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明音は目をこすりながら言った。
「円と私、仲いいにもほどがあるでしょ、同じ人・・・しかも、バツイチで一回り以上年上の上司だなんて! ・・・キックオフの時、沖野さんとしゃべってる円を見た藤代さんの顔みて、なんか吹っ切れたよ。 あんた、どんな魔法使って藤代さんをメロメロにしたの?」
「メロメロだなんて・・・。」
円もおしぼりを目にあてると頭を下げた。
「明音、ほんと、ごめん! あの日、言えなかった・・・怖くて・・・。 歓迎会で傷なめあったのは本当・・・そこで気が合って・・・でも、お互い好きって言葉は一度も使ってなかったの・・・。 ごめん、明音・・・ごめん・・・。」
顔を上げることのできない円を明音が軽く叩いた。
「ほら、もういいってば。 飲むよ! すいませーん、レモンサワーお代わり!」
明音と円は潤んだ目のまま久しぶりに笑ってグラスを重ねた。
「気をつけてね!」
「うん、おやすみ!」
一時間ほど明音と飲んだ後、明音と別れて改札を入った円はそのまままっすぐ藤代の家へ向かった。
マンションが近づいてきたので電話をかける。
もう自分の気持ちが溢れてきて抑えきれなかった。
3コールで藤代が出たが、自分はしばらく電話を拒否していたくせにたった3回のコールが長くて待ちきれなかった。
「木元?」
藤代が穏やかな声で応対してくれて、円は思わず言葉に詰まった。
「・・・木元、どうした?」
もう一度名前を呼ばれて、円はなんとか声を出した。
「藤代さん・・・木元です。 夜分すみません。」
なんとか小さく深呼吸すると、円は言葉をつなぐ。
「お電話もらってたのに出なくてごめんなさい。 あの・・・色々あったけど整理ついて・・・あの・・・今、顔見たいです・・・会いに行っていいですか。」
最後は思わず泣きそうになって円は電話を握ってうつむいた。
「え? ちょ・・・ちょっと、お前今どこ?」
焦った藤代の声に円は涙を我慢して答えた。
「もうすぐ藤代さんのマンション・・・。 あの・・・。」
「待ってろ、今降りるから!」
まだ言い訳をしようと思ったのに、藤代は投げつけるように言うと電話を切った。
円は流れ落ちた涙をぬぐってゆっくりとマンションに向かう。
もう11時近いというのに、マンションの前には行きかう人が数名いた。
エントランスから少し離れて立っていたら、中で人影が揺らぎ藤代が出てきた。
「ふじ・・・。」
「隼人! よかった!」
ドアを開けた藤代に声をかけようとしたら、エントランスの前でスマホを触っていた女性が藤代を呼んで藤代の腕にすがりつく。
「え・・・和美? お前、なんでここにいんの? さっきここからかけてたのかよ・・・あ・・・。」
その女性が和美だとわかるのに時間はかからなかった。
流れそうになった涙も一気に引っ込んで円はどうしたらいいのかわからずその場に立ちすくむ。
和美は藤代にすがりついたが、異様な雰囲気を感じたのか振り返って円と目が会った。
「え? 木元さん、なんで? ・・・え、もしかして隼人って木元さんと付き合ってんの? うそ・・・でしょ?」
和美の声に円は鋭く反発した。
「違います! 私、藤代さんと付き合ってません。 ・・・ちょっと話があっただけで・・・あの・・・こんな非常識な時間にすみませんでした。」
会釈をして踵を返そうとすると、藤代が走ってきて円の手を引いた。
「待て、待って、木元! 帰るな、ここにいて。 ・・・和美、悪いけど出直して!」
「・・・や、帰る、放して。 ・・・ここにいろなんて無理・・・ごめんなさい。」
円は涙目で藤代を見上げると、藤代が怯んでつかんでいた手を放した。
「ちょ・・・木元さん、ちょっと! なに、隼人、どうしたっていうの!」
和美のセリフを背後に聞きながら円は小走りにその場を立ち去り、目の前の大通りでタクシーに飛び乗った。
「・・・森野塚の駅まで。」
3000円コースだな・・・と思いつつ、円はシートに身を沈めてため息をつく。
もう・・・色々ありすぎだよ・・・。
円はタオルで涙を押さえると15分ほど走って駅でタクシーを降り、躊躇したけれどそのままソレイユに向かった。
ドアを開けると陽菜の笑顔に迎えられる。
・・・今日は泣かない。
円はひきつった笑顔を浮かべると、黙って窓際の席に座った。
すかさず亮一が黙ってワインを持ってくる。
「円、今日はどうした? 奥がよかったら部屋使っていいぞ?」
年上の幼なじみの温かい対応に円はまた泣きそうになる。
「うん、今日はいい! 今日はここでワイン飲んで、クールダウンしてから家帰る。 リョウくん、ミックスナッツもちょうだい!」
円がそれでも涙目で言うと、亮一が円の頭をポンッとたたいてグラスを置いた。
「のんびり飲めよ。 今日は人少ないから落ち着いたらカウンターおいで。」
円はうなずいた。
亮一がミックスナッツを置いて姿を消してから、しばらく円は一人でこれまでのことを考える。
・・・藤代さんってモテるんだな。
沖野さん、別れたけどまだ藤代さんのこと好きなんだ。
『隼人』と叫んで藤代にすがった和美の姿が目に焼き付いていた。
子供さんも復縁望んでるみたいだし、お邪魔だな、私。
・・・好きにならなきゃよかった、あんな人。
円はまた視界が滲んできておしぼりを目にあてると電話が震えた。
藤代からの着信で、周りに人がいないのを確認して円がボタンを押す。
「はい・・・。」
「木元、お前どこにいるっ?」
藤代の切羽詰った声が耳に届いた。




