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コンビニに着いた円が軽くパンでも食べようかと店内を移動したら、荷物を持った和美に会った。
「あ、木元さん。 さっきは賑やかでごめんね! 足、大丈夫?」
そう言えばさっき躓いたことにしたな、と思って笑ってみせる。
「大丈夫です。 最近足腰弱くて!」
円の年寄りくさい発言に和美が笑った。
「藤代と同じグループだったんだね。 あの人、仕事できるでしょう?」
『藤代』という言い方になぜか円は胸が痛んだ。
「はい、部下もたくさんいるのにちゃんとみんなのこと把握してくださって、すごいと思います。 っていうか、藤代さんの元奥さんって沖野さんだったんですね。 知らなかったからびっくりした。」
思わずそんなセリフを吐いてハッと口をつぐむと和美が苦笑いした。
「そうなの、離婚は去年だけどその前から別居しててね。 別居や離婚も隠してないからけっこう知ってる人多いみたい。 でもねえ・・・もう戻れないと思って別れたし別れてせいせいしたはずなのに、最近ちょっと後悔してんの。 子供も父親大好きだからさ、ちょっとアピールしてんのに冷たいわ、アイツ。」
和美の突然の告白に円はまた血の気が引いた。
「そうなんですか・・・。」
何か言葉を繋ごうとしたら和美の電話が鳴った。
「あ、私だ。 じゃ、今回のプロジェクト、よろしくね!」
明るく笑うと和美は電話を耳に当てて店を出て行った。
沖野さん、藤代さんにまだ未練があるんだ・・・。
明音だけでなく和美もまだ藤代のことが好きで、そして、自分も・・・。
円は食欲がわかず、しばらく店内を物色した後でドーナツを買ってさらに外を歩いて時間をつぶし、休みの終わる5分前に戻ると席でドーナツをかじった。
明音がちらりとこちらを見たが、そのまま気づかないフリをした。
午後の仕事も忙しく過ぎ、その日は逃げるように自宅に戻った。
藤代から深夜に2回着信があったが出なかった。
・・・考えることが多すぎる。
人を好きになるってこんなしんどかったっけな。
円はごろごろと布団を転がったが、少し眠っては目覚めて寝不足のまま朝を迎えた。
・・・とにかく、仕事にうちこもう。
その日も明音はメールでランチを断ってきた。
「円、今時間ある?」
結局明音と一言も口をきかないまま不自然な一週間を終えた円は早々に帰宅して、珍しく三人そろって食事を終え、食器を食洗機に入れているときに明音から電話がかかってきた。
ちらりと時計を見ると、まだ9時前だった。
「あるよ・・・。」
円がそこで口ごもると、明音が続けた。
「今、『さくらどり』で飲んでるの。 来れない?」
「え? さくらどりで?」
二人がよく行く地鶏のおいしい居酒屋に呼び出されたが、明音は少し酔っているようだった。
何を言われるのかわからないが、断る筋ではないと思った。
「わかった、これから着替えて出るね。」
円はさっと服を着替え、母親に出かけると告げると母が笑った。
「若いねえ、円、いくら金曜日だからって。 まあ、適当に帰っておいで。」
円は軽くコロンを振って靴を引っかけたところで車のキーを握った奏が出てきた。
「姉ちゃん、出かけるなら駅まで送るわ。」
「え? いいの?」
珍しく奏が声をかけてくれた。
「うん、じゃあ、甘えるわ。」
二人で家を出ようとすると、母親が奥から叫んだ。
「マー、飲みすぎちゃだめよ! カナ、ついでにチョコアイス買ってきて!」
「はいはい!」
アイスクリームの好きな母親の声に円と奏が返事をして、二人は奏の車に乗った。
「・・・明音ちゃんだろ? 殴り合いとかすんなよ?」
けっこう真剣な声でボソッという奏に円が吹きだす。
「ケンカなんてしないよ・・・ちょっともめてるっていうか、同じ人好きになって気まずいだけ。」
素直に告げた円のことを奏がチラリと見た。
「藤代さん?」
「うん。」
隠すことなく円が頷くと、奏がくすっと笑った。
「何?」
「いや、いい人だもんな、藤代さん。 モテるんだ。 まあ、頑張れ。」
「他人事だね、カナ。」
弟はそれ以上何も言わなかった。
「・・・じゃ、ありがとう。」
「気をつけて。」
奏が珍しく笑って手をふった。
円はなんだか嬉しくなって自分も手を振った。
電車を降りて店に入ると、端の方のテーブルに明音がいた。
「円!」
軽く手を振る明音の向かいに座ると、焼酎のロックグラスが目についた。
その円を見て明音が小さく笑う。
「ああ、それね。 さっきまで筒井つかまえて相手してもらってたから。 何飲む?」
さらりと言うと明音がやっと円をみた。
「うん、ビール。」
円が注文して手を拭いたりしているとすぐにジョッキが届いた。
明音が自分のサワーを持って円のグラスにぶつけた。
「乾杯。 で、完敗。」
「え?」
明音のセリフに円が詰まると明音が弾けたように笑った。
久しぶりに見る親友の笑顔に、飲んでもないのに円の視界が滲んだ。
「もう私の負け、降参、って言ったの! すっごい円に腹立ったけど! 藤代さん好きなくせに内緒にしてたこととか! 特に私が好きだって言ったあと二人で飲んだこととか! でも、仕方ないことだってやっと整理ついたから! もう好きにしたらいいよ! あげるわ、あのオジサン!」
明音も軽く目を拭って吐き捨てるとサワーをぐいっと飲む。
「あか・・・ね・・・。」
円が思わず涙を流すと、明音が思いっきりあっかんべーをした。
「大っ嫌い、円! だーいきらいっ!」
泣き笑いの顔で明音が言った。




