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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
北嶋章穂の場合
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-4-

よっぽど痛い思いをしたらしく、またビールをがぶ飲みする章穂の姿を見て、夏実がフッと笑った。

「・・・章穂は圭輔くんの気持ちがよくわかるでしょ? 私はサトちゃんの気持ちがよくわかるよ。」

ジョッキを持ったままジロリと夏実を見た章穂がため息をつきながらジョッキをテーブルに置いた。

「まあ・・・そうなんだよ・・・。」

夏実がわざとらしく付け足す。

「まあ、圭輔くんと違うところは、最初はアキはマリちゃんのことの方が好きだった、ってとこだね。」

「・・・言うなよ・・・。」

章穂は置いたばかりのジョッキをまた取り上げて美味しくなさそうにビールを飲んだ。


章穂と夏実の出会いは大学一年の春にさかのぼる。

生徒数2万人ともいうマンモス校に入学した章穂は、体育部ほど真面目にはする気はなかったが、それなりなレベルのバドミントンサークルに入りたいと3つのサークルに体験入会した。

最後に参加したサークルが一番真面目に練習し、いい人が多かったのでそこに入会することにした。

4月の終わりに新歓コンパがあり、章穂を含む男女13人が入会した。

夏実とはそこで出会い、それからの付き合いだ。

夏実は高校時代は卓球をしていたらしいが、知り合い程度だった吉原美冬よしはらみふゆに誘われてこのサークルに入ったと言った。

美冬も初心者だったが、高校の体育で専攻してはまった、と言った。

同期の男子に石川晴海いしかわはるうみというのがいて、「はるうみ」「なつみ」「あきほ」「みふゆ」の四人は先輩たちから「春夏秋冬」とひとくくりにされて、何かとネタにされた。

章穂と夏実は3年生から付き合うことになるのだが、一足はやく晴海と美冬も恋人同士となり、どうやらそろそろ結婚するようだった。

同期に「春夏秋冬」と呼ばれる四人がいたためか、この四人を中心に章穂の同期はあまり練習に来ない3人をのぞいて、男子6人女子4人がとても仲よくやっていた。

同期飲み会もよくやったし、実家が金持ちだという、高遠史朗たかとおしろうが3LDKの広いマンションに住んでいたこともあり、史朗の部屋でよく集まってダラダラしゃべった。

2年の終わりごろ、調子に乗って酔いつぶれた金城茉莉恵きんじょうまりえを章穂と史朗が引受けて史朗の家に運んだことがきっかけとなり、茉莉恵が章穂に好意を示し始めた。

その頃、同時に夏実も派手ではないけれど誠実で明るい章穂に惹かれており、章穂は同時に二人からの好意を受けることになる。

そういう空気に疎い章穂だけれど、晴海や史朗につつかれてよく気をつけてみると、確かに二人とも自分に好意を寄せてくれていることがとてもよくわかった。

「章穂は誰のこと好きなんだよ?」

史朗の家で晴海と史朗の三人で飲んだ時、話は自然とそういう方向となり、少し酔った晴海に突っ込まれた。

史朗はつきあって二年になる2歳年上の恋人がおり、晴海は美冬とつきあって3か月程度だった。

高校時代から人気のあった章穂だったが、女子たちは互いにけん制し合ってあまり深く付き合うこともなく、一応恋人と言われる人は何度かいたし、キスも経験済だったが最後までいったことはない、という、見かけより純情な生活を送ってきた。

茉莉恵は割と途切れず恋人のいるタイプだったので、夏実よりずっと章穂の扱いには慣れていた。

なにより、先に夏実に章穂への好意を相談し、夏実が動けないように暗黙の釘を刺した。

もちろん夏実は自分も章穂が好きだと言いそびれ、結果として茉莉恵の恋を応援する立場となった。

夏実が身を引いたのと茉莉恵の積極的な態度に押され、章穂は段々と絶妙のタイミングで連絡をくれる茉莉恵の存在が大きくなってくる。

茉莉恵は同期で一番可愛い女性でもあった。

「えー、誰が好きって聞かれても・・・オレも自分でよくわからない。 最近、金城に誘われて飲みに行ったりしてて・・・金城可愛いし楽しいし・・・けど、ちょっと前に沢と飲んでた頃も楽しかったし・・・。」

煮え切らない章穂のセリフに毒舌家の史朗が鼻で笑う。

「自分の気持ちだろ、わかんないっておかしくないか。 二人に言い寄られて舞い上がってんなよ、どっちも取り逃がすぞ。」

章穂は的を射た史朗のセリフに頭を抱えた。

「金城といる方が楽なんだよ・・・。」

口にしたことで、章穂は自分は茉莉恵が好きだと思った。

「金城が好き、かな。」

章穂はグイッと鳥飼のロックを空ける。

史朗が黙って鳥飼を継ぎ足してくれて、そしてぽつりと呟いた。

「・・・恋愛って、楽かよ?」

「・・・オレは相当しんどかったけど・・・。」

章穂は後でこの二人の言葉をまざまざと思い出すことになる。

三人で飲んだ次の練習の帰り、いつも有志で食事をして帰るのだが別れ際に茉莉恵が言った。

「北嶋くん、もうすぐ切れちゃう美術館のチケットあって、明日つきあってくれない? 晩御飯おごるし。」

「いいよ。」

小さくガッツポーズする茉莉恵を夏実がじっと見ていた。

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