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「あ、じゃ、木元さん、あとでね。」
「はい。」
藤代が入ってきたので和美を初め全員が席に着き、円も自分の資料を置いた席に戻った。
藤代はちらりと円を見ると、そのあと全員見渡して挨拶をしてプロジェクトの内容を話し始めた。
プレゼンの資料は藤代が自ら作ったもので、なかなかの出来だ、と円は少し上から目線な感想を持つ。
みんなが資料や画面に目を走らせながら藤代の説明を聞いていた。
「・・・ということで、今回のコンセプトは、『オトメの休日』だそうです。 ・・・誰が考えたんだよ、すごいキャッチだな。」
藤代がげんなりした顔でつぶやいて場がどっと笑う。
円もプレゼン資料を見ながら思わず吹きだした。
「・・・一人暮らしを楽しむ社会人の女性がリラックスできるものを、ということで、エアコン、冷蔵庫、掃除機、空気清浄器、スチーム美顔器、それから、少人数向け食洗機。 中途半端といえば中途半端ですが、これだけの製品をシリーズとして売り出します。 色使い、フォルム、使い勝手など、可愛さと実用性重視で進めていきますので、そのつもりで。 基本的には既存品に手を加えればいいと思いますが、エアコンは大幅に手を加えます。 チーム原田はおそらくエアコン専任になると思うので覚悟してください。 短納期なので、設計と図面にはグループ会社のジー・デザインさんに入ってもらいます。 ロケーションは離れていますが協力してよろしくお願いします。」
藤代がまだプロジェクトの説明を続ける。
円は今呼ばれた「チーム原田」に属しており、藤代もこちらに絡んでくることが多いな、と、担当表を見ながらため息をつく。
明音は別のチーム配属だった。
同じプロジェクトに、私と、明音と、藤代さんと、藤代さんの元奥さん。
なんだか、胃が痛くなってきた・・・。
円はもう一度ため息をついた。
「・・・では、本日のキックオフは終了します。 書記は筒井さんが担当しましたので本日中に回覧します。 加筆、訂正は遅くとも水曜日までに筒井さんに申し入れ今週末に議事録を正式登録します。 コメントは早めにメールで筒井さんまで。 その際、必ず私にcc落としてください。 お疲れ様でした。」
「おつかれさまでしたー!」
ちょうど昼前にキックオフが終わり、藤代のクローズの声に全員の声が続いて、わらわらと場が崩れた。
円が立ち上がると、明音が目線をそらせたまま声をかけてきた。
「円、私用事あるから今日はランチパスね。」
まさか声をかけてくると思っていなかったので円が思わず固まると、明音は同じチームの女性の先輩と並んで部屋を出ていく。
円がもたついていると、たくさんの資料を抱えた筒井が円のほうを見た。
「円、持って帰るの手伝って。」
「あ、うん。」
二人は会議の内容について雑談しながら資料を持って部屋に向かった。
「あ・・・。」
「おっと・・・。」
廊下で人とすれ違った時に円の手から資料が風圧で飛んだので、二人で足を止めて書類を拾おうとしたら、近くの自販機コーナーから声が聞こえてきた。
「・・・から、なんでお前が泊りにくるんだよ!」
「だって、雅樹が修学旅行でいないんだもん、一人で家にいるのもさびしいじゃん。 たまには相手しなさいよ、隼人。」
和美と藤代が言い合っているのだ、と気づいた二人は思わず顔を見合わせる。
「もう他人だろ、和美とは。 鍵かけるから来ても無駄だから。」
藤代の声が途中からくぐもったかと思うとガチャン、とドリンクの落ちる音がした。
「雅樹から合鍵借りてコピーしたし、大丈夫。 ね、今夜一緒にいてよ。」
「は? お前、オレの家の合鍵持ってんの? バカ、返せよ!」
合鍵・・・何度か家に上がったことのある円は一気に血の気が引くのを感じた。
元奥さんが合鍵持ってたの・・・私がいるときに奥さんが・・・沖野さんが来なくてよかった・・・。
予想以上にショックは大きく、円は思わずフラッとよろめいて資料を胸に抱いたまま壁に手をつくと筒井が慌てた。
「円、どうした? 気分悪い?」
筒井の声に二人の声が止んで、奥まった自販機コーナーから二人が並んで出てきたので円はなんとかまっすぐ立った。
「木元? どうした!」
円を思わず呼び捨てにした藤代のことを筒井がちらりと見やったが、円は笑って答えた。
「ごめんなさい、躓いただけです。」
和美が手に持った煙草を気にしながら、少し気まずそうに円を見た。
「やだ、木元さん、うるさくてごめんね。 これ吸ったら帰ろう、っと。 ・・・隼人、あとでメールするわ。」
藤代と筒井が心配そうに円を覗き込む姿を見て、和美は煙草の灰を気にしながら中に入っていった。
「持つよ、木元さん。」
藤代が手を伸ばしてきたけれど、円は少し体を交わした。
「大丈夫です。 行こう、筒井。 お先です。」
不自然に会話を切って円が歩き出すので筒井も着いてきた。
筒井はしばらく黙っていたが、円の隣まで歩を進めて言った。
「・・・お前、藤代さんのこと好きなの?」
筒井のセリフに思わずカッと頭に血が上ったけれど、円は必死で自分を抑えた。
「いい上司だよね。 一緒にプロジェクト組めてうれしいよ。」
筒井は一瞬黙ったが、それ以上は突っ込んでこなかった。
筒井の近くのテーブルに資料をどさっと置くと、円は筒井に向かって笑った。
「ここ置いとくね。 議事録お疲れ。」
筒井の視線を感じながら、円は席に戻る。
・・・沖野さんと夫婦だったんだ・・・。
藤代が席に戻ってきたけれど円は顔を上げることができず、とりあえずコンビニへと向かった。




