-3-
土曜日に体育館につくと、もう夏実はコートに入ってアップをしていた。
「北嶋さん、お疲れ様。」
2歳年上の山本志緒がコートから声をかけてくれ、向かいのコートにいる夏実はラケットをあげて合図した。
「お疲れ様です。」
コートの外に荷物を置いてアップをしていたら、5歳年上の三戸部誠がやってきた。
「北嶋、打とうよ。」
三戸部は圭輔たちが入会したサークルに学生時代のペアの相手がおり、相手である迫義則がこっちに来たり三戸部が向こうへ行ったりしながら練習をして大会に出ていた。
「三戸部さん、お疲れ様です。 今来たんだ、ちょっと待って!」
章穂は慌てて柔軟を続けると、三戸部が隣に来て座った。
「なあ、迫のとこにたくさん入会するらしいな。 北嶋の幼なじみと弟だって?」
意外に体の柔らかい章穂は自分のつま先を持ちながら頷く。
「そう。 高校時代ダブルス組んでたやつ。 オレもね、そいつと一緒に大会出ようかと思ってる。」
三戸部がガットの張りを確かめながら笑った。
「迫が昨日電話してきてな。 天野くん、だっけ? すっげえ上手いから要注意だ、って。 あいつは勝ち負けにこだわりすぎんだよね。」
どちらかというと冷静なプレーをする三戸部と熱い迫とのペアは、それでもとても息があっており、大会でも上位に入賞することが多かった。
「でも、大学時代の桜井ってヤツもあっちいて・・・。 桜井に誘ってもらってサークル復帰したからやっぱあいつと組むべきかな、とか、ちょっと迷ってる。 でも、ケイとやんのが一番やりやすいんだよね。」
三戸部が笑った。
「まあ、不動のペアにする必要ないしその辺はうまくやれば? 弟も入るなら兄弟ペアってのもありだろ。」
すっかり隆臣の存在を忘れていた章穂は柔軟をしながら転がった。
「あ、隆臣のことなんて忘れてた・・・。 悩ましいなあ。」
「人気者だな。」
章穂は唸りながら柔軟を終えて、三戸部とコートに入った。
「お疲れ!」
「お疲れ!」
練習を終えて6時半ごろ、章穂と夏実は近くの居酒屋で二人で座って乾杯をした。
夏実はそれほどアルコールに強くないので、一杯目から巨峰サワーなるものを飲んでいる。
章穂は生ビールを一気に半分ほど飲んだ。
土曜の練習は昼からなので、終わった後に有志で飲みに行くこともあるが、今日は二人で別行動とした。
適当につまみを頼むとメニューをたたんで、待ちきれないというように夏実が章穂の方に身を乗り出す。
「で、この間向こうで練習したんでしょ? サトちゃんたちどうだった? サトちゃん、本当に上手だよね?」
アウトドア好きな陽一郎が何度か主催したBBQだのイベント時に夏実を連れてきたりしていたので聡美と夏実は面識があったが、先日初めて一緒にバドミントンをして、聡美の豪快なショットに夏実は度肝を抜かれていた。
「聡美は、背がまあ高いからな。 女性にしては攻撃的でスマッシュよく打つし、怖い存在だよ。」
章穂がまたビールを飲むと、夏実が笑う。
「でも、一緒に試合出よう、だなんてうれしいな。 聡美ちゃん、可愛い!」
そうだな・・・と思った瞬間、先日聡美を泣かせてしまったことを思い出して章穂が苦い顔をする。
敏感にそれを察知した夏実が不思議そうに聞いた。
「どうしたの? なんで急にそんな難しい顔するの?」
妙に鋭い夏実に少し驚きながら、それでももごもごと答えた。
「いや・・・この間・・・。 ちょっと色々あって、サトのこと泣かしてしまった・・・。」
「えっ!」
驚いた表情の夏実が、ドン、っとサワーを置くとギロッと章穂をにらむので慌てて弁解をする。
「いや、いじめたとかそんなじゃなくて・・・あのな・・・。」
章穂はため息をつきながら、つい聡美にかけてしまった言葉を繰り返した。
「・・・サトはキョウといると絶対キョウを立てるし、気を遣うんだ。 あいつらは家も隣同士の一人っ子同士だから、小さい頃から姉妹みたいに育った。 まあ、姉妹まで濃くないにしても従姉妹レベルっつーか、わかる?」
「うん、言いたいことはわかる。」
いつの間にか空いてしまったジョッキを店員に渡してお代わりを注げながら夏実はじっと章穂の話を聞く。
「・・・ここんとこ特にその傾向が強いっつーか・・・。 恭子が圭輔のこと呼び捨てにし始めた頃から聡美がやたらと恭子に遠慮する、っつーか・・・。 そのくせ、圭輔は聡美ばっかかまうんだよ。 んで、また恭子がケイにべったり、っつーか・・・。 ああ、もう、上手く言えないけど、なんか聡美が気持ち抑えてんのが気になってな。 気づいたら言葉が出てた。」
ふうん・・・と夏実が息をついた。
「早い話、大きなお世話だね。」
「わかってるよ、だから反省して謝ったんだろ、サトに!」
章穂が慌てると夏実が笑ってサワーを一口飲んだ。
「先月ソレイユで三人組見たからアキの言ってる意味、わかるよ。 サトちゃんはキョウちゃんの顔色伺いすぎ。」
「・・・だよな。 大きなお世話だけど・・・。」
どうもバスの中で見た聡美の泣き顔が離れなくて章穂は頭を振ると来たばかりのビールをまたごくごく飲んだ。




