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憂鬱な週末が明けると明音にランチを誘われた。
明音と賑やかな中華料理店に入ると明音が待ちわびて口を開いた。
「円、この間楽しかった! 週末研修だったから今日藤代さんに会ったんだけど、藤代さんも楽しかった、って! 次、いつにする?」
明音のテンションに思わずのけ反ると明音が続ける。
「今度は私から誘ってみるけど一緒に飲んでよ。 あ、それから、あれ、ありがとね。 」
あれ、と言われて円がポカンとすると、明音が言った。
「二次会だよ。 あんな下手な芝居までしてくれて。」
明音のセリフに思わず反論する。
「下手な芝居って失礼だね!」
「だって分かりやすいんだもん。 でも、ありがと、おかげでいっぱいしゃべれた。 元奥さんの話も聞いちゃった、あのね・・・。」
明音が藤代の別れた妻の話をしようとした時、入り口から賑やかな声がした。
「あ、伊藤さん! 横空いてる? 相席させて!」
明音の同じチームの先輩二人が手を挙げて笑うのでその話はそのままうやむやになった。
藤代の元妻の情報や二次会での様子も知りたかった気がして、円はもやもやしたままランチを終えた。
部屋の入り口で円だけが皆と別れて席に戻る。
明音たちは藤代の席の近くなのでちらりと見送ると藤代と目があったが、軽く会釈すると藤代のことを見ないようにして仕事をした。
ソレイユができて以来、円は悩みがあるとソレイユに寄って亮一と陽菜と喋ることで気持ちを落ち着かせることにしていた。
今回は少し躊躇したが、やはりソレイユのドアを開ける。
「マーちゃん、いらっしゃい。」
陽菜の笑顔に思わずぐっときたけれど、円は笑って赤ワインをオーダーして窓際の席に座った。
「なんだ、赤ワインなんて珍しい?」
亮一がグラスを渡してくれながら言うので円が極力笑って答える。
「最近はまったの。 これなあに?」
亮一が見せてくれたボトルには、「モンテプルチアーノ・ダブルッツォ」とあり、また藤代と隣り合わせで飲んだあの日を思い出して表情が歪んだ。
その表情に亮一は気づいたようだったが、特に突っ込んではこなかった。
しばらく飲んでいたら藤代から電話があり、躊躇したけれど円は電話に出る。
「はい・・・。」
「木元? 今、少しいい?」
焦ったような声に円も心が乱れながら話を続けると、藤代が小声で言った。
「お前、この間の飲み会は何か他意があった?」
「え?」
藤代のセリフは円の頭の中でうまく意味を成さない。
「伊藤さんからやたら・・・。 オレは自惚れていいのか、それともお前には迷惑なのか、判断に迷う。」
それでも、「好き」という言葉を口にしない。
円が思わず言い返した。
「迷惑なんていつ言いました?」
その口調に藤代がムッとする。
「言ってないけど・・・。 わかった・・・もういいいよ。 でも声聴くくらいは許せ。」
・・・珍しく酔ってるな。
円は藤代に会いたくなる気持ちを抑えたがつい本音が漏れた。
「私だって藤代さんの声聴きたい・・・。」
はっと口を閉じた円の気配を感じたのか、藤代の雰囲気が電話の向こうで和らいだ気がした。
「藤代さん、ごめん。 私・・・。」
「いい、ごめんな変な電話して。 おやすみ。」
藤代の電話を切って、円はお代わりをしにカウンターに行き腰かけた。
さっきは放置してくれたが、ワインを出す時に亮一が言った。
「どうした、円?」
それ以上何も言わない亮一の温かさに感謝する。
「うん・・・ちょっと弱ってる。」
亮一が黙って円をみつめるので円が泣き笑いの顔でグラスに口をつけると、ぼそぼそと話始める。
「・・・コウちゃんショック長かったけど、最近いいな、って思う人、できた。」
亮一は自分の弟の名前が出たので少し眉毛をあげて言った。
「そうか。 よかったな。」
「・・・そうでもないよ、色々あって。」
円はそこで話を切った。
「・・・また、しゃべりに来ていい?」
亮一が笑った。
「いつでも来い。 ワインサービスしてやるからな。」
「うん・・・。」
亮一の優しい声に円は泣きたくなるのを我慢した。
それから円は一日おきにソレイユに通い、少しずつ藤代のことを亮一と陽菜に話し始めた。
何回目かの時に、亮一がやっと突っ込んできた。
「好きなんだろ、その人のこと。 なんか障害あんのかよ。 まあ、同じ職場ってのは大きいけど・・・バツイチってのも多少は問題か・・・。 年、離れてることもけっこうネック? ・・・なんだ、問題だらけかよ。」
亮一のストレートなセリフに円は怒るより笑いだしてしまった。
すかさず陽菜に肘を入れられた亮一をみてまだ笑い続けたが、円は一気に二人に話を聞いてもらいたくなる。
バツイチの藤代の歓迎会で話があい、気を許しすぎて泥酔したこと。
そこで孝誠のことを聞いてもらい、気持ちがすっきりしてやっと前を向けるようになったこと。
お詫びに食事に行ったらさらに盛り上がってそのまま泊めてもらったこと。
「え、もうヤったの! 展開はやっ!」
陽菜のリアクションに今度は亮一が陽菜の頭をはたき、陽菜が慌てて謝った。
「何が一番問題だ? 何が苦しい?」
亮一の指摘に円は友人から藤代が好きだと相談を受けたこと、藤代と懇意にしていることを言い出せなかったのだと伝えた。
陽菜に頭を撫でられて円の目から涙がこぼれた。
「・・・正直にお友達に言ってみようか。 ・・・時間が空いたら余計にこじれちゃうんじゃないかな? 人を好きになるのって止められないもん・・・。」
陽菜のセリフは円の心を代弁してくれていた。




