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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
木元円の場合
96/308

-16-

支払いを済ませて駅に向かうと、まだ隆臣の働く「パティスリー・ナガセ」は21時閉店なので当然開いていた。

信号待ちでちらりと店内を見ると、隆臣が女性客二人と何やら話し込んでいる姿を見つけた。

知合いなのか、それともファンなのか?

元々人懐っこい隆臣は、中でケーキを作るよりホールスタッフの方が似合うのではないかと思いながら円はわざと各駅停車に乗って帰った。

駅に降り立ち、予定よりずいぶん早いがソレイユに立ち寄ると亮一も陽菜も驚いた顔で円を迎えた。

「マーちゃん、カウンター座る?」

陽菜の声に頷くと円はカウンターの端に座って隣のスツールに荷物を置いた。

「いつもの赤か?」

亮一の声にまた頷くと、円はじっとカウンターの端に飾ってある奏の描いたイラストの入ったフレームを睨む。

亮一がグラスを円の目の前に置いてくれた途端、ぽろぽろと涙がこぼれた。

「・・・会って来たか、友達と。」

亮一が余分におしぼりをくれたので、遠慮なく目に押し当てる。

「うん・・・。」

自分の声が頼りなくてびっくりしながら、円はおしぼりを強く目に押し当てた。

「怒って帰っちゃった・・・。 もっと言い方あったかも・・・。」

円が涙をぬぐいながら顔を上げると、亮一と陽菜が並んでこっちを見ていた。

「でも言えたんだ。 頑張ったね、マーちゃん! えらかった!」

陽菜が大げさに褒めて軽く髪を撫でてくれたのが心に沁みて、円はまたぽろぽろ涙をこぼすと陽菜が目に見えて慌てた。

「陽菜、落ち着くまで奥に通してやって。」

「うん。」

亮一が陽菜に声をかけると、陽菜がカウンターから出てきて円をそっと抱えた。

「休憩室あるの。 ワイン持ってくね。」

「バカ、こぼすから後で取りに来いよ!」

「えー? はーい。」

二人の会話がおかしくて軽く吹きだしながら円は陽菜に連れられて休憩室に行った。

円を小さなソファに座らせて陽菜は椅子に座った。

「陽菜さん、・・・私、明音に言ってきた・・・。 私も藤代さん好きだって。 黙っててごめん、って。 で、明音にね、自分が藤代さんのこと好きって言った後に二人で会ったりしたか、って聞かれて、正直に会ったって言っちゃった・・・。 あれは・・・嘘ついてもよかったかも・・・全部正直に言って自分が楽になろうとしちゃった・・・。」

円は周りを気にしなくてよくなったので泣きながらそこまで言うと、陽菜がまた言った。

「頑張ったね、マーちゃん。 嘘つくのも一つだし、隠さず言うのもどっちも正解だよ。」

円は急に不安に襲われて顔を上げると陽菜にすがりつく。

「明音ともう友達でいられないかな? ずっと一緒に頑張ってきたのに・・・藤代さんのこと、好きにならなかったらよかった・・・でも、止めようと思っても、なかったことにできなかったの!」

円が泣くと陽菜がギュッと円を抱きしめてくれた。

「その通りだよ。 誰かを好きになる気持ちなんてコントロールできるわけない。 大丈夫、時間がかかってもきっとお友達とまた話せるようになるよ。」

円はしばらく泣いて、その日はそのまま家に帰った。

奏は出かけているようで、家には誰もいなかった。

円は電話の電源を切ると、服も着替えずベッドに横になった。

睡眠不足が続いていたので、あっという間に眠りについた。


週末は何をするともなく過ごし、月曜がやってきた。

明音と同じフロアなので顔を合わせる時どうしようかと思いながら出社すると、いつもは円より早く着く明音がまだ来ていなかった。

ちらちらと明音の席を気にしていたら、始業ギリギリに明音が飛び込んできた。

周囲と挨拶をする姿は特に変わったところはないが、こっちを全く見なかった。

・・・お昼は別々・・・かな。

そんなことを考えていたら、筒井に書類で頭を叩かれた。

「何、誰睨んでんの、お前?」

筒井に言われて慌てて円は自分のデスクへ向かう。

「睨んでないよ、うるさいなあ!」

筒井はケラケラ笑った。

「10時からキックオフだろ。 な、図面部隊に藤代さんの元奥さんいるらしいよ? オレ面識ないんだけどな。」

「え?」

突然の筒井のセリフに円は思わず固まった。

「あ、筒井さん、保留2番に山村さんからお電話でーす!」

「あ、はい!」

筒井は軽く円に手を振ると席に戻って行ったが、円はまだ動揺が続いていた。

・・・プロジェクトに藤代さんの元奥さんがいるの・・・?

名前を知りたいと思ったが、円にも電話が入ったりしてそのまま時間がきた。

明音が席を立ってしばらくして、円は階段で会議室に行く。

すでにグループ会社のメンバーは席に着いており、円は数名に挨拶すると最後に挨拶した知り合いがそのまま話しかけてきた。

「久しぶりね、木元さん。 リストに名前あったから、あー、って叫んだよ。」

沖野和美おきのかずみという、主に図面を担当するグループ会社の社員が笑って言った。

「私も沖野さんの名前見つけて懐かしいな、って。 よろしくお願いします。」

前にプロジェクトで一緒になったのだが、さっぱりした性格の先輩で円も可愛がってもらった。

「まあ、まさか私が呼ばれると思わなかったけどね。 元ダンナがプロマネのジョブによくぞ投入してくれたもんだよ!」

和美がそう言って笑って、円が思わず息を飲んだ。

その様子を勝手に解釈した和美が笑った。

「びっくりだよね。 ま、隼人の方がやりにくいと思うけど。」

・・・藤代さんの元奥さんって、沖野さんだったの!

円が固まっているところへ藤代や筒井が入ってきた。

「おはようございます。 あ・・・お・・・?」

藤代が微妙な表情を浮かべ、和美が軽く手を振ったので円も会釈した。

右の視線の隅で明音がこっちを見ていた。

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