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「さ・・・わ?」
テーブル越しに章穂の手を握りしめ、下を向いたまま体を震わせる夏実の姿に章穂は困惑する。
同時に、さっきの夏実のセリフが頭を回って離れない。
『ずっと好きだった、北嶋くんのこと!』
そう言った夏実は顔を上げることなく震えていた。
「沢・・・顔、上げて・・・。」
・・・触れて、いいんだろうか。
章穂は小さなテーブル越しに夏実を見下ろして躊躇する。
・・・抱きしめても、いいんだろうか。
章穂は体を丸めると空いている左手をそろそろと延ばして夏実の右頬をそっと撫でた。
章穂に触れられて驚いた夏実が顔を上げると、「ぽろぽろ」を通り越して涙でぐちゃぐちゃになった夏実の顔に章穂がのけぞった。
「お前、すごい顔・・・。 てぃ・・・ティッシュ、ティッシュ!」
慌ててテーブルの下にあったティッシュを箱ごと渡すとストレートなセリフに夏実が吹きだして、章穂の手を離して顔を拭った。
「泣くなよ・・・。」
潤んで真っ赤になった夏実の目を見ると、不謹慎にも小さい頃に遊んでいて聡美や恭子を泣かせてしまった時のことを思い出した。
聡美と恭子が泣いた時はだいたい章穂と奏があやす担当で、担当の割にそれほど慰めるのが得意でない章穂は自分が全然関係ない時でもひたすら謝って二人の機嫌を上げていたことも思い出す。
「ごめん・・・。」
そう思うと、また言葉が出ていた。
夏実は首を振ると急に立ち上がって驚いている章穂に飛びついてきた。
「ずっと好きだったよ、北嶋くんのこと・・・。 『春夏秋冬』でいつも無条件で北嶋くんの隣にいられたから、それにあぐらかいてた・・・。 フユと石川くんがつき合い初めてあの二人が不動のペアになったから、よけいに勘違いしてた・・・いつまでも自分が北嶋くんの一番近くにいられるって・・・。 だから、マリちゃんから北嶋くんのことが好きだから応援して、って言われて一瞬にして体中が冷たくなったんだ・・・。 マリちゃんには応援するよ、って言ったくせに・・・会うたびに二人がしゃべってるとこ見るのが辛くて・・・でも、見ていないとなんだか怖くて・・・醜い、私・・・ごめんなさい・・・。」
章穂は話の途中から夏実の背中にそっと手を回して優しく抱きしめた。
触れてもいいのだ、と自分で納得すると右手で夏実の髪を撫でた。
「醜くなんてあるかよ・・・お前もずっと思ってくれてたなんて・・・なんか、ウソみたいだ・・・。 オレと・・・つきあってくれる?」
「うん・・・。」
章穂はホッとして笑って、そっと夏実と唇をあわせた。
軽く・・・何度も・・・。
・・・いきなり飛ばすなよ、オレ・・・。
章穂は昂る気持ちを必死で押さえて唇を離すと、もう一度夏実を抱きしめる。
しばらくそうしていたら、夏実が動いて顔をあげて言った。
「・・・で、答えは?」
「・・・え?」
夏実の質問がわからず固まると、くすっと吹きだして夏実が笑った。
「もう忘れたの、さっき聞いたじゃない、今さらだけど、って! 車。 買ったの?」
・・・ここでまだ聞くかよ、ほんとにコイツは・・・。
章穂はまた吹きだして大笑いし、夏実にもう一度キスを落としてから強く抱きしめた。
「・・・この間買ったんだ。 近所のヤツラと弟はもう何度か乗せたけど、サークルの人は沢が初めて。 沢を一番に乗せたかったっていうか・・・乗っていただきたかったんだ。」
妙に謙虚な章穂のセリフに今度は夏実が爆笑した。
「乗っていただきたかった、って、なによそのセリフ!」
夏実が暴れるので章穂が抱きしめる手を緩めると力が抜けた夏実がベッドに落ちるように座って、そしてまた流れる涙をぬぐった。
「・・・北嶋くん。」
夏実の潤んだ瞳にもう一度出会うと一気に章穂のスイッチが入って思わず夏実をベッドに押し倒し、激しいキスを落とし始めた。
その日はそのままかなり盛り上がったが、「準備不足」により二人とも冷静になって身なりを整えた。
嵐のような自分の感情にお互い恥ずかしく気まずく思ったが、顔を見合わせると吹きだしてまた軽くキスを交わす。
「・・・今日は帰るよ。 今度はちゃんと準備しとく。」
「なんの宣言よ、やめて!」
自分で言って真っ赤になった章穂を見て、同じく真っ赤になった夏実は吹きだした。
「・・・吉原としゃべることあったら礼言っておいて。」
「うん。」
夏実が笑う。
「高遠くんや石川くんに・・・報告するの?」
夏実のセリフに今度は章穂は笑った。
「聞いてくるまで言わない! ・・・ま、明日史朗が泊まりに来いってメッセきたけどね。」
三人が仲いいことを知っている夏実は少し頬を赤らめて吹きだした。
「そっこーじゃないの。」
「・・・だな。」
くすくす笑って、またキスをした。
・・・キスってこんなに気持ちいいもんなのか・・・止まらない・・・。
なけなしの理性でやっと体を離すと章穂は立ち上がって靴を履いた。
「・・・また、来ていい?」
「うん・・・。」
また唇を合わせて、章穂はやっと夏実の部屋を後にした。
車に乗ると緊張が解けて一気に疲れが出た。
今日空港へ行くと知らせておいた圭輔からメッセが入っていた。
・・・着いたらまずはケイとしゃべろう・・・。
章穂はクスッと笑ってエンジンをかけた。




