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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
北嶋章穂の場合
65/308

-5-

翌日、茉莉恵と待ち合わせて行った美術館は章穂が行きたかったところだった。

どうやらこっそりと章穂の好みを聞きだしたらしい茉莉恵は、満足そうな章穂を見て嬉しそうに笑い、おずおずと章穂の左小指を握ってきた。

・・・可愛いな。

章穂は純粋にそう思い、茉莉恵の手を握り返した。

二人はなんだか緊張したまま美術館をゆっくり観て周り、会ったのが夕方だったのでそのままご飯を食べに行くことになった。

茉莉恵の選んだレストランは手ごろな価格のイタリア料理を出す店で、トマト系パスタを頼んだらボンゴレ・ロッソが出てきた。

器用に取り分けてくれる茉莉恵のネイルを見ていたら、ふと夏実のことを思い出した。

「好きな食べ物はあさりとはまぐりです!」

新歓コンパの夏実の自己紹介は割とインパクトが強かったので今でも鮮明に思い出す。

身の大きなあさりを口にしながら、沢が好きそうだな・・・と思ったところで茉莉恵が話しかけてきた。

「パスタ美味しいね! でも、あさりってたまにじゃり、っていうからそれほど好きでないんだ。」

「・・・そうか? 美味しいよ、ここの。」

章穂が笑うと茉莉恵もまた笑った。

一瞬感じた気になる空気はすぐに流れて、章穂はあさりを口に運んだ。

別れ際、茉莉恵がぎゅっと章穂の手を握って言った。

「北嶋くんのこと好きなんだ。 私とつきあって?」

・・・いいよ・・・と言おうとした章穂は、なぜか言葉に詰まって自分でも驚いた。

即答されなかった茉莉恵はすぐに手を振って言った。

「返事は今いらないから! 今度練習の飲み会のあと、一緒に帰ろうね。 飲みなおそうよ。」

茉莉恵は振り向くことなく別れて帰って行った。


次の練習のあとの飲み会では、もうすぐ三年生となる章穂たちにサークルの引導が渡され、卒業試合の設定をするように、と、現三年生の先輩がみんなの前で指名した。

「これは会長とか関係なく手配するから。 春夏秋冬! お前ら四人で担当な! ハルとフユ、いちゃいちゃしてばっかじゃなくて、ちゃんと試合のアレンジしろよ! 就職して遠く行っちゃう先輩も多いんだからな!」

「わかってるよ、うるさいなあ!」

晴海が大声で答え、夏実の隣で美冬が真っ赤になる。

「日がないから。 今日解散したら西嶋と一緒に打ち合わせして。」

昨年の担当の先輩との飲み会を否応なく設定されて困っていると、茉莉恵が来てニコッと笑うと周りにだけ聞こえるような声で呟く。

章穂の周囲にいたのは、晴海、美冬、史朗、夏実くらいだった。

「今日のデートはあきらめるね! また週末とかバイトない日、教えて。」

晴海たちが息を飲んだような気配がしたが、章穂はとりあえず返した。

「うん・・・土曜の夕方から空いてる・・・かな。」

「じゃ、また連絡するね。 試合担当がんばって!」

茉莉恵は先輩たちの隣に戻り、また飲み始めた。

・・・誰か、何かつっこめよ!

誰も今の会話に触れて来ないことが、章穂には居心地悪かった。


飲み会の後の卒業試合の打ち合わせ時、いつも晴海と美冬、章穂と夏実がペアになって座るのだが、夏実が黙って美冬の隣に行き、晴海も察したかのように章穂の隣に座った。

先輩の西嶋祐嗣にしじまゆうしがノートを片手に説明をしながら、ふと顔をあげた。

「アキとナツはケンカか? 早く仲直りしとけよ。」

「ケンカなんて・・・!」

「・・・してない、です!」

夏実と章穂が交互に言うと、西嶋は笑って手をふった。

「相変わらず息があうことだよ。 犬も食わないやつか? まあ、じゃれてろ。」

夏実が俯いてしまったので、章穂は強く否定もできなかった。

・・・金城とつきあおうと思ってんのに・・・沢と仲よく見えるんだ、オレ。

また、一瞬胸がふわりと浮いたような気がした。


土曜日は茉莉恵と映画を観た。

人気俳優が主演の映画で、茉莉恵はその俳優のファンだと言った。

茉莉恵の買ったパンフレットをパラパラと見ながら、半分無意識で章穂が口を開く。

「へえ、人気あるんだな。 沢もファンだって言ってた・・・。」

言ってからしまった、と思ったが慌てないように務めた。

茉莉恵は笑って章穂の言葉を流した。

また、胸がイヤな感じにふわりと浮いた。

そのまま居酒屋に行ってしゃべって、茉莉恵に頼まれて一人暮らしの家まで送る。

駅からすぐだが茉莉恵はぎゅっと手を握ってきた。

マンション前で別れる時に、背伸びをして茉莉恵からキスをしてきた。

・・・オレは金城が好きなんだ・・・。

つきあうかどうかの答えもしていないのに、章穂は一瞬体を離すと少し激しいキスを返した。

「ごめん・・・。」

なぜか口から出た言葉は謝罪の言葉だった。

「なんで? うれしい・・・。」

のぼせた茉莉恵の顔に、章穂は苦笑いする。

「おやすみ。」

「うん・・・。」

章穂は振り向かないで短い駅までの道を急いだ。


・・・金城と付き合うのに!

なんで、沢の顔ばっか浮かぶ、ってんだ!

章穂は電車を降りると圭輔に電話をかけた。

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