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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
木元円の場合
89/308

-9-

藤代は優しく、優しく、何度も何度も円の唇に自分のものを重ねた。

「ふじ・・・しろ・・・さん・・・。」

円はそれでも息が熱くなってきて呼吸が乱れる。

少しして藤代はもう一度円を優しく包むと頭を抱えるように抱きしめて少し低い声で言った。

「・・・帰らなくていいのか?」

「だからっ・・・帰らない、って決めた・・・。」

円がそう言うと藤代が体を離して円を覗きこんで、はーっと大きな息をついた。

「・・・待って・・・とりあえず、あっち行こう、おいで。」

円は靴を脱ぐと手を引かれてリビングに通される。

2DKの室内はあまり物がなく、雑誌や本はたくさんあちこちに置いてあった。

「あー、人を連れてくるつもりにしてなかったから片付いてなくてごめん。 とりあえずお茶でも飲むか。」

ジャケットを脱いで窓を開けながら藤代が言うので、円も閉め切っていた部屋のぬるい空気を振り払うようにジャケットを脱いだ。

途端に緊張が押し寄せる。

・・・私、何してんの、こんなとこで!

藤代さんって、会社の上司だよ?

バツイチで元奥さんはうちの関連会社で働いてて、中学生の坊やがいるんだよ?

そんな人の部屋に上がりこんで、どうなってんの、私!

藤代が振り返って円を見て吹きだした。

「・・・何緊張してんの。 ヘンなことしないから、ほら、ソファ座ってな。 もうアルコールは十分だよな。 俺はペリエ飲むけど、木元は? 冷たいのなら、ペリエとエビアンと緑茶と牛乳ならある。」

牛乳という選択肢 に思わず吹いて、円が笑った。

「私もペリエもらっていいですか? 炭酸大好き。」

藤代がペリエのボトルを二本器用に指に引っかけてこっちに来ると、ヘンなことはしないと言ったくせにソファ越しに背後から円を抱きしめた。

円はそのまま少し体重を藤代にかける。

「・・・何で着いて来た?」

今さらな質問に円は怒ることなく素直に答えた。

「藤代さんと別れて家に帰るのが名残惜しかった・・・もっと一緒にいたいな、って思ったから来ました。 いけなかった?」

藤代が抱きしめる腕に力を入れる。

「・・・オレも、木元を見送るのは名残惜しいと思った。 来てくれてありがとう・・・人が一人増えるだけで、部屋ってあったかくなるもんだな。」

円は体をひねって藤代を見て、自分からキスをした。

「ペリエください。 喉渇いた。」

藤代は小さく笑って自分も円の隣のソファに腰かけながらペリエを渡した。

・・・沈黙が痛い・・・。

そして、冷静に色々今夜は男性の部屋に上がり込むには不都合があったことも思い出す。

・・・終わりかけとはいえ、まだアレの最中だし、お泊りセットなんて持ってないし、歯ブラシ・・・は?

メイクも化粧直し程度しか持ち歩いてないし、どうしよう・・・。

「・・・。」

何かを言いかけては止める円の姿にペリエを飲みながら藤代が吹きだした。

「木元は割とわかりやすいな。 今、何思ったか当てようか?」

「え?」

顔を上げると、これまで見た仲で一番いい笑顔の藤代が笑っていた。

「オッサンに乗せられてつい部屋に上がり込んだけど、お泊りセットやメイク落とし持ってないしどうしよう・・・っとか思ってない?」

あまりに的確なセリフに円はぽかんと口を開けて藤代を見て、その顔を見た藤代が大爆笑した。

「なんでわかるの・・・?」

円が言うと藤代はまだ笑ってペリエを流し込みながら答えてくれなかった。

・・・前の奥さんも『感情を隠すのが下手』だって言ってたっけ・・・。

私、前の奥さんに似てるのかな・・・?

円はそんなことを思うとペリエを開けた。

「なんでだろうな、わかる気がした・・・。」

伏せた目線の藤代が、なんだかとても愛しく思えた。


新しい歯ブラシをもらい、藤代の部屋着をぶかっと着た円は呼ばれるままに藤代のベッドに上がるとグイッと手を引いてこかされた。

「いたっ・・・。」

転がった先には藤代がいて、至近距離の藤代の顔に緊張する。

「今日はこうやって・・・一緒に寝よう、もう2時まわったよ。 ・・・明日車で送るから・・・用事は何かある?」

寂しいことに週末は何も予定がなかった。

「特にないです。」

「なんだよ、意外に地味な週末過ごしてんだな。」

藤代がそう言うので円がムキになって顔を上げようとすると藤代がそっとキスを落とした。

「そしたらのんびり寝てから考えよう・・・おやすみ・・・。」

藤代さん、あったかい・・・。

男の人と一緒のお布団で寝るなんていつ以来だろう・・・。

少し寂しい記憶をたどっているうちに、緊張しているというのに円は静かに眠りに落ちた。


翌日目覚めたら8時半で、円はとりあえず歯を磨いて顔を洗った。

洗顔がないので強引に石鹸でメイクを落としたので少し顔がひりひりした。

トイレに入ったところで洗面に藤代が来た気配がした。

円はふとトイレの隅の汚物箱が目に入って、途端に胸がキュッと痛んだ。

・・・奥さんと別居して4年・・・。

これ、奥さんが置いていったのかな・・・それとも、別居してから何人か恋人いたのかな・・・。

・・・別にいいんだけど。

円がトイレから出ると藤代が洗面で待っていた。

「起きたらいないから焦った・・・。」

本当に少し焦った顔の藤代がまた『可愛く』て、円は自分からキスをした。

「・・・お腹空いた・・・。」

「・・・色気ないな!」

藤代が吹きだして円を抱きしめる。

円は自分も藤代の背中に手を回し、ぎゅっと藤代を抱きしめた。



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