー 豪華客船の決戦』である。

 主人公は、探偵『岩村幸彦いわむらゆきひこ』。豪華客船『プロキオン』内で、行われるパーティでヒロイン『栗山朱美くりやまあけみ』の胸に輝く『シリウスの瞳』というダイヤモンドを狙った『怪盗サラマンダー』のと攻防戦である。

 途中、船から乗客が消えた謎とか、朱美と岩村の恋愛とか、もう一人の主役、『サラマンダー』こと、『梨田晶なしだあきら』の暗躍とか、栗山財閥の内紛とか、まあ、いわゆるエンタティメント要素満載のお話である。

<勝利条件>

 エンディングは出航から一週間後。

 1.岩村幸彦が『シリウスの瞳』を守りきる。

 2.梨田晶を岩村が捕える。

 3.栗山朱美が探偵助手になる。


「テンプレーナ様……」

 私は勝利条件をみる。「この3番、いったい何ですか? 栗山朱美って栗山財閥のお嬢様ですよね?」

「だって、恋をすると女はそのひとのそばに居たくなるじゃない?」

 テンプレーナ様は、ニッコリと笑う。相変わらず、夢見る乙女である。

「この2番って、原作崩壊しませんか?」

 真奈さんが呆れた顔で指摘する。この怪盗サラマンダーは人気シリーズで、サラマンダーは絶対に捕まらないのである。この作品は、ダブルヒーローものなのだ。

「私は、名探偵岩村が好きなのよ」

 テンプレーナ様はダンディな正義の人が好きなのである。

「えっと、今回は、真奈さんが、朱美の家庭教師、徹ちゃんは、栗山財閥の顧問弁護士。それで、理奈ちゃんは豪華客船のお世話係ね」

 テンプレーナ様が配役票を私たちに見せる。

「……私だけ、なんかイベントスタッフみたい」

 ぼそり、というと。

「理奈ちゃんは、大きな視点で動いてほしいの」

「……テンプレーナ様、こいつ、『王道クラッシャー』ですけど」

 徹が眉を寄せてそう言った。

「な?」

 ムッとした私を、真奈さんが「まあまあ」ととりなした。

「はい、では、以上三名、行ってまいります!」

 真奈さんが、きりっとそういって。

「いってらっしゃーい」

 テンプレーナ様の声とともに、扉が開かれた。


 キラキラとした異空間を乗り越え、気が付くと私は船室の一角に立っていた。

 私の名前は、『浅田 利乃あさだりの』。年齢は、ほぼ同じ。この豪華客船の乗組員である。主に客室の世話係。外見は、やや茶色の髪で、くるんとした巻き毛のショートで、理奈本人より、背が低い。

 ちなみに、この浅田というメイド。ただの脇役であるが、一つだけ重要な役柄がファースト場面にある。そう。今回は珍しくセリフがある役回りなのだ。

 この豪華客船は、栗山財閥が企画したセレブのオークションパーティの会場であり、一人娘朱美のお見合い会場となるのだが……お金さえ払えば、一般客が乗れることになっている。

 浅田は、一般客を装って乗り込むサラマンダー梨田晶を『目撃』し、彼のトリックに利用される従業員なのである。

 資料によれば、梨田は、『渋沢しぶさわ』という名義で、徒歩で船に乗り込み、船室に入る。しかし、その後、『渋沢』は目撃されない。それもそのはず。

 彼は、その後部下である『野城達郎のしろたつろう』とともに、観光会社の営業マンを装って行動するからだ。

 ――さて、と。

 私はベッドメイキングを終えて、ふうっと息をつく。

 既に船は出航したようだ。汽笛が鳴っている。

 私は、急いでいるふりをしながら、ゆっくりと部屋を出る。この部屋に入室する、『渋沢』を目撃しなければならない。

「6号船室はこちらですか?」

 低い、くぐもった作り声が上から降ってきた。

「はい。どうぞ」

 反射的に顔を上げる。少し色のキツイサングラスに大きなマスク。そして、たぶんかつらなのだろうが、派手な金髪頭。レンズ越しの切れ長の瞳がキラリと光った。

 ――うひゃ、サラマンダーだ。

 ちなみに。この作品、私は生前に読んだことがあり、テンプレーナ様と違って、サラマンダー派であった。想像していたより、ずっと背が高く(いや、この浅田が低いのだが)怪しさ大爆発の服装である。しかし、それでもカッコよくみえた。恐るべし、ファン心理である。

「昼食は何時からですか?」

 渋沢は立ち去ろうとした私にそう問いかけた。

「あ、えっと11時半からですよ」

 つい緊張しながら、私はそう答える。

「ありがとう、お嬢さん」

 渋沢はサングラスを外しながら、バチンとウインクをして、部屋へと入っていった。

 ――え? なぜに、ウインク?

