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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
木元円の場合
90/308

-10-

円と藤代は結局のんびり起きだした後身なりを整えて藤代の車で出発し、ブランチを食べてから円の家まで送ってもらった。

最後は細い道に入るので、このエリアの住人はタクシーなどは階段の下で降りるのが通例で、円も先日奏に引き渡されたのと同じ場所で車を停めてもらった。

「ああ、ここだ、弟さんが迎えに来てくれたとこ。」

藤代が笑って円がまた頭を下げる。

「あの時は本当にありがとうございました・・・。」

コンビニで調達したコスメで軽く化粧をした円を藤代が見て、円の頭をぽんぽん、と軽く二回叩いた。

「・・・食事とかつきあってくれてありがとう。 気が向いたらまた一緒に行ってくれない? 毎晩コンビニ弁当ってのも色気なくってな。」

藤代が少し照れながらそう言うので円はシートベルトを外しながら笑った。

「じゃあ、今度の金曜どうですか? 最近ずっと韓国料理食べたかったんだけど、辛いの苦手ですか?」

・・・何誘ってんの、私・・・。

自分で自分の勢いに少し驚きながらも円はまっすぐ藤代を見ると、少しびっくりした顔の藤代が笑った。

「辛いの大好き。 じゃあ、連れて行って。」

円は頷くと車から出てお辞儀をした。

「楽し・・・かったです・・・ありがとうございました。」

「こちらこそ。 じゃ、また月曜。」

走り去る白い車を見送って、円は藤代の存在が自分の中で一気に膨らむことに気づいた。


それから週末に食事をするのが続いた。

店を決めるのは円で、ほとんどの場合は藤代が支払いをした。

あれから一度だけまた家に上がったけれど、キスまでの関係で終わっていた。

離れたくないけれどなんだかそういう関係になってしまうのは少し怖いと思う自分がいて、藤代はきっとそれを読んでくれているんだろうな、と思った。

好かれている自信はあったが、同じ職場で年齢差もあり、さらにバツイチ、という藤代がどこまで円のことを考えてくれているのか、今は知らなくてもいいからこうやって二人で楽しい時間を過ごしたいと思った。

二人で食事に行きだしてひと月半ほど経ったころ、明音に誘われて居酒屋に行って久しぶりに二人で飲んだ。

「円、最近楽しそうだね。 もしかして、幼なじみと不倫始めたとか?」

明音のセリフに思わず円が噛みつく。

「ちょっと、明音! なんで私がコウちゃんと不倫すんの、失礼だね!」

明音が大笑いする。

「ごめん、ごめん。 でも、ほんとなんかプライベートでいいことあったんじゃない? 表情が明るい!」

さすがに仲のいい同期は鋭いな・・・。

円は驚いたが藤代のことはまだ話すべきでないと思い、かわした。

「ファンデ変えたからかな?」

「あのね、そういう問題じゃなくて。 ・・・ファンデ変えたの、どこの?」

コスメフリークの明音はすぐにそっちに食いついてきた。

円はホッとして、またビールを飲んだ。

1時間もした頃、明音が黙りこくったかと思うと俯き加減でぽつりと口を開いた。

「ねえ、円。 歓迎会以来藤代さんと仲いいじゃない? ・・・あの人、彼女いるとかそういう話、知らない?」

「え?」

突然藤代の話題になり、円は一瞬で酔いが醒める。

明音が続けた。

「仕事でけっこう藤代さんとかむんだけど・・・あの人、すごいよね。 見た目のんびり系なのに仕事早いし、指示は的確だし。 上司に意見するのも上手で・・・着任早々の会議でプロジェクトの予算増額させたのも納得。 ・・・カッコいいなあ、って思って。」

円は相づちも忘れて明音を見る。

明音は頬を染めて円を見た。

「好きだなあ、って思ってて。 食事に誘ったりしたら引くかな? ワインが好きなんだよね、とりあえず数人で飲み会してそこで押したいと思ってるから円もつきあってよね。 筒井は面倒だから、白井さんあたり声かけようと思ってるから。」

円は胸がドキドキするのを抑えて小声で言った。

「好き・・・なの?」

明音が苦笑いして答えた。

「わざわざバツイチに目をつけなくていいのにね。 なんかずっと藤代さんのこと思っちゃって・・・とりあえず、少人数飲み会でしょ、ってことで、私より円が誘った方が来てくれそうだからアレンジしてよ。」

明音のセリフにめまいがした。

・・・どうしよう・・・言うべきかな・・・。

まさか、親友が藤代を好きだなんて・・・と思って、はたと我に返った。

・・・そうか・・・私、もうコウちゃんより藤代さんのことが好きになってるんだ・・・。

私も・・・藤代さんのこと、好きなんだ・・・。

明音にそう告げようかと思ったけれど、どうしても勇気が出なかった。

「ね、聞いてる、円? 飲み会よろしくね!」

「わかったよ! 明音の方が席も仕事も近いくせに、なんで私!」

明音がまた俯いた。

「緊張して誘えないよ・・・断られたら、たかが飲み会でもショックじゃん。」

明音がタバコに火を点けた。

円はそれからの会話をあまり覚えていない。

家に帰ると藤代からの着信に気づき、12時前だけれど折り返してみた。

「あ、木元? ごめんな、折り返してくれたんだ。 今日は伊藤さんと飲み会だったよな、飲みすぎてないかちょっと心配で。」

藤代の声に円は力が抜けてベッドに横たわった。

・・・ああ・・・この人が好きだ・・・。

円は再度、自分の今の気持ちを自覚した。

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