親睦会
いつもありがとうございます。
短めです。
「かんぱーい」
音頭をとったのは、カオスリーンの戦士、沙也加さん。前に『トキメキらぶ』で出会った時は、彼女は二十代後半であったが、実際には私と同じ二十五歳らしい。教師の役をしていた時より、気さくなイメージの人だ。
今日は『親睦会』。カオスリーンとテンプレーナの戦士の交流会だ。
そもそも、私達は『生きて』いないので、『戦い』に赴いていないときは、時が動かない。
ただ、たまに休息中の戦士たちは、特別に用意された世界で親睦会を開いたり、スキルアップのための講座を受けたりもできる。私達は転生の列から外れているから、スキルアップと言っても、どんなに学んでも、それで何かをなすことはできない。どうしてもこの境遇から離れたくなったときは、女神たちが所有する『物語』の世界の住人として生きていくという道があるにはある。ただし、『物語』の世界というのは、『生きている人間の現実』と違って、あくまで『主人公たち』のための世界だ。脇役には大きな成功も幸福も訪れはしない。それでも、戦いに疲れた戦士たちは、ひっそりと物語の影に埋もれて生きていくらしい。
「理奈、だよね?」
突然、肩をピッタリ寄せる様にやってきた男を見上げると、見覚えのある端正な顔。
「えっと、玲人?」
「正解」
ニコッと、玲人は笑った。『トキメキらぶ』の時の『玲人』というより、『川霧秘宝伝』のときの『廉次』の風貌に近い。年齢は二十七才だから、高校生より、忍者のほうが、面影が近いのは当たり前かもしれない。
居酒屋風の座敷に今回集まったのは、十人ほど。徹の話では、少ない方らしい。
「やっぱり、思ったとおりの女の子だった」
玲人はそう言いながら、私のコップにビールを注ぐ。
「や、私、飲めないので」
私がそういうと、玲人はほんの少しだけでやめてくれた。
いや、そもそも、生きていないのだから、二日酔いとかアルコール中毒とかの心配はないのだが……酔うことはできるらしい。そして、アルコールの強さは『生前』と変わらないという話だ。
ちょっと残念である。私は下戸であったので、『イケル口』という『大人のイイ女』というものに、憧れがあった。飲めない人間は死んでも飲めないという現実は、少々悲しい。
「理奈、気を許し過ぎるな」
ムッとした声で、テーブルの向こう側の徹が私を睨む。
「親睦会ってのは、交流するためのものだ。腹を探り合うためのモノじゃないよ、徹君」
いくぶん、上から目線で玲人はそう言った。まあ、徹の生態年齢は二十一。普通に考えれば二十七の玲人は目上の人間だ。
「俺たちは、憎しみ合って戦っているわけじゃない……それは、女神も同じことだ」
玲人の言葉に、徹はそっぽを向いた。
「そうね。実際、この前は、徹より玲人のほうが私を心配してくれたし」
私は軽く首を振ると、玲人の目が厳しくなった。
「どういうこと?」
「勝負にこだわりすぎってこと」
そう言って、私はゴクリと、ビールを口にした。
さすがにカオスの雫解除で文句を言われたというのは、黙っておいてあげることにする。ここには、テンプレーナ様の他の戦士もいて、徹のこれからの信用問題になるからだ。
「ふーん。俺は勝負より、理奈にこだわりたいけどな」
歯が浮くような言葉を口にして、玲人の手が、私の膝の上におかれた私の手の甲に触れる。胸がドキリとして、顔が真っ赤になった。
「からかわないでよ」
玲人の外見から見て、生前は随分モテたのだろうと思う。私のような恋愛経験のない女は、免疫がなさ過ぎて、社交辞令だろうに、クラクラしてしまう。
「からかってないさ。理奈に会って、俺、どうしてこちら側なのかって、初めて悩んだ」
玲人の目に私が映る。酔ったのか、と思うくらい動悸がしてきた。
「疾風が暴走しはじめたのに、手が出せなくて悔しかった」
「あ、いや、でも。たいしたことなかったから」
私はドギマギしながら視線を落とした。目の前の徹は、ムッとした目で睨んだまま何も言わない。玲人はさらに身体を寄せてきて、体温を間近に感じた。
「玲人、口説いたって、虚しいからやめなさいよ」
コツンと、玲人の頭を沙也加さんがこついた。
「酔わせたって、どこかに連れ込めるわけでもないし。会話できるのは『親睦会』だけよ? デート一つできないンだから、恋愛ごっこは不毛でしょ」
随分とドライなお言葉で、彼女は私と玲人の間を割って入った。
「なんだよ、沙也加、邪魔するな」
不機嫌な玲人の言葉を気にした様子もなく、沙也加さんはくすりと笑った。
「辰朗が蕎麦を打っているの」
小さな声で私の耳元で囁く。
「え?」
びっくりした私をみて、沙也加さんはニコリとした。
「山城辰之進、って言えばわかるかな?」
「うわっ! 本当ですか!」
私は思わず声をあげた。あのお蕎麦がまた食べられる! と思ったら、心が浮き立った。
「……沙也加、てめえ」
不満げな玲人に沙也加さんは「辰朗に借りがあるのよねー」とにっこりと微笑み返す。
「蕎麦、できましたよっ!」
大きな声で座敷に入ってきたのは、山城辰之進と酷似した、三十歳の辰朗さん。辰之進より、やや渋い。辰朗さんは私の顔を見て目を丸くする。
「りんちゃん?」
「はい。理奈です。また、お蕎麦が食べられるなんて、来てよかったです!」
「や、僕もまた食べてもらえるなんて嬉しいよ。理奈ちゃん、思っていた以上に可愛らしくてびっくりした」
カオスリーンの戦士の男性は、リップサービスが上手い。
私は照れながら、ざるそばのせいろを受け取った。
「いただきます」とそう言って、私は蕎麦を口にする。口内に広がる蕎麦の香り。
つるんとした触感も素晴らしい。
「おいしい!」
思わずうっとりと呟く。そんな私を玲人が恨めしそうに見た。
「残念だな。結局、理奈は食欲なのさ」
ぼそりと、徹が玲人に向かってそう言った。
「美味しいものは正義なの!」
私がそういうと。
「理奈ちゃん、最高!」
辰朗さんが嬉しそうに笑ったのだった。
次回は、三回戦です!
内容は未定です。