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後編

「ちょっと待って、整理させて。牧田先生が休みなのは事実よ。でも、それがどうして平沼先生とつながるの」

 どうもこの話題は古畑の興味を引いたみたいだ。古畑は珍しく途切れ途切れに探るように言葉を発している。自分の考えを順序立てて話せるかはわからないが、できるだけ伝わりやすくしなければ。心遣いではなく、古畑が理不尽に怒り出すからだ。先に古畑をなだめておいて最初から話すことにする。

「まず、俺が牧田は出勤していないかもと思ったのは、数学の大柳がホームルームに来たのを思い出したからだ」

 大柳に忠告を受けなければ、俺が数学の宿題を気にして、わずかな睡眠時間をさらに削るような羽目にならずに済んだのに。朝見た時には何も感じなかったが、今では若干の苛つきを隠せない。完全な八つ当たりではあるが。

「牧田がホームルームに遅れることは少ない。あいつは恐ろしいほど几帳面な野獣だからな。朝の段階でいないときは大抵出張か休暇で学校には来ない」

 牧田が教室に現れなければ、ああ今日はいないのか、と少し安心しただけだろう。しかし、牧田はやってきた。それも普段は着ていないような上着を羽織った状態で。

「教室に来た牧田はダウンジャケットを着ていた。寒くても学校内ではスーツで通すはずなのに。このことに気付いた時、今日の牧田はいつもと違っていると感じた。普段の自分の行動も徹底しないなんて言うのは変だ。有り体に言えば、牧田らしくない」

「なるほどね、牧田先生の様子がおかしかったのは納得するわ。教師として学校に来なかったのもわからないでもない。休暇の予定だったけど、学校に直接連絡する用事でもできたんでしょう。そのついでに私たちの教室に寄った。だからスーツの上に服を重ねたままだった」

 きっと古畑は、ここで俺の話が平沼女史につながり得ないと発言するつもりだっただろう。詳しく説明できるほど自分に自信が持てなかったので、先手を打つことにする。

「そうなるとどうして牧田が平沼先生が休むことを伝えに来たのかという疑問が出てくる」

「だから職員室で他の先生に聞いたんでしょ。先生が学校に来たのは、偶然平沼先生から連絡があったのと同じ時間帯だったのよ」

「だが牧田はこう言ったんだ。『平沼先生にインフルエンザの診断結果が出た。だから今日の授業は自由時間にする』とな。少しおかしくないか?インフルエンザの名目で休むのは、当然診断結果が出たからだ。わざわざ結果に触れる必要はない。学校に連絡があってもインフルエンザなので休みますで終わりだろう。これじゃあまるで診察の場に居合わせたかのような口ぶりだ。だがもしも、牧田が平沼先生を病院に連れて行き、そこでインフルエンザが発覚したのならこの言い回しについての辻褄は合う」

 この考えに至ったのは、平沼女史が一人暮らしであると知っていたからだ。人妻だったり同棲してる男がいるようなら、思春期真っ只中の中学生男子といえども自制するさ。

 俺自身がインフルエンザで苦しんだ経験はほとんどないが、熱に浮かされた状態で安全に車の運転ができるとは思えない。この寒空の下を徒歩で病院まで行こうとするのは病状を悪化させるだけだ。タクシーを呼んだり、親戚のお世話になったとも考えられるが、牧田のおかしな言動があったのでその可能性はないものと判断した。古畑も多少強引なところは感じているようだが、指摘しては来なかった。

 俺の考えはほとんど言い切った。あとはこの状況から予想される結果を伝えるだけだ。決して望まぬ結果であり、あえて想像したくもないが。思いついてしまった以上仕方がない。

「以上から平沼先生と牧田は恋仲、そうでなくてもかなり親しい間柄であると言える」

 にわかに教室が騒がしくなる。男子生徒たちは牧田と並んで歩く平沼女史でも想像したのか、泣きそうな奴すらいる。しかし、一方で俺は自分でも意外なくらい影響を受けてはいなかった。だから古畑が確認のために投げかける言葉も、いつもと変わらないように聞こえている。

「つまり2人は高確率で付き合ってるのね」

 俺が声を抑えていたのに、割と大きな声ではっきりと告げる古畑。鬼か。

 教室の騒ぎはさらに大きくなった。隣のクラスの授業担当者が注意をしていった。

 そうこうしているうちに、せっかくの自由時間も終わっていた。


 後日談というか、ここが本番だったのだろうが、インフルエンザの休暇が明けて学校に姿を現した平沼女史は、主にわがクラスの生徒に取り囲まれる事態になってしまった。ちなみに牧田の方に突撃していく者はついぞ現れなかった。賢明だ、どうせ拳骨しか待ってはいまい。

 押しに弱い平沼女史が恋愛事に異常なパワーを燃やす中学生に対抗できるはずもなく、呆気なく牧田との交際を認めた。インフルエンザを発症した日は、連絡の取れない平沼女史を心配した牧田が尋ねてきたらしい。そしてそのまま病院へ直行し、インフルエンザと休暇の連絡は牧田が代行した。平沼女史が普段から家の鍵をかけない無防備な人間でなければ、牧田は合い鍵を持っていたことになるが、深くは考えないことにした。

 インフルエンザというきっかけで交際が明らかになった2人は、いまや公認のカップルとして学校内でも二人きりで目撃されることが増えた。関係を隠している内はできなかったこともいまならと、社会の授業で惚気る平沼女史の姿に、男子は牧田を呪わずにはいられなかった。

 流行の時期は過ぎたらしく、風邪やインフルエンザで授業がつぶれることはなくなった。もしも自由時間が与えられるならば、牧田に爆弾でも投げつけてやりたいが、大人の事情に首を突っ込まずに素直に祝福するべきなのだろう。

 古畑が俺になにか言葉をかけてきた気もするが、よく憶えていない。


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