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遅れて参加した藤代の歓迎会でいきなり主役の隣に呼びつけられた円は、恐縮しながら人をかき分けて藤代の隣に座った。
取り皿には料理がちゃんと残してあった。
「全員揃ったからもう一度乾杯しますよ! 木元さんビールある?」
幹事の広田英幸の声に主役の藤代自らピッチャーからビールを注いでくれた。
「あ、すみません。」
円がジョッキを掲げて見せると広田が声を上げた。
「じゃ、改めて。 藤代さん、これからもよろしくお願いしまーす!」
「かんぱーい!」
円もジョッキをもう一度掲げると藤代がニコッと笑って円のジョッキに自分のものをぶつけてきた。
「忙しい中悪いね。 お疲れさま!」
「いえ、遅れてすみません! 改めてよろしくお願いします!」
円は軽く頭を下げた。
藤代は広田のように賑やかに盛り上げ隊に回るわけではないが、前の部署のエピソードを披露したり、以前仕事で組んだことのある、今日は欠席している皆の知るリーダーの話をしたり、面白い話題を提供して場を盛り上げる。
藤代の上司なども含め30人ほど参加した歓迎会は近年まれに見る盛り上がりを見せた。
円も途中から藤代の隣を別の人に譲って一次会を終えた。
金曜日だしまだ飲み足りない円は二次会に行こうと明音としゃべっていたら、藤代がふらりとやってきて声をかけてきた。
「木元さんはカラオケ? オレはもう少し飲みたいから飲み組に参加するよ、木元さんもおいで。」
藤代に直接声をかけられたら断る理由もないし、もともと円はカラオケに行ってもあまり歌わず飲んだりしゃべったりするタイプだった。
ただ、明音はカラオケが好きなのでいつもカラオケにつきあっていたため、チラリと明音を見ると明音が藤代に話しかける。
「藤代さん、歌いに行こうよ! 私、歌上手いよ!」
明音のセリフに藤代が大げさに驚いて笑う。
「確かに、伊藤さん歌うまそうだね。 マイクいらないんじゃない?」
「わ、藤代さん失礼! いつもうるさくてスミマセンねっ!」
まだ笑いながら藤代が右手で明音を拝んだ。
「今日は飲みたいから次はカラオケ行くよ、ごめんな! じゃ、木元さんはこっちってことで。」
まだ返事もしていないのに藤代がぐいっと腕を引くので思わず明音を見たら明音は手を振って見送ってくれた。
「お疲れ、円! いっちょ、歌ってくるわ!」
「えー・・・。」
不安げな円の声に藤代が笑う。
「何、木元さん。 オレとじゃ不満かよ?」
藤代が飲みたいグループに合流しながら聞いてくるので円もあっさり降参した。
「いいえ光栄です! よし、飲むぞ!」
それを聞いた一つ下の白井和也が円を見て笑った。
「なに、その宣言! みんな、例のワインバー行くよ。」
内輪の飲み会の二次会でよく行くワインバーへ行くことになり、六人でぞろぞろ移動した。
「お疲れ!」
「乾杯!」
六人がそれぞれ好きなワインを頼んで軽くグラスを上げてまた乾杯をした。
円は二次会の一杯目なのでニュージーランドの白ワインにする。
藤代はまた円の隣に座った。
「藤代さん、何飲んでるんですか? ワイン好きなの?」
円の四歳年上の山中英枝がグラスを転がしながら聞くと藤代が香りを楽しみながら答えた。
「モンテ・プルチアーノ。 飲んでみる?」
白井と山中はチームでもワイン好きで有名だったので知っていたようだが、円も他の人も試したことのないものだったので藤代のグラスが次々回っていった。
白井と山中も「ついでに」と味見をした。
「あれ、飲みやすい。 香りキツいのに飲みやすいな。」
円と明音の同期の筒井信次郎が遠慮なくぐいっと飲む姿に円が思わず吹き出した。
「ちょっと筒井、遠慮しなよ! 今日の主役のワインだってば。」
「あ、やべ。 円飲んでないのにこんなにしちゃった。」
明るい筒井は同期の女性を全員ファーストネームで呼び、特に親しい円や明音は呼び捨てにされていた。
「みんなよく飲むね。 はい、木元さんも味見する? 空けちゃっていいよ。」
円は筒井から渡された残りわずかなワインを受取り、チラリと藤代を見ながら飲み干した。
「あ、美味しいかも。」
円の手から笑いながらグラスを取ると藤代がいたずらな笑みを浮かべて言った。
「わ、ホントに飲み干した! 遠慮しなよ、木元さん!」
「えっ、ちがっ・・・私、こんだけですよ? バカなのは筒井!」
「誰がバカだよ! 円っ!」
皆がどっと笑い、場が一気に砕けた。
藤代は近くの店員にお代わりを告げると円を見て笑った。
「木元さん、面白いね! いつも職場の雰囲気上げてくれてて感謝してるんだ。 ほら、飲んで飲んで!」
藤代が急にそんなことを言ってきて、円は一気に照れる。
「別に感謝なんて・・・。」
円がおろおろすると、少し真剣な顔で藤代が笑った。
「初日のこと、オレはちゃんと覚えてる。 ありがとう。」
・・・あ、あれかな・・・。
円はワインを一口飲んだ。




