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4月4日の夜、章穂は待っていた電話がやっとかかってきたので飛びついた。
「おう・・・ごめんな、無理言って。 ・・・あ、そうなんだ。 いや、全然かまわない、っていうか、十分だよ、すっごい助かった。 ありがとう、今度ご馳走する。 ・・・え? ああ・・・まあね。 ・・・うん、この間。 弟や近所のヤツラと遠出して・・・まあ、父親の車しょっちゅう乗ってたし・・・。 あはは、どうかな。 ・・・マジ、ごめんな、無理言って。 今度おごるよ・・・ありがとう、ハルによろしく。」
電話を切るともう一度ネットで調べ物をして、ベッドに身を投げた。
・・・エイプリルフールではなかった、ってことで。
章穂はそのまま眠りについた。
・・・あー、世間は働いてるんだっけ、一本早いのにすればよかったな。
ちょうど帰宅ラッシュの始まるくらいに羽田に着いた夏実は、大きな荷物は送ったというのに帰り際に持たされた惣菜だのうどんだのを両手に抱えるとうんざりしながらゲートを出た。
・・・3回も乗り換えるの面倒だな・・・と思いながら方からずり落ちそうなカバンを勢いをつけて肩にかけなおして前を向いたら、思いがけない人と目があって思わず小さく叫んだ。
「きゃっ・・・。」
「よう、沢。 お帰り。」
ゲートを出たところに章穂が照れた顔を見せて笑っている。
「きたっ・・・北嶋くん? 何やってんの? なんでこんなとこいるの? ・・・あ、すみません・・・。」
思わず立ち止まって叫ぶと後ろのサラリーマンにぶつかられ、慌てて体をよけながらとりあえず章穂の前まで行くと、もう一度言った。
「・・・何やってんの?」
当然と言えば当然のセリフに、章穂も苦笑いしながら言った。
「うん・・・迎えに来た。 沢と話したくて。 えっと・・・車で来たからとりあえず家まで送るよ、すごい荷物だな。 ・・・っつーか、この荷物でよくこのラッシュの時間帯に電車で帰ろうと思ったな。」
両手に提げていた荷物を章穂に取られ、それでもまだ頭がついてこない夏実はその場所を動けない。
「ちょっと待って・・・待って・・・なんでフライト・・・。 あ、そっか、美冬! なんで私の帰りのフライトをあんなに気にするのか不思議だったの! 美冬に聞いたんでしょう!」
夏実が噛みつく姿に思わず吹きだす。
「そうだよ。 吉原に頼んで沢の帰りの便探ってもらった。」
「北嶋くん? 聞いたよ、夏実に明日のフライト何時、って。 でも、まだ取ってないんだって。 朝はしんどいから昼一番に乗るかその次の5時過ぎ羽田着に乗るかかな、って言ってる。 ラッシュ時に重ねて帰ってくるかなあ? 私たちの住んでるところって、空港からはそう遠くないんだけどね。 夏実も私もANA派だから、そこは間違いないよ。」
夏実と同郷の美冬がフライトの情報をくれた。
章穂は数週間前に買ったばかりの自分の車を走らせて、午後一番の便に間に合うように空港に来たがそのフライトには夏実の姿がなかった。
次の便まで2時間少し開くが、ネットをしたり空港をあちこち歩いているうちにあっという間に時間が来て、ゲートから出てくる夏実の姿を見つけた時は、たった1本しか待っていないというのに何故か泣きそうになって困った。
「何時から・・・いたの?」
少し前までの目線も合わさない夏実ではなく、春夏秋冬で仲よくつるんでいた頃の表情に戻っていて章穂はホッとしながら言う。
「えっと、前の便に間に合うくらいかな。」
そう言うと、夏実の目元が潤んだ。
「気が変わって私が今日帰らなかったらどうするつもりだったの!」
章穂はまっすぐに夏実を見て言った。
「また明日来るつもりだった。 ・・・とりあえず帰ろうよ、荷物貸して。」
二人は黙って駐車場まで行き、夏実が住所を伝えて章穂がナビをセットすると沈黙のまま車が動き出した。
「・・・のんびりしたかよ。 吉原は帰らなかったんだな。」
駐車場から車を出して、章穂が前を見ながら話しかけたが、言った瞬間に晴海と付き合い始めたばかりの休みだからそりゃ帰らないよな、とおかしくなった。
夏実はビクッとした後、小声で返す。
「美冬はデート忙しいもんね。 私はのんびりしてきたよ。 心ゆくまでうどん堪能してきた。」
讃岐うどんの好きな章穂は食いつく。
「うどんの本場だもんな、いいなあ。 去年史朗と晴海と将嗣と四国周った時に釜玉初めて食べて、こんな美味しいうどんがこの世にあるのか、と卒倒したね。 しかも安いし。 あれ以来、讃岐うどん、とか書かれたうどん屋見たらふらりと引き寄せられる。」
大げさな章穂に夏実が笑った。
「今日のおうどん、持ち帰りにしては美味しいんだ。 あげるから持って帰ってね。」
「いや、いいよ。 なんか『ほんとは食べたかったのに北嶋くんにあげたんだ』とか、一生言われそうだし。」
「失礼ね、言うわけないでしょ、もう!」
夏実が怒って章穂が笑った。
・・・この感覚だ、懐かしい・・・。
車は帰宅ラッシュで混雑する道路を夏実の家に向かった。
「・・・そこ、コインパーキングあるから。 今日、ありがとう。 上がって行って。」
マンションに着いて荷物を降ろした後、夏実が小声でそう言った。
話をするつもりだったが上がり込むつもりはなかった。
「え、いいよ、急に。」
自分から仕掛けておいて慌てる章穂の姿に夏実が小さく笑うと、もう一度言った。
「車置いてきて・・・話、聞かせて。」
章穂はごくりと生唾を飲みこむと、小さく頷いて車に乗り込んだ。
夏実は重い荷物を両手に抱えてとりあえずエントランスへ入った。




