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ソレイユで珍しく全員集合した後、陽一郎と三人で帰宅し円はとりあえず自分の部屋に入った。
奏と陽一郎は飲みなおすつもりか、下から声が聞こえる。
カレンダーをぼんやり見ながら円は明音の顔を思い浮かべた。
同期入社は10人ほどいたが、理系の女子は円と明音の二人だった。
チームは違うものの二人は同じ研究開発部に配属されたこともあり、同期では一番仲のいい友達だった。
少し強引なところのある明音は、決して気が弱い部類でない円とぶつかることもあったが、大きなもめ事もなくそれなりに仲良くしてきた。
・・・それが、ここにきて同じ人を好きになって・・・明音はそれをカミングアウトしてるのに私はまだ隠していて・・・それどころか、藤代さんからの好意を明らかに感じているのに黙っているなんて・・・。
円は無意識に頭を抱える。
社内で新しいシステムを導入することとなり、来週は関係部署の担当者が研修を受けることになっていて明音もそれで出ずっぱりであることをふと思い出した。
・・・話、しよう。
円は深夜とは思いつつ、来週金曜日に明音と飲み会の約束を取り付けた。
翌週は自席で昼食を食べていたら、木曜日に藤代にランチに誘われた。
藤代は他の男子社員や女子社員と昼食に出ることもあるので一緒に行ってもおかしくないのだが、一瞬躊躇した。
しかし、みんなの前で誘われたこともあって断るのも悪いかと思い、一緒にエレベーターに乗る。
二人で行ったのは、社員があまり行かない穴場のすし屋だった。
「ここは握りランチが美味しいよ。」
「じゃあ、それにします。 めったに来ないです、ここ。」
一応敬語で喋ると藤代が笑った。
「・・・なんだか久しぶりだね。 ごめん、今日はちょっとのんびり木元の声聴きたかったんだ。」
店内に社員がいないことを確認したあと、まるでお酒でも飲んでいるかのようなセリフに円が驚いたと同時に胸が熱くなる。
「声なら・・・けっこう聞こえてるくせに。 私の声うるさいって、丸山さんにも叱られるくらいなんだもん。」
藤代より遠い席の課長の名前を出してそういうと藤代が苦笑いした。
「これ以上オレに言わせる気?」
藤代のセリフに円が赤くなった。
「伊藤さん、今週はシステムの研修だったね。 あれ、導入したら大変だよなあ。 オレ的には決して改善にならないと思うんだけどな。 むしろ、改悪?」
「わ、言ったね! まあ、私もそう思う!」
二人は差しさわりのない話をしながら寿司を食べ終わり、ぎりぎり間に合うくらいの時間に店を出た。
藤代が払うと言うのでごちそうになる。
会社へ帰る道で藤代が明るく言った。
「待てなくてごめんな、木元。 充電したからもう大丈夫、焦らずやらなきゃなんないこと、片づけて。」
「はい・・・。」
藤代と一緒に事務所につくと円はうつむいた。
・・・明日、明音と飲む・・・。
席に戻る直前、藤代が軽く円の肩をたたいてから席へ歩いて行った。
触れられた右肩がいつまでも熱かった。
帰りにまたソレイユに寄った。
自分でもしつこいな、と思いつつ、ここのところは必ず一杯目はモンテ・プルチアーノ・ダブルッツォを頼む。
今回はカウンターに座って、ワインとシチューを頼んだ。
「お前、最近金持ちだな。 うちで夜に食事するとそこそこかかるんだぞ?」
頻繁に通う円の懐を心配したのか亮一がそんなことを言ってきたので思わず円は吹き出す。
「あはは、心配してくれてんの? 大丈夫、最近彼氏もいないからお金使うところなくって。」
円のセリフに今度は亮一が吹き出した。
「寂しいこと言って胸張るな。 ・・・はい、おまけだよ。」
亮一がスティックサラダを出してくれた。
チーズディップがおいしくて円も好物だった。
「わ、ありがとう!」
陽菜はあえて会話に入ってこないようで、円はしばらく雑談した後、亮一を見て言った。
「・・・リョウくん、私・・・明日ね、友人と会って藤代さんのこと告白してくるわ。 私もその子と同じ人のこと好きだってことも、二人で食事したことも。」
亮一が一瞬フードを作る手を止めて円を見て、とても穏やかに笑った。
「そうか、それがいい。 陽菜もこの間言ったけど、いつか言わなければならないだろうし、そしたら早いに越したことはない。 この間どうしても言えなかったってことも、きっとわかってもらえるよ。 明日は閉店まで開けておくから、頑張ってこい。」
やんわりと明日も相手をしてくれることを告げられ、円は泣きつく先ができたことで少しほっとした。
「うん。 結果どうであっても寄らせてもらっていい? ちょっと怖い・・・けど、がんばる・・・。」
亮一が頷いた。
円はグラスワイン一杯とシチューを時間をかけて食べるとソレイユを後にした。
亮一と陽菜が笑って手を振ってくれた。
「あら、円。 お帰り。」
家に帰ると母親が迎えてくれた。
離婚して以来仕事の量を増やして頑張っている母親のことを円は尊敬していた。
「お母さんもお帰り。 忙しかったのね。」
母親が笑う。
「今日は切り上げたけど、明日は帰る自信ない。 泊まってくるかも。」
母親は一度無理をして倒れて以来、遅くなる時は通勤時間がもったいないので仮眠室かホテルで休むようにしていた。
「明日は私も遅いし、無理せず泊まって休んでよ。」
「そうね、無理しない。」
母親が洗濯機を見に行った。
・・・明日、私も遅い。
自分のセリフを反芻しながら円は部屋へ上がった。




