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「おい、大場ちゃん! そのくらいにしとかないと明日まだ仕事だぞ?」
練習を終えて駅の近くの居酒屋に有志で立ち寄り小一時間経った頃、それほどお酒に強くないらしい美幸と夏実がいい具合に酔っぱらってきた。
三戸部、野崎、志緒と、もう一人三戸部と同い年の加藤譲が参加していた。
「いいの、いいの金曜だし。 適当にやってたら一日なんてすぐ!」
「社会人としてどうなんだよ、それ!」
野崎がつっこんでみんなが笑う。
「いっそ休もうかな、ダルイ。」
「お前はもっとひどいわ!」
さらにひどい夏実のセリフに章穂がサワーを取り上げてその姿を見て聡美が笑った。
「・・・聡美ちゃんはそれ何杯目? 顔色一つ変わらないのね、驚いた。」
タバコをふかしながら志緒が笑うと聡美が宙を睨んでから答える。
「次で4杯目? 喉渇いちゃって。」
空のジョッキを圭輔が取り上げながら聡美を肘でついた。
「1時間で3杯なんて遠慮しちゃって。」
「人聞き悪いよ、ケイちゃんも同じくらい飲んでる!」
圭輔が笑いながら聡美の耳元で生ビールでいいか確認している姿を見ていたら、こっちも耳元で夏実が呟いた。
「ねえ、ソレイユ以外でサトちゃんと飲むの久しぶりなんだけど、圭輔くんと聡美ちゃんのラブラブ度が増してるように見えるんだけど。 ほんとに二人つきあってないの?」
夏実の指摘はもっともで、傍からみていたら仲のいいカップルにしか見えない二人に章穂も苦笑いする。
「・・・つきあってないんだってさ。」
夏実は納得できない顔で軽く唸った。
「もどかしい! いつもエラそうなくせにヘタレだね、圭輔くん!」
あまりな発言に章穂が思わずビールを吹きそうになった。
「言ってやるなよ・・・。」
二人の小声の話は加藤に聞こえたようで、加藤まで小声で聞いてきた。
「え、天野くんと聡美ちゃんって恋人じゃないの?」
メガネの中の瞳が丸くなって驚いている加藤に章穂は小声で返した。
「つきあってない・・・です。 オレたち幼なじみで・・・ケイとサトは、まあ仲良くて。」
加藤はあまり詮索するタイプではないのでそれでなんとなく納得した。
「まあ、時間の問題って気もするけど。」
ストレートなセリフに章穂と夏実も納得して笑った。
サラダが運ばれてきて、聡美が小皿にシーフードサラダを取り分けてエビをトッピングしたものに唐揚げとだし巻を乗せて圭輔に渡すと圭輔が当然のように受け取って礼を言った。
その姿に美幸が突っ込む。
「なんか夫婦みたい、天野さんと聡美ちゃん。 無言でお料理受け渡して。」
「へ?」
聡美が自分用にシーザーサラダをとりわけながら固まると圭輔が大げさに聡美を引き寄せた。
「そりゃ、昔からずっと一緒にいるからね。 並の夫婦よりツーカーだから。」
「えー、やらしい!」
「どう取ればそうなるよ!」
この手の話をうまく流せない聡美がホッとしている姿に章穂までホッとする。
・・・あまりつつくな、大場ちゃん!
「オレ、幼なじみなんてもう何年もしゃべってない。」
三戸部がタバコに火を点けると、志緒も頷いた。
「私、中2で引っ越したし。」
「北嶋んところは幼なじみでずっと仲いいんだな。 貴重じゃない、それ?」
加藤が笑うので、章穂と圭輔と聡美は互いに顔を見て笑った。
「うちのエリア、ちょっと周りから孤立してたから余計に仲間内でつるんでんだよね。 ケイの兄ちゃんがバーやり始めたから集まりやすくなったのもあるし。」
美幸がプチトマトを食べながら笑った。
「恋愛とか抜きにしてこうやっていつまでも仲いいって、ほんとに貴重だね!」
・・・他意はないんだろうが余計なことを!
章穂は心の中で頭を抱えると、夏実が小声で唸った。
「禁句だよ、それ・・・。」
聡美を見ると笑顔で美幸を見ており、圭輔はこらえてるつもりだろうけれど顔が引きつっていた。
・・・また聡美が営業モードに入ってしまった。
気さくなメンバーに心を開いていたように見えた聡美の表情が読めなくなり、章穂は美幸を恨んだ。
「三戸部さん、芋のお代わりでいい? ナツ、オレはビール。 野崎さんは?」
「あ、ハイボール。」
「オレ、ビール。」
飲み物を追加してとりあえず章穂はその話をぶった切った。
聡美はまだ小さな笑みを浮かべていた。
「・・・飲んでしまった。」
皆と別れて電車の中で聡美が遠慮なく座席にもたれて唸る。
結局二時間ほど滞在し、圭輔と聡美はビールを5杯ずつ飲んでいた。
「まだ食前酒だろ、サトは。 リョウ兄んとこ寄るならおごるけど?」
全く顔色の変わらない圭輔が聡美に言うと聡美が大きく頭を横に振った。
「もう12時近いもん、お肌に響く!」
章穂が吹きだした後、聡美を見て言った。
「・・・練習楽しかった?」
「うん、飲みも楽しかった、いい人多いね。」
聡美の表情はまだ硬かった。
タクシーを降りると章穂はすぐなので二人に手を降る。
「お疲れ。」
「お休み、アキくん。」
「またな。」
圭輔と聡美は二人で歩いて行く。
家に入る前にもう一度二人を見ると圭輔が聡美の荷物を持ってやるところだった。
「幼なじみも恋愛する、っつーの。」
何故か二人よりも隆臣の顔が浮かんだ。