 私は胸がドキリとした。そんなサービスシーンはなかったはずなのになあと、首をひねりながら、船室を後にした。



 船は午前中に港を出て、一週間のクルーズに出る。

 本来、こういった客船のハウス・キーピングをする客室係は、あくまで客室のみ担当のはずであるが、そこはそれ、お話の都合というやつか、浅田はレストラン部門のウエイトレスまでしなければならない。多忙なのである。ブラック企業並みだ。

 ランチは、バイキング方式である。大きな銀色のトレイに、和洋中、様々な豪華な料理が載せられて、机に所狭しと並べられている。

 この昼食の場面は、大胆な予告状が届けられるシーンである。

 家庭教師の高城たかしろと食事をしていた朱美の机に、朱美の婚約者候補の国広くにひろ財閥の御曹司、国広聡くにひろさとるが現れて、ネチネチと挨拶をしていると、「シリウスの瞳」をいただくという、犯行予告カードが、その御曹司の鼻先にスパッと飛んでくるという、まさに漫画のようなシーンなのだ。

 ちなみにこの国広聡。完全に当て馬の狂言回しなのであるが、自己顕示欲が強く、派手なパフォーマンスをぶちかますため、結果として、サラマンダーの行動を助けてしまうという役どころである。

 さて。言うまでもなく、予告状をとばすのは、サラマンダーこと梨田晶だが、この食事シーンには、彼は登場しない。と、いうか、カードがどこから飛ばされるか、小説には書かれていないのである。

「あの、お冷をいただけるかしら?」

 水差しを持っていた私は、テーブルに座った朱美に声をかけられた。確か、年齢は十八歳。長い黒髪がサラサラと揺れる。まつ毛が長く、肌は抜けるように白い。

 清楚な白いワンピースを着ていて、妖精のようだ。まさしく、深窓のお嬢様。ヒロインの名に相応しい娘である。

「はい」

 私は、ガラスのコップを受け取り、水を注ぐ。

 朱美の前には、家庭教師の高城が座っている。真奈さんだ。茶色の胸元が大きくあいたカッターブラウスのスーツを着ている。年齢は実際の真奈さんと同じくらい。目の下に色っぽい泣きぼくろがある。髪はアップにしていて、うなじが超いろっぽい。脇役とは思えない色気である。

「私も頂けるかしら」

 高城はコップを私に差し出した。

 そして私にだけわかるように、ちらりと、アイコンタクトを送ってきた。視線の先に、栗山財閥の会長、栗山保くりやまたもつと談笑する弁護士の安村やすむら、つまり徹がいた。

 私は、水を注ぎ終わると、そろりとテーブルを離れ、ぐるりと辺りを見回した。

 予告状のシーンはエンディングには大きく関係はしないが、物語の最初の見せ場でもある。スパッと小説のようにカードが朱美のテーブルに届かなくてはいけない。

「お冷をくれないか?」

 不意に声をかけられて、ふと目をやると、上等な服を身にまとった、いかにもボンボンな感じの男だった。目つきがネチッコイ。私は資料を必死で頭の中で検索し、そいつが国広財閥の坊ちゃんだと思い至った。

「はい、ただいま」

 私は慌てて水を注ぐ。こいつには、早く席を立ってもらって、朱美お嬢さんのテーブルにいってもらわねばならない。

 水を注いで、早々に去ろうとしたら、突然、手を重ねられた。

「君、名前は?」

「は?」

 なぜ、私が名乗らねばならないのだろう?

 私はびっくりして、国広聡の顔を見る。国広は私を舐めるようにじろじろと見た。

「俺の部屋は、特別室のAだが」

 国広は言いながら、私の手を撫でる。ぞわりと寒気がした。

「仕事が終わったら、こないか?」

「え?」

 私は、思わず身体をのけぞらせて逃げようとしたが、腕をしっかりつかまれた。

「何か不手際でもございましたか」

 すっと私の横に立ったのは、弁護士の安村だった。徹だ。私はほっとした。一応、この船は栗山財閥が所有している船会社のものだから、私は広い意味では栗山財閥の従業員だ。不手際があっては、ホストである栗山財閥の名に傷が付くのであるから、ここで口をはさむのはそれほど変ではない。

「君は誰だ?」

 高慢な態度で、国広が安村を睨みつけ、私の腕をぐいっと引いた。

 私は体のバランスを崩して、国広のほうへと引き寄せられた。



 突然、何かが大きく風を切る音がした。

 ウエイトレスの女を無理やりに引き寄せようとした、国広聡の腕に、鋭く何かが突き刺さるように当たった。

「――ツッ」

 国広は思わず女性に伸ばしていた手を離す。

 ひらり、と、カードがテーブルの上に舞い落ちた。

『シリウスの瞳は私が頂く――怪盗サラマンダー』

 黒字に金の文字。赤い火とかげの印が押されている。

 周囲の喧騒がすうっとおさまり、皆の目がカードに吸い寄せられた。



 私は、国広の手を逃れると、素早く安村の後方へと逃げ、辺りを見回した。

 カードが飛んできた角度に視線をやると、ビジネスマン風のスーツを着込んだ男と目があった。

 ――あれ?

 どこかで見た様な顔立ち。資料を脳内で検索している間に、男はさっと席を立って、食堂から出て行った。

「お嬢さん、どうされました?」

 甘いテノールの声が上から降ってきた。粋なスーツに身を固めた、ダンディな二枚目。

「ああ、岩村さん、いいところへ」

 安村が、すっと自然にテーブルの上のカードを指さす。

「ほほう、予告状ですな」

 手袋をはめた手で、カードに手を伸ばし、そして、ぴいんと弾く。

 岩村が来たのをみて、家庭教師の高城が朱美を連れてテーブルへとやってきた。

「安村さん、どうかなさいましたの?」

 朱美が、顧問弁護士である安村に声をかける。

「犯行予告です。お嬢様」

 安村は、朱美に落ち着いた声で答える。

「あら。でも、シリウスの瞳って何?」

 朱美はそう言って。小首を傾げたのだった。



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