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「・・・まあ、よく飲んだわね。」
夜の10時過ぎに母親がキッチンに並んだ空き缶をみて唸った。
「亮一も寝かせた。 シャワーは明日浴びてもらうね。 もっと早くお父さんの部屋着貸してあげたらよかった、膝のあたりが皺だらけ。」
亮一はきちんと両親に挨拶した後、コーヒーを飲みながらこれまでの話をして聞かせた。
穏やかな声で両親の顔を交互に見たりちらりと陽菜をみたりしながら、亮一は淀むことなく話し続ける。
・・・好きで入った会社だったしやりがいも感じていたが、あまりの激務の中で今後を真剣に考え始めたこと。
その頃、一緒に仕事をしていた陽菜のことが気になり始めて、恋人同士になれたときは本当に嬉しかったこと。
陽菜と過ごす中でやっと自分のしてみたいことが形を成してきたこと。
会社を辞めて店をしたいと言った時、当たり前のように陽菜が一緒に店をすると言ってくれたことへの驚きと感謝。
その後、自分の強い意志を示さなければならないのにもめることが嫌で目を背け続けていたこと。
一年間やってきて、まだ利益は薄いものの店は着実に軌道に乗っていること。
それには陽菜の働きとリードや支えがとても大きいこと・・・。
普段そのようなことを話す機会がないため、陽菜は亮一からのセリフを新鮮な思いで聞いた。
そして、亮一がどれだけ自分を思ってくれ、必要としてくれているかを感じて、また泣きそうになった。
両親は黙って話を聞き、母親は途中涙ぐんだりしてはそれを隠すようにコーヒーのお代わりを持ってくるので、さすがに三回目で止められてみんなで笑った。
そのまま早めの夕食になだれ込み、母親得意のちらし寿司や唐揚げや元祖の明太子ピザを堪能しながら、男性二人は差しつ差されつよく飲んだ。
まず父親が降参して寝室へ消え、その姿を見送った亮一は一気に気が緩んだのか珍しくぐったりとソファに身を沈めたので、陽菜が強引に客間の布団に突っ込むと秒殺で寝息が聞こえた。
「・・・お父さんに紹介できてよかった。」
つられて陽菜もかなり飲んだので少しフラフラしながら片付けを手伝う。
「明日は二人とも二日酔いだね。 どうしよう、亮一のお宅にお邪魔するのに。」
陽菜にはもうひとつイベントが残っているからか酔いきれていない。
母は陽菜の背中をポンポンと叩いてにっこり笑った。
「亮一さんは実家に帰るだけだもの、別に二日酔いでも大丈夫でしょ。 陽菜は明日はしっかりご挨拶してきてね。 今度一緒にお食事できるよう、話だけでもつけてきてくれる?」
・・・両家顔合わせ、ってやつだ・・・。
陽菜は急な展開に頭がついてこなかったが、やっと亮一と結婚できるかと思うと気が引き締まった。
「お母さん、ありがとう! 明日は頑張ってくる!」
その夜は陽菜も自分の部屋でぐっすりと寝た。
翌朝、男性たちは予想通り二日酔いで亮一は実家には夕方行くと連絡し、頭を抱えながら陽菜の母親に詫びと礼を告げた。
「お父さんはまだ起きてくるの無理ね。 亮一さん、お粥入る? シジミエキスたっぷりのしょうが粥よ、陽菜についでもらって食べられたら食べてね。」
「本当にすみません・・・。」
熱いお茶を飲みながら背筋を伸ばすことができない亮一の姿に母親も陽菜も笑った。
母親がキッチンから出ていき、亮一は軽くよそってもらったしょうが粥を口にする。
「しみわたる・・・。」
陽菜が笑って、自分はバターたっぷりのトーストを頬ばった。
「・・・いきなりこんなでごめん。」
「関門クリアしたら弾けすぎでしょ。」
また一口粥を口にした亮一が唸るように謝り、陽菜が笑いながらジロリと睨む。
「・・・でも、ここ数年で一番楽しい酒だったよ。」
そう言って笑う亮一に、キッチンだというのに陽菜がキスを落とした。
「・・・や、お酒くさい。」
「・・・わかりきったことだろ、こら!」
陽菜がまた目を潤ませた。
手を伸ばした亮一がそっと陽菜の頭を撫でた。
「お世話になりました。 いきなりひどいところ見せてすみません。」
3時を回るころ、二人は玄関で両親に挨拶をした。
昼過ぎにのっそり起きてきた父親はしばらくソファで寝ていたけれど、さすがにその頃にはさっぱりした顔になっていた。
父親と一緒に酔いつぶれた形の亮一は、昨日とは違って平身低頭、深々と頭を下げてその姿に女性陣が笑った。
「・・・もっとこれからも酌み交わそうじゃないか。 たまには陽菜と一緒に帰っておいで。」
父親が『帰ってこい』と言ってくれたことに気づき、陽菜も亮一も感動した。
「お寿司とか、ありがとう。 亮一のお宅に差し入れるね。」
たくさん作ったちらしずしやから揚げを保冷バッグとともに渡されて、陽菜が笑った。
「亮一さん、ご両親によろしくね。 それから、陽菜のこと、よろしくお願いします。」
「こちらこそ、末永くよろしくお願いします。」
二人は横山家を後にする。
「さて、今度はうちに行くか。 ケイはともかく考誠呼んだらしいから、今夜は天野家オリジナルメンバー・フィーチャリング・陽菜、ってことで。」
「何それ! あってんの、その使い方?」
「自信ない!」
車は静かに駐車場を滑り出た。




