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テンプレートは好きですか?  作者: 秋月 忍
一回戦 トキメキらぶ
1/16

戦いの始まり

あまり、深く考えずに、お楽しみください。

 王道、もしくはテンプレと呼ばれる数々の創作物が生み出される世界をこよなく愛する女神、テンプレーナ。

 そして、その「テンプレ」を破壊することによって生まれる『混沌』とした世界を愛する女神、カオスリーン。

 これは、無数の並行宇宙であるパラレルワールドの中で繰り広げられる、壮大かつバカバカしい、陣取り合戦の物語である。



 私は、テンプレの世界を守るために戦う、テンプレーナ様に仕える戦士、麻生理奈あそうりな。二十五の時、交通事故で死亡して、黄泉の河原の極楽船乗り場で女神テンプレーナにスカウトされた。

なんでも極楽船は老朽化が進み、極楽行きの便が減らされており、黄泉の河原は亡者であふれてしまっていた。私くらいの中途半端な善人は地獄に振り分けられると噂が流れていたから、スカウトを受けた時、否はなかった。テンプレーナ様の戦士になると、魂は「転生」の列から離れてしまい、私は麻生理奈のまま、様々な世界へと赴くと言われて、最初は戸惑ったものの、最近はこれもまた、良きことかなあと思う。

 具体的に何をするかといえば、テンプレーナとカオスリーンの二人の女神が、一つの世界を選んで、勝負をする。私達戦士は、女神の駒となって動くのだ。選ばれる世界は放置しておけば王道に物語が進むことになっている『創作物』の世界だ。そして、二人の女神の取り決めで、三つの王道エンディングが決められる。

 その三つのどれかに帰着すれば、テンプレーナの勝利。いずれの条件も満たさなければ、カオスリーンの勝利というわけだ。

我々『戦士』は、エンディング直前の物語に放り込まれ、エンディングに向かって暗躍する役目だ。

 テンプレーナ、カオスリーン、双方の戦士は、絶対に「主人公」になることはないし、王道エンディングにからむような重要キャラになることはない。たいていは「名前とセリフは一応ある」レベルのキャラになる確率が高い。戦士はたいてい、各二名。

 物語の表ストーリーが流れていない時間帯なら、作戦室と呼ばれる部屋で女神を交えて相談可能である。

 物語は、王道に流れ込むという特性から、カオスリーン側は、一つの物語に一つだけ『カオスの雫』というアイテムが使える。それを与えられたキャラクターは、王道から外れ、カオスリーンの手ごまとして動く。我々テンプレーナ側の勝利は、この『カオスの雫』を与えられた人間を見抜き、『カオスの雫』の解除(これも、使えるのは一度だけ)にかかっていると言える。


 さて、今回、私が送りこまれる世界は、少女漫画の王道、『トキメキらぶ』である。

 例によって、貧しい少女『園原亜美そのはらあみ』が、お金持ちの御曹司『常盤晴彦ときわはるひこ』に見初められ、二人が障害を乗り越えて結ばれるというのが、デフォルトである。

 この話にカオスリーンの戦士が介入することによって、どう変化するかを見極めつつ、勝利条件のいずれかへと導くのが我らの役目である。


<勝利条件>

※エンディングは学校祭である。

1.園原亜美と常盤晴彦が結ばれ、後夜祭でダンスする。

2.常盤晴彦の婚約者、長月美穂ながつきみほと無二の親友になり、二人で文化祭のアイドルになる。

3.園原亜美と幼馴染の黒沢和樹くろさわかずきが結ばれ、後夜祭でダンスする。


「テンプレーナ様、どうしてヒロインの相手が二人もいるの?」

 私は勝利条件の内容を見ながら、ため息をついた。

「だって、ヒロインちゃんは可愛くてモテるのよ。お金持ちとくっつくのも王道だけど、結局、幼馴染がいい! ってなるのも王道でしょ」

 テンプレーナ様は顔をワクワクさせながらそう言った。

「しかし、この二番のアイドルって、唐突感がないですか? これって、本当に王道でしょうか?」

 顔をしかめたのは、私の相棒、柳沼徹やぎぬまとおる。年齢は私より若くして命を落としているので二十一だが、この世界は私より長いベテランである。戦士は、世界に入り込んでいない場合は、死んだときのままの外見年齢を保っている。

