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たかが五分ほどの距離だが、二人で無言で歩いて夏実の部屋に到着した頃にはお互いかなり冷静になっていた。
・・・また、考えるより言葉が出てしまった・・・。
さっきの勢いはどこへやら、で、突然プロポーズまがいの言葉を吐いた章穂は一気に酔いも醒めた気分でとりあえず荷物を降ろしてコートを脱ぐ。
「えっと・・・。」
涙を浮かべていた夏実もとりあえず冷静になったらしく、買ってもらったピアスの紙袋を大事にドレッサーに置いて服を脱ぐと、章穂を見た。
「・・・あの・・・さ、章穂? あんた、また勢いでモノ言ってない?」
つきあう時も色々考えていたが結局するりと言葉が滑り出た形で告白を受けた夏実はストレートに章穂に言葉を投げた。
「うーん・・・そうだな、勢いで言った。」
あまりに正直な章穂のセリフに夏実がムッとしたが、夏実が怒って口を開く前に章穂がその唇をふさいだ。
そのまま軽く夏実を抱きしめると、さすがに夏実も黙りこくる。
「・・・一緒に住む部屋探そう、って言ったのは勢いっていうか滑り出た感じだけど思いつきじゃないよ。 ここんとこ、ずっと思ってた。 そろそろ一緒の部屋から出かけて一緒の部屋に帰るってのもいいかな、って。」
そこで言葉を切ると、章穂は抱きしめる腕を緩めて夏実が視線を上げるのを待つ。
二人の視線が出会ったところで、また言葉をつづけた。
「実家生活は楽だし近所にはケイやカナやみんないるし、森野塚を出るってことには正直すっごい未練あるよ。 一緒に住むなら森野塚よりこっち方面が断然便利だから・・・オレはあのエリアを出ることになるから。 でも、あそこはオレの実家だから関係切れるわけでもないし、いつだって帰れる。 うち出るのは色々躊躇するけど、それよりもナツとずっと一緒にいたいって気持ちがはるかに大きい。 ・・・具体的なタイムフレームとかは何も考えてないけど・・・ごめん、全く見当もつかないけど・・・さっきのはオレの意思表示っつーか・・・その・・・ナツ・・・一緒になろうよ。」
最後には苦笑いしながらそう言うと章穂がギュッと夏実を抱きしめた。
「もう、アキっていつも反則・・・。 つきあう時だって奇襲攻撃だったし、今日もこの流れでこんな話なんて、想定外・・・。」
そう言いながら夏実もギュッと章穂にしがみつく。
「奇襲攻撃って人聞き悪いな! 少しでも早く話したかったんだよ!」
空港まで追いかけた自分を思い出して章穂が照れると、涙をこらえて夏実が顔をあげた。
もちろん、章穂はその唇に自分のものを重ねる。
「うれしいよ、章穂。 ・・・うん、一緒になろうね。」
お互いに今回のことがプロポーズとはカウントしたくなくて、『結婚』という言葉はあえて避けた。
「うん・・・ほんと、なんだか後先考えないでごめん・・・。」
「その謝り方は微妙だよ!」
「あれ? ごめん!」
慌てる章穂に夏実が泣き笑いの表情で怒って、二人できつく抱き合うと今度は激しいキスをした。
エアコンの効いた部屋でベッドに転がって、二人はまだくっついたままで会話をしていた。
「これからちゃんと家事修行しといてよね。 多少は料理もできないともらい手ないよ?」
夏実のセリフに章穂が笑って噛みつく。
「なんだよ、もらい手ない、って! この流れだっつーのに、お前もらってくれないの!」
夏実がぎろっと章穂を睨む。
「何にも家のことできない男子なんていまどきごめんだよ! アキ、ここでも焼き飯しか作ってくれたことないもんね? もう少しレパートリー増やしておいて!」
急に現実的な夏実のセリフに思わずひいた章穂だったが、確かに夏実の部屋でしたことのある料理は焼き飯と焼うどんだけだった。
「えー、焼き飯のバリエーション増やすのじゃダメかよ?」
「え、やだよ! 私、カルボナーラ好きなんだ!」
「・・・ハードル高いよ・・・やっぱ、この話はなかったことに・・・。」
冗談半分に撤回しようとしたら、夏実が慌ててしがみついた。
「わ、ウソだって、撤回しないで!」
あまりに必死な夏実に思わず吹きだして、章穂はそのままクスクス笑った。
ひとしきり笑って落ち着いたところに、夏実が穏やかに言った。
「ねえ、アキ? 圭輔くんとサトちゃんがうまくいくのを見届けないと家出れないね?」
夏実のセリフにキスを返しながら章穂も笑う。
「隆臣の行く末も見守りたい・・・。」
章穂のセリフに夏実が大笑いした。
「オミくんのまで見守ってたら、私おばあちゃんになっちゃう!」
「・・・何気に隆臣に失礼じゃねえ、それ?」
笑った章穂が夏実に言った。
「・・・夏実、まずはうちに遊びに来いよ。 前にも来たことあるけど、今度はちゃんと、将来一緒になりたい女性だ、って紹介する。 で、お前の実家にも挨拶行かせて。 それから、イベントの始まりだ。」
「優等生らしいタイムフレームだよ。」
「なんだと?」
「褒めたのよ!」
布団の中で章穂が夏実の手を握った。
「・・・夏実・・・。」
「ん・・・。」
二人はもう一度キスをして、ゆっくりと眠りについた。




