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車をコインパーキングに入れてからマンションへ戻ってくると、荷物を運び入れたらしい夏実が鍵だけ握って立っていた。
「・・・空いてた?」
並んでエレベーターに向かいながら夏実が聞いてくるので、章穂がポケットの中で車のキーを鳴らしながら答える。
「ああ、最後の一台だったよ。」
「そう・・・よかった・・・。 満車だとずいぶん先までないから。」
そう言うと夏実は俯いて三階で下りると先に立って廊下を歩き、自分の部屋を開けた。
白い家具の多いあまり広くないワンルームに通されると、途端に緊張して章穂は冷や汗が出てくるのを感じた。
・・・勝手に空港で待ち伏せた上にのこのこ部屋に上がりこんでしまったけれど、よかったのかな、オレ・・・。
この部屋、あまり広い方じゃないのにベッドとかあるから動けるスペースあまりなくて沢がずいぶん近いじゃないかよ!
一人で焦っているとペットボトルのお茶と実家から持たされたというクッキーを持って来て、夏実は章穂がちょこんと座っている正面のベッドに腰かけた。
「よいしょ・・・ドリンクとかも何もなくてごめんね。 狭いでしょ、北嶋くんがこっちに来て座る?」
小さなテーブルにクッキーを置いてお茶を注ぎながら夏実がベッドを指して言うので章穂は苦笑いした。
「いや、ここで大丈夫・・・。 なんか急に上り込んでごめん・・・。」
一瞬会話が途切れたあと、夏実が俯いた。
・・・どうしよう・・・。
章穂が沈黙を嫌って何か話そうとした瞬間、夏実が固い表情のまま顔をあげて言った。
「ねえ、北嶋くん・・・。 今さらなこと聞いてもいい?」
思いつめたような夏実の顔に、章穂は思わず息を飲む。
・・・何を聞かれるだろう・・・。
『今さら』何の話があるの?
『今さら』こんなところまで何しに来たの?
どんなセリフが夏実の口からこぼれるのか、それにどう対応しようかと一瞬章穂が悩んだ次の瞬間、真面目な顔のままで夏実が口を開いた。
「・・・いつ車買ったの?」
「・・・へ?」
全く想像していなかった夏実のセリフに思わず章穂は変な声を出してしまい、その後お腹を抱えて笑った。
急に爆笑し始めた章穂に夏実が目を吊り上げて突っ込む。
「ちょっと、北嶋くんどうしたの? なんでそんな笑ってんの! 私おかしなこと言った?」
「ちょ・・・待って・・・。」
笑いすぎで息が苦しくなりながら、章穂はまた新歓コンパのときの夏実を思い出した。
『香川出身の沢夏実です。 高校二年まで習っていたので特技はお習字です。 好きな食べ物はあさりとはまぐりです!』
あの時も全く予想していなかった自己紹介に、章穂ははじけたように笑ったことを思い出す。
好きな食べ物があさりとはまぐり、って、イチゴとか寿司とか、他にないのかよ!
皆が爆笑する中、いったい自分の何がおかしかったのか、と首を傾げていた夏実の姿を驚くほど鮮明に思い出して、そして思い当たった。
・・・そうだよ、沢のことは今でもしっかり覚えているんだ。
あの日自分がどんな自己紹介したのかなんて覚えていない。
新歓コンパのときにはすでにかなり親しくなっていた史朗の自己紹介なんて全く覚えていない。
金城も、吉原も思い出せないのに、沢だけは・・・オレの記憶にこんな鮮明に残っている。
そう思うと章穂の口から一気に言葉が滑り出てきた。
「なあ・・・好きだよ、すっごい沢のこと好き。 何をしてても沢のこと考えるし、何をしてても沢のこと思い出す。 色々フラフラしてごめん・・・今日も・・・ストーカーまがいのことしてごめん・・・。 でも、どうしても早く伝えたいと思った・・・沢が好きだ。」
途中から急に恥ずかしくなって目線を逸らしてしまったけれど、章穂は一気にしゃべって大きな息を吐いた。
息をすることすら忘れていた。
「え・・・なに・・・。」
夏実は驚いて自分で自分の頬を包み込むようにしてベッドの上で固まる。
章穂は小さく笑うとちゃんと夏実の目を見て言った。
「好きだよ、沢。」
夏実の目に涙が浮かんだ。
「ウソ・・・北嶋くんはマリちゃんと・・・。」
そう、金城が気づかせてくれたってのもあるんだ。
不甲斐ない自分を情けなく思いながら章穂はそれを認める。
「うん、金城のこといいな、って思ってた。 でも、金城とご飯食べてても、金城と映画観てても、何しても沢のこと思い出した・・・沢のことが好きなんだ、って気づかされた・・・。」
章穂は出されたお茶を一口含むと立ち上がった。
夏実が潤んだ目で章穂を見上げる。
「・・・今日は帰るよ。 また今度返事聞かせて・・・イヤじゃなかったら、オレとつきあって。 ・・・お茶ごちそうさま。」
笑って帰ろうとする章穂の手を夏実が握った。
章穂が驚く。
「・・・北嶋くんがしたかった話、ってそれだけ?」
夏実の質問の真意を図りかねた章穂は素直にうなずく。
「うん・・・。」
夏実はつかんだ手に力を入れた。
「・・・じゃ、今度は私の番ね。 今、返事する。 ・・・私も好き・・・ずっと好きだった、北嶋くんのこと!」
夏実の目から涙が零れ落ち、章穂は思わず夏実の手を握り返した。