「だってぇ。ヒロインちゃんが、悪役令嬢とお友達になって、二人で夢を追うって、素敵じゃない?」

「そうかなあ」

 昨今、テンプレーナ様は、王道を見失いつつある気がするのは、私の気のせいだろうか。

「それで、私たちの役は?」

 私がそういうと、テンプレーナ様は嬉しそうに、笑った。

「理奈は、亜美のクラスメイトね。徹は、学校の先生」

「私、学生より、先生がいいなー」

 私の精神年齢は二十五プラス? 年である。ティーンエイジャーになりきるのは、ちょっと辛い。

「文句を言うな。時間だ。行くぞ、理奈」

 徹がそう言って、立ち上がる。

「へーい」

 私は徹とともに、世界の扉を開く。

「いってらっしゃーい」

 テンプレーナ様がにこやかに手を振った。


 キラキラとした異空間を乗り越え、私は、教室の机の上に突っ伏した状態で目を覚ます。

 黒板に書かれた日付を見ると、どうやら、エンディングまではひと月ほどあるらしい。

 私の名前は天木理奈あまぎりな。どうやら、天木というクラスメイトは、名字しか設定になかったようだ。その場合は、戦士本人の名前が採用される仕組みになっている。

 どうやら現在、昼休みのようだ。教室を見回すと、ひとりの美少女が、数人の女生徒に囲まれている。

 美少女は、ひとめで、ヒロイン園原亜美とわかった。キラキラとした大きな瞳、サラサラで長い黒髪。キュッと結んだ唇も艶やかである。周りで取り囲む女生徒たちとは、造詣がまるで違った。

「あなた、晴彦さまに優しくされて、いい気になっているンじゃないわよっ!」

「そんな……」

 典型的ないじめである。罵っている側に、一片たりとも真実も誠意も感じられない。

 私は、首を振った。個人的にはこういうのは大嫌いだ。しかし、こーゆーシチュエーションは、残念ながら物語において必然の王道であり、余程ひどいことがない限り、私自身の介入は躊躇われる。主人公を助けるのは、ヒーローの役目なのだ。

 私はくるりと周りを見回した。ヒーローの姿は見当たらない。その代わり、ニヤニヤと笑いながら遠巻きに見ている、美少女と目があう。長月美穂だ。

「性格悪っ」

 思わず、小さく呟く。少女は、私の唇を読んだのか、クッと眉をしかめた。

「ちょっと、天木さん、何か私に言いたいことがあるのかしら?」

 彼女は不機嫌な表情を浮かべて、私に近づいてきた。

「別に」

 私は、頭を振る。

「あら、とてもそうは見えませんでしたわ」

 ふっと笑いを浮かべる。このお嬢様は、全ての人間が自分に好意を向けていないと気が済まない人種らしい。

――勝利条件のその2、大却下だな。

 私は思わず呟く。こんな性格の悪い女と主人公が親友になるなんて、あり得ない。

「長月美穂さんの、趣味の良さに茫然としていただけです」

 にっこり、私は笑い、その場を立ち去ろうとする。

 ここで、喧嘩を初めてはいけない。私は、ストーリーを是正するためにここにいるのであって、ヒロインを守るためにいるわけではないのだ。

「なっ」

 嫌味を言われて、お嬢様の顔が歪むが、私は気にしない。そのまま廊下へ出て行こうとしたら、私と入れ違いに一人の男が入ってきた。

 さらりとした茶色っぽい髪がキラキラ眩しく輝いて見えた。

「君たち、亜美さんに何をしているの?」

 優しいことば遣いとは裏腹に、怒気をはらんだ声。やっとヒーローが登場した、と安堵しながら、男の顔に目をやる。

 あれ? こいつ、常盤晴彦でも黒沢和樹でもない。なんだ?

「山岸君」

 涙で潤んだ眸で、その男の名を呼ぶ、ヒロイン亜美。

 周囲のいじめっ子たちは、興ざめしたように散っていった。たったひとことで散ってしまうとは、テンプレいじめっ子の風上にもおけぬ、根性のなさであるが、正直いじめシーンなどみたくないので、私はホッとした。

 ひとり、廊下に出てクールダウンしながら、私は脳内を検索する。

 山岸、というのは、クラスメイトの一人であるが、少しだけ造形が整っていることをのぞけば、いわゆるモブのはずである。

 本来、ヒロインを助けるのはヒーローの役目のはずなのだ。廊下を見回すと、向こうから、常盤晴彦が歩いてくるのが見えた。

――遅いっ! イベント、遅刻! ダメじゃん、ヒーローのくせに!

 私は、頭を振った。

山岸はカオスリーンの戦士、もしくはカオスの雫を与えられたキャラかもしれない。

 カオスの雫の解除は一度だけしか試みることが出来ない。間違ってしまったら、取り返しはつかないから、私の一存では出来ない。それに我ら戦士は、いわゆる端役になることになっているため、カオスリーンの戦士の可能性も捨てられないのだ。

――しばらく、様子を見るか。

 何もせずに通り過ぎていく常盤晴彦の後姿に、思わずため息をつきながら、私は教室に戻った。


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