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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
北嶋章穂の場合
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-18-

「あれ、聡美一人? 今日バドは?」

章穂が夏実の隣に座りながら聞くと、夏実の向こうから聡美が答えた。

「うん、ちょっと用事あって今日はお休み。 ケイちゃんは行ったよ。」

聡美が視線を落としたまま言った。

「一人で? へえ。 ・・・あ、今日は何飲もうかな。」

章穂が座って亮一を見ると亮一がボトルを掲げる。

「リクエストで入れたんだけど、試す? ストラスアイラ12年。 オレはクセが強すぎて苦手だからアキも苦手かもしれないけど。 ただとは言わないけど半額にはしてやるぞ?」

ここ一年ほどウィスキーにはまっている章穂は飲んだことのない銘柄に目を細める。

「わ、初めて飲む、飲みたい! ・・・あ、炭酸水下さい。」

チェイサーに炭酸水を頼むとやっと落ち着いて夏実と聡美を見た。

「一人で飲みに来たわけ?」

章穂が聡美に聞くと夏実が笑った。

「私が誘ったの。 実家から電話かかってきて外出てしゃべってたらついクセで歩き回っちゃって。 駅の近くまで来たらサトちゃんいてびっくりして、拉致した。」

電話をするとやたらうろうろ歩き回るクセのある夏実のセリフに章穂が笑うとまた振出しに戻った質問をする。

「ケイと練習行かなかったんだ?」

聡美はまた笑って答えた。

「うん、掃除とか今日は主婦の日で。 水曜は行くよ。」

と、カクテル片手に夏実がぐいっと聡美に近寄った。

「練習と言えばサトちゃん! この間の美幸ちゃんのセリフとか気にしないでね!」

突然の夏実のセリフに思わず章穂はぎょっとする。

まさか唐突にその話題に触れるとは思っておらず、酔っているのか夏実の顔色を見たがそんな酔っている感じでもない。

「え? 美幸ちゃんなんか言ったっけ?」

聡美が一瞬真顔で呟いた後、心当たりを思い出したのか小さく息を飲んだようだが、それには気づかず夏実がため息混じりに言った。

「恋愛なんて誰としようが問題ないからね! 聡美ちゃんが好きになった人とすればいいんだから!」

「何言ってんだ、ナツ。 ・・・聡美、お代わり?」

この間バスの中で泣かせたことをまだ引きずっている章穂は必要以上に聡美に気を遣ってしまう。

聡美は空いたグラスをチラリと見て言った。

「何よナッちゃん! ちゃんと恋愛は好きな人とするもん! リョウくん、ダージリンクーラーお代わりと、ハーブのソーセージってある?」

聡美が明るく話を変えた。

夏実もそれ以上は突っ込まなかった。

「あるよ、まいど。 あ、ラムとカシスの新作あるんだ。 飲んでみない?」

亮一のセリフに聡美が顔を輝かせる。

「わあ、飲む!」

「え、ラム? どんな味だか後で一口飲ませてね?」

夏実が身を乗り出すと、聡美がニヤッと笑って言った。

「ナッちゃんのネックレス可愛い! 買ったの? キレイだね!」

あの後ネックレスだけつけていた夏実が一瞬頬を染めたあと、ちらりと章穂を見てニヤッと笑った。

「あ・・・ナツ、待て・・・。」

「来月結婚式に出るからアクセ欲しくて買ったの。 ・・・これ、お揃いのピアスはアキが買ってくれたよ、優しいでしょう!」

「えー、ナッちゃん7月生まれだよね? 優しい、アキくん!」

「わあ、アキくん甲斐性あるじゃない! うれしいよねえ、何もない日のさりげないプレゼント?」

「・・・こっち見ながら語尾上げるな、陽菜!」

「あー・・・。」

話題は一気に章穂と夏実のこととなった。


「あ、聡美! お、アキとナッちゃん。」

夏実のアクセのことや二次会の服装などで盛り上がっていたら、背後から圭輔の声がして思わず全員同時に振り返った。

「ケイ、練習帰り?」

亮一の声に頷きながら聡美の隣にドカッと座るとラムコークを頼んで聡美を見る。

「そー、軽く飲んできた。 こら、サト! お前、暇にしてたら飲み会から来いってメッセ送ったのに!」

「出かけててメッセ気づいたの遅かったの!」

まだ驚いている聡美が胸を押さえながら体勢を直した。

圭輔は不満気に聡美を見たが、おしぼりを使いながら章穂たちに話しかける。

「アキ、ナッちゃんお疲れ! ・・・何、その荷物? そっちも今日練習あった?」

「これ? ここ出た後夏実の部屋行くから取ってきた。」

章穂のセリフに圭輔が笑った。

「あ、そっか。 ごめん、野暮なこと聞いて。」

「謝るとこかよ?」

なんとなく照れくさくなった章穂はウィスキーをまた含む。

甘い香りがフイッと漂い、嫌いな味ではなかった。

「お前いたら歓迎会してくれるつもりだったみたい。 また今度、だと。 今日は少人数で飲んだ、桜井さんと迫さんと、オレと島谷さん。 島谷さんなんて会社で毎日顔見るのになんで週末も一緒に飲んでんだ、っつーの。 聡美いて欲しかった。」

うんざりした表情の圭輔に、それでも聡美は「営業スマイル」を崩さなかった。

「え、歓迎会? そうなんだ、ごめん。」

『聡美いて欲しかった』という圭輔の言葉が章穂と夏実の耳に残った。

「サトちゃん、もうひと口欲しい。 美味しいね。」

夏実が聡美のカクテルを一口含むと、亮一がちらりと圭輔を見て言った。

「それ、ケイを実験台に作ったやつでさ。 ラムとカシスのカクテルで、『セ・ミニョン』って言うんだ。」

途端に圭輔がぐっと黙るので章穂が少し不思議な顔をする。

二外でフランス語を熱心に勉強していた夏実が呟いた。

「『可愛い』、だっけ。 ステキなネーミング前ね。」

「圭輔がつけたんだよ、センスある?」

「圭輔くんらしくないね、えらい可愛い!」

圭輔は恥ずかしいのか夏実と亮一の会話が聞こえないフリをし、聡美が何かを感じたのか同じく少し頬を染めたように見えた。

「はい、ラムコーク!」

「お、陽菜ちゃんカクテル練習中?」

話題が変わってホッとした声の圭輔に陽菜が笑って言う。

「そう、ちょっと簡単なのから覚えたくて。 ケイくん実験台ね!」

「またオレかよ!」

とりあえず、一同で笑った。

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