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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
木元円の場合
87/308

-7-

夕方になってなんとか体調も落ち着いたので筒井に電話をしてみた。

「円! お前、大丈夫かよ?」

・・・仕事以外で筒井に電話かけるの初めてかも・・・などと余計なことを考えながら円は苦笑いした。

「ほんっとごめん。 藤代さんとタクシー乗ったあたりから記憶怪しくて・・・。 弟にすっごい怒られたよ。 雰囲気乱してごめんね、そっちは遅くまで?」

筒井が答える。

「まあ、終電乗れる程度。 藤代さんが3万円も置いてくれてたからただ酒飲んだ。」

・・・タクシー代も持ってもらったままだ、と円は思い出した。

「で? 今日は二日酔い?」

筒井のセリフに円が正直に答える。

「二日酔い。 昼前までトイレとお友達で、ただいま猛省中ってとこ。 しんどかったわ・・・。 」

筒井が電話の向こうでホッとした声をあげた。

「バカだな、何そんな泥酔してんだよ。 なんか悩みでもあるならオレ聞いてやんのに。」

「ほんとね。 来たばかりの藤代さんに、何あけすけに話してんだろうね。 自分で嫌んなる。」

円のセリフに筒井が一瞬黙った。

「オレでよかったらまた話聞くよ。」

「うん・・・ありがとう。」

まだ何か言いたげな筒井に再度礼を言うと円は電話を切った。

山中にも電話したら、酒の席のことは不問、と笑い飛ばしてくれた。

「円ちゃんも抱えてることあったんだね。 恋バナだった? 私もフリーになったとこだし、まあお互い前向いて行こうよ。」

山中は長年付き合った相手と別れたところだった。

・・・山中さんも、別れた彼のことまだ好きでいるのかな。

円はそんなことを思った。


結局その夜はまたうとうと過ごし、奏や母親が何時に帰ってきたかもわからなかった。

ぐだぐだな週末を終え、出社してから円は二次会メンバーに謝罪に回った。

みんな体調を心配してくれ、円はひたすら頭を下げた。

その姿をみた明音が何事か聞いてきたので円が顛末を伝えると明音がのけぞった。

「円酔うなんて珍しいね。 藤代さん、甲斐性ある!」

肝心な藤代は朝から会議で不在だったので、昼休みに食堂から帰ってきたところをやっと捕まえた。

「藤代さん、あの・・・。」

円が声をかけたら藤代がさらっと返す。

「あ、木元さん。 ちょうどよかった、聞きたいことあるんだ。」

藤代がそう言いながら一緒にいたリーダー達から離れてこっちに来る。

「コンビニつきあって。」

事務所の向かいにコンビニがあるので二人はエレベーターに向かった。

歩きながら円が俯いて言う。

「金曜日すみませんでした。 連れて帰っていただいてありがとうございます。 タクシー代立て替えてもらってすみません、これ。」

円が白い封筒を渡そうとすると藤代が笑った。

「これ、弟さんが用意したの?」

質問の意味がよくわからず、それでも首を横に振ると藤代が今度は吹き出した。

「木元姉弟はしっかりしつけられて育てられたんだな。 弟くんも金曜日にそうやって白い封筒を渡そうとしてくれたよ、車代だって。 それは受け取れない。 会って間もない木元さんと話するのが楽しくて、木元さんを酔わせたのはオレだ、って自惚れてるんだから。」

少し含みのある藤代のセリフに円がグッと黙ったが、もう一度封筒を押しつけた。

「私が勝手に飲んだんです。 ほんと、取ってください。」

頬を赤くして封筒を渡そうとする円の手をまたやんわりと包んで押し戻し、藤代が言った。

「じゃあ、こうしよう。 来週でも再来週でもいいから食事しよう。 独り身になって晩御飯がいつも冴えないから付き合って。」

触れた手が熱くて円は封筒を持った手をだらりと下げると藤代を見た。

「それでチャラ。 いいね? ピザの美味しい店があるからそこに行きたい。 来週、再来週、どっちがいい?」

円は即答した。

「来週金曜。」

異動で知り合ったばかりの職場の先輩・・・いや、上司にも近いポジションの人と二人で食事をすることがいいのかどうかわからなかったが、もう一度藤代と時間を共有できると思うと待ちきれない想いがした。

藤代はコンビニに入りながら笑った。

「わかった。 携帯教えてもらったから連絡はそっちに入れるよ。 さて、コンビニ来たけど何買おう?」

「へ?」

藤代が真剣に棚を睨むので円も笑って二人分デザートを買って店を出た。

コンビニは円が払った。


翌週の金曜日は少し離れた駅のイタリア料理店に行った。

待ち合わせは現地とし、5分ほど前に円が到着すると藤代はもう席にいた。

仕事中は作業着を羽織るので基本的に通勤はラフな格好でオッケーなのだが、少しシャレた店に合わせたのかジャケットと胸元の開いたカットソーを合わせており、とても似合っていた。

とにかくピザが食べたいという藤代にホールスタッフがお任せで料理を合わせてくれることになり、藤代がバローロをボトルで頼んだ。

「うそ・・・それ、鬼門っていうか・・・。」

たじろぐ円を楽しむようにテイスティングをしながら藤代が目を伏せて言った。

「なんで? 想い出のワインだよ?」

藤代が笑顔でソムリエに頷いてみせ、赤い濃いワインがグラスに踊った。

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