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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
木元円の場合
83/308

-3-

藤代は別の事業所から異動してきたので、ここにはほぼ初めて状態だった。

40歳という年齢のせいか周囲もあまり詳しい説明をしなかったらしく、着任の挨拶をしていざ仕事を始めたら細かいところで不便を感じているように見えた。

円はそういうところに気づいてしまう方で、部付アシスタントの先輩をさしおいて厚かましいかとしばらく様子を見たが先輩も動く気配がないので、藤代が何かを探して席を立った時にさりげなく話しかけた。

「藤代さん、何かお手伝いありますか?」

いきなりのセリフに一瞬びくっとした藤代だったが、ネームプレートをチラリと見て円に笑いかけた。

「えっと、木元さん? ・・・困ってたの、バレた? ここ、文房具ってどこに置いてるんだろう? 前の部署は一般的な文房具はまとめて置いてあって自由に持って行ってたけど、ここは自腹制? 部署によってその辺違うからね。」

「あ、基本的な消耗品はこっちです。 仕事で必要な備品でここにないのは部アシの笹田さんに言えば手配してもらえます。 あと、ポットとお茶類はあの窓のとこで、あそこに置いてるのは無料で飲んでいいんです。 それから、マイカップはおトイレの手前のシンクで洗って・・・洗剤とスポンジも使って大丈夫で・・・置いておくのは自分の席か、あのポットの下です。 引出にみんな並べてて、不文律で場所が決まってますけど、2段目の引き出しの右奥あたりが今空き家なので・・・置く時声かけてください。 ・・・あの・・・私がエラそうに説明してすみません。」

円は笹田を気にしながら簡単にざっと説明をした。

藤代は小声の意味を察してくれて、ホッとして笑った。

「ごめんな、まだ聞きにくくて。 助かった。」

円は会釈をして自販機へ向かった。

それからは普通に接していたので、今急に言われて頬がカッと熱くなった。

「あれは・・・当然のことをしたまでで・・・。」

藤代はくすっと笑って届いたばかりのグラスを揺らした。

「当然のことをしてくれたのが木元さんだけだったんだ。 ありがとう。」

円はそのまま俯いて自分のグラスを揺らした。

「藤代さん、つまみきましたよ。 お、円。 顔赤くない? 人のワイン飲み干して酔っぱらったか?」

筒井がミックスナッツとチーズプレートを藤代に手渡す。

円は筒井をじろっと睨んだ。

「誰かさんのせいでスズメの涙しか飲めなかったのに、どう酔うの、バカ!」

「うるさいなあ!」

筒井とかけあっている間に藤代が山中と話を始め、円はなぜかホッとした。


しばらくしたらなんとなく隣同士で話が始まり、円はまた藤代とペアになった。

美味しかったので二杯目は先ほど味見した赤ワインを頼み、藤代はまた別のワインを頼んでいた。

「また違う赤ですか?」

「ん? ああ、バローロっていう有名なイタリアの赤。 飲んだことある?」

藤代がそう言いながらグラスを渡してくる。

円は香りを確かめながら藤代を見た。

「イタリアはあまり飲んだことない、っていうか、最近ワイン飲み始めたからあまり知らない。」

藤代が飲め、とあごをつきだして笑うので円はまた藤代のワインを飲んだ。

「濃いですね。」

「フルボディが好きなんだ。」

円はグラスの縁を軽く拭き取ると返しながら聞く。

「ワインお好きなんですね。 それに詳しそう。」

藤代がまたグラスを鼻に近づけて小さく笑った。

「ワイン飲み始めたのは別居始めて少しした頃からだから、四年前くらいかな? 独り暮らしで晩酌にビールと焼酎やってたらなんか空きボトルが一気にオッサンくさくて自分でげんなりして。 ワインボトルなら多少たまってもオシャレかと思って。」

いきなり別居の話になり、円はぽかんとした顔で藤代を見たら藤代が怪訝そうな顔をした。

「え? オレ、バツイチなの知ってるよな?」

一応知っていたので頷くと藤代は明るい声で続けた。

「結婚に夢抱くお嬢ちゃんの前で別居の話はないわな、ごめん。 あの・・・。」

円は自分の両親も離婚していたので、家を出て行った父親のことを思い出した。

父親っ子だった円はいまだに両親の離婚を自分の中でうまく消化できていない。

円は思わず藤代に言った。

「一生こいつと、って思ったんですよね? でも、なんで離婚しちゃうの?」

一瞬黙ったかと思ったらストレートな質問をしてくる円に思わずのけぞった藤代は、それでも苦笑いして答えた。

「そうだな。 一生こいつと、と思うくらい、真剣に人を好きになって一緒になった。 そんな大事な人だからこそ、憎しみあう前に夫婦を解消したんだよ。 で? 木元さんは大好きな人いないの?」

両親の離婚を思い出させた上に、今度は孝誠の結婚を思い出させる問いかけに思わず円はグラスをぐいっと空ける。

なによ、さっきから!

ジロッと藤代を睨むと、驚く藤代を通り越して山中と盛り上がってる筒井へ空のグラスを掲げて見せた。

「筒井、お代わり!」

「え? ペース早くないか?」

「いいの、お代わり!」

「えーと、木元さん?」

藤代が小声で円を呼ぶので円がまた藤代を睨んで小声で言った。

「大好きな人、いましたよ? 去年、一生この人と、って結婚しちゃいましたけど? 」

「あ、えー、あの・・・あれ?」

藤代がばつ悪そうに頭をかいた。

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