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中編

 古畑の説明によれば、平沼女史のお見舞いに行く人数で揉めているらしい。男子はできるだけ大人数で行きたがり、女子は最低限の人数で済ませたい。これは別に女子が薄情なわけではない。女子の主張は気遣いの表れだろうからな。

「なんでだよ、みんなで行った方が浅子ちゃんも元気になるって!」

 男子筆頭の後藤が声を荒げる。ここで残りの男子たちも追従するかと思ったがそうでもない。取り巻きは女子の方が多いし、なによりこいつらのトップは古畑だ。旗色が悪いと感じているのだろう。しかし、だとしたら。もしかして、後藤の意見が変えられないだけで揉めているのか。古畑の方を窺えば嫌気がさしたように首を振った。どうやら思ったとおりらしい。曖昧な態度をとるからつけあがるんだ。まあ、後藤の頑固さは皆の知るところだが。こいつを納得させるにはきちんとデメリットを叩き付けなければ。

「もしもみんなで行ったら、平沼先生は泣くかもしれないな」

「そうだろ、絶対感動してくれるに違いない。ほらみんな、宮島もこう言ってるんだ」

 古畑、俺を睨むな。まだ話は終わっていない。

「違う。感動して泣くわけじゃない。自分がインフルエンザに罹っているのに生徒と関わって、万が一にもそいつが発症して休んだら、平沼先生の性格ならば泣くと言ったんだ」

 感染経路なんて複数あるので、平沼女史がうつしたかどうかの判断はできないが、彼女はきっと自分を責めるだろう。そういう人だ。後藤は途端に暗い顔になる。女子たちはこのくらい当然把握していたようで、後藤をたしなめ始めた。結果的に集中砲火を受けることになった後藤は気の毒だが、助けるつもりはない。何を気楽に浅子ちゃんなどと呼んでいるんだ。いくら調子のいい奴だからといって、平沼女史を名前呼びとは恐れ多い。後藤は平沼女史の負担になりたくないと意見を撤回した。


 これで揉め事の原因はなくなったな。古畑が自分で泥をかぶる役を演じたくないために、俺にその役が押し付けられるとは面倒なことだ。だが授業時間はまだ20分ある。もう一眠りはできそうだな。手を振る古畑から背を向けて自分の机へと歩き出す。すでに後ろの女子たちは代表者を決めたり、お見舞いの品選びを始めたようだ。姦しいものだ。寒いから温まるものがいい、訪問する人も防寒対策を忘れずにと実に計画的な声が聞こえる。

「ちょっと待て」

 なにかおかしくないか。どこかで感じた違和感、そうだ牧田が教室を訪れた時だ。平沼女史の休みを告げてすぐに去って行った姿。俺はなぜ見慣れたあの後姿と磨りガラス越しのシルエットに違和感を感じたのか。振り返って古畑を見る。古畑は少し驚いた様子だが、話を促すように顎を上げた。理解が早い。

「今日は寒いよな」

「何を当たり前のことを」

 一転して呆れ果てたような口調を向けられる。当然だ、自分でもおかしなことを尋ねた自覚はある。だが確認しなければ、俺の思い違いである可能性は残る。

「牧田はいつもスーツで教室に入ってくるよな」

「外で何か羽織っていても学校の中では脱ぐからね」

 間違いない。俺の中にあるイメージと普段の牧田にズレはない。

「今日はダウンジャケットを着たままだったんだ。ほら、平沼先生の休みを伝えた時だ」

 古畑はそうだっけと思い出そうとしているようだが、先に取り巻きの女子が反応した。確かに黒のダウンジャケットを着ていた、と。だが特に違和感は感じていないようだ。すぐにお見舞いの話の輪に戻っていく。俺だってただの教師が上着を羽織ってきたくらいではおかしいと思ったりはしない。学校の中でも廊下は寒いし、理科準備室などは外より冷えていることもある。しかし、トライアスロンの大会だとかに参加して、極寒の海でのスイムさえ軽々こなしてしまうような牧田なら話は別だ。体力と根性は常人をはるかに凌駕している。まして自分の定めたルールを破るような人間でもない。つまり今日の牧田は教師として教室に来てはいなかったのだ。

「古畑、今から職員室に行って、牧田が今日出勤しているか確認してきてくれないか」

 あくまで古畑個人に向けた要望だったが、即座に取り巻きたちが妨害に入る。自分で行けという意見が多いな。俺が職員室に行ってもかまわないが、問題はあるのだ。

「いいよ。宮島が職員室に行くのは呼び出しの時くらいでしょ。突然現れたら先生たちも不審に思うわ」

 そう、俺が自ら職員室に足を運ぶことはない。あるとすれば、課題の提出を忘れたり、意図的に課題をさぼった時だけだ。だから、職員室で訪問の理由を尋ねられると上手い言い訳が出せない。勉強関連の質問などもっていったらカンニングを疑われる危険性さえある。古畑は取り巻きが動くのを制止して、教室から出ていく。残った俺は嫌な視線に晒されたが、古畑ほど教師受けの良い人物はこの中にいない。奴なら嘘八百あることないことでっち上げて、容易に目的を達成してくるはずだ。


 ほんの数分後、少し乱暴に教室の戸が開かれる。ガラガラという例の不快音を出しながら。もちろん入ってきたのは古畑だ。早歩きで戻ってきたのか少し息が上がっている。

 そしてまっすぐ机の元まで来ると両手を天板に叩き付けた。

「牧田は休暇になってたわ。どういうことなの?」

 やはり出勤していなかったか。どうでもいいがお前はいつも教師に敬称をつけるだろうに。焦って地が出ているぞ。一人で納得する俺が気に食わないらしく、古畑は机から身を乗り出して急かしてきた。

「お見舞いは中止にするべきかもな」

 前触れなく話題が牧田の話からお見舞いに話が変わって、古畑も周りのクラスメートもこちらを向く。今まで積極的にはかかわってこなかったクラスメートたちも、どうやらやることがなくて聞き耳を立てていたようだ。あまり大人数に聞かせるような内容でもないので、少し声量を落とすように心がけて話し出す。

「確証はないが、平沼先生の家には牧田がいるかもしれない」


 

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