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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
木元円の場合
86/308

-6-

「なんか、視線がヤバいぞ? 大丈夫か?」

筒井が覗き込んでくるが、確かに焦点を合わせるのに時間がかかる気がする。

そこまで飲んだつもりもないけれど、ここにきてワインを何杯空けただろう?

・・・でもいいや、なんだかすごくすっきりした気分。

円は笑った。

「うん、大丈夫。」

グラスに手を伸ばそうとして、やんわりと藤代に止められた。

ソフトに包み込まれた右手からなんだか熱くなってくる。

「木元さんごめん、勧めすぎたかな。 ・・・筒井さん、白井さん、まだ11時にもなってないからゆっくりしてて。 オレ、木元さん送って先抜けるよ。」

藤代がそのまま右手を握ってくれる。

筒井の表情が揺れるのが見えた。

「え、主役にそんなことさせられないです。 オレが円連れて行きますよ、大体の家の場所わかるので。」

筒井が言うと藤代が笑った。

「いいよ、オレが飲ませたから。 これ置いていくから後はみんなで足してくれる? 今日は歓迎会ありがとう。 二次会も楽しかった。」

それからお金の押し問答があったようだが、結局は藤代がかなりお代を置いて帰ることで決着したようだった。

円はぼんやりする頭でみんなに挨拶する。

「なんかごめんなさい・・・酔っぱらっちゃった。」

「藤代さんたら、円ちゃんと何を話し込んでこんなにしちゃったのよ。 やーらし。」

山中がグラス片手に突っ込むと藤代が大笑いした。

「ええ、なにそのセリフ!」

藤代は特に弁解はしなかった。

「みんな、今日はありがとう。 また月曜!」

円は荷物を藤代に預け、腕を抱えられて店を出るとタクシーに乗った。

「・・・ごめん、悪酔いさせたな。 話題考えるべきだった。」

自分の肩に円をもたれさせるとなんとか聞き出した住所をタクシーに告げて二人で座席に沈んだ。

円はぼんやりしながらも応える。

「私も酔っぱらってすみません。 でも、コウちゃんのこと、藤代さんに・・・聞いて・・・もらえ・・・て・・・。」

あれ?

円は自分が泣きだしたことにびっくりして身を起こした。

気付かないうちに、円は静かな涙を流していた。

少し驚いた表情を浮かべた藤代は少し体をずらすとそっと円を抱きしめてくれた。

「・・・いいよ、泣いたら。 きっと前向ける。」

「ふじっ・・・しろさん・・・は、泣い・・・た?」

藤代に素直に抱きしめられながら円が呟くと藤代はギュッと円の頭を抱えて耳元で答えた。

「泣いたよ・・・。」

そこから記憶がほとんどない。


目が覚めたら自分のベッドで寝ていたが、多少ゆるめてあるものの昨日の服のままだった。

時計をみたら朝の六時で、起き上がってうがいをしたらそのまま気分が悪くなってトイレに直行した。

・・・最低・・・。

もう一度洗面で青い顔を見ていたら不機嫌そうな奏が入ってきた。

「いいトシして酔いつぶれて上司に送らせるなんて、何やってんだよ。」

奏の言葉で一気に昨夜の記憶が甦るがタクシーの中でそれが途切れる。

「私・・・どうやって帰ってきた?」

はっ、と鼻で笑うと奏が言った。

「11時過ぎに自分で電話かけてきたんだろ、下まで迎えに来いって。 様子がおかしいから一応タクシー代持って行ってみたら、上司の人に抱えられて姉ちゃん帰ってきたんじゃないか。 しかも昨日はあの人の歓迎会だったんだろ? 主役に送らせるなんてあり得ない。」

どうやらタクシーの中から自分で奏を呼び出して帰ってきたらしかった。

「藤代さん、何か言ってた?」

「飲ませすぎてすみません、って謝ってたけど自分で飲んだんだろ? タクシー代、取ってもらえなかったんだ。 プライベート携帯番号知らないはずっていうから、藤代さんの携帯借りて姉ちゃんの携帯にワンギリしといたから着信履歴残ってる。 適当な時間に詫びの電話入れとけ。 あと、姉ちゃんの携帯に筒井さんって人と山中さんって人から何度かメールと着信あったから応対して無事に着いたって言っておいたから。 二人にも連絡してあげて。」

完璧な対応の奏に頭が上がらず、円はひたすら謝った。

「ごめん、カナ・・・。」

そこまで般若のような顔だった奏が最後にフッと表情を緩めた。

「コウちゃんのことやっと前向ける、って昨日何度も呟いてたけど。 藤代さんにつきあってもらって吐きだしたんだ? とりあえず、よかったな。 じゃ、二日酔いの人がいたらうざいから、もう少し寝たらオレ出かけるから。 母さんは今夜帰れるかどうか微妙。 あとは一人で苦しんでな。」

返事を待たず奏が洗面所から出て行き、円はとりあえず部屋に戻って眠りについた。

結局昼までに数度トイレへ通うことになったが、昼過ぎにやっと落ち着いたのでまだ痛む頭でまずは藤代に電話をかけた。

ワンコールで藤代が出る。

「木元さん? 生きてる?」

「あの・・・昨日すみませんでした。」

藤代は電話の向こうで笑った。

「ううん、オレは楽しい酒だったし気分整理できてすっきりした朝だよ。 木元さんは?」

「じ・・・地獄です・・・。」

藤代が笑った。

「連絡ありがとう。 今日はゆっくりして。 また月曜ね。」

もう少し弁解と謝罪をしようと思ったがあっさり電話を切られた。

体調は最悪だが、円はなぜか心がすっきりしていることに驚きながらまた布団にくるまった。

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