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「あれ? さっきからオミいたっけ?」
四人組が騒いでるところへ聡美が来て隆臣の隣に立った。
「おう、サト、お疲れ。 仕事終わってさっき来たんだ、カギを忘れてさあ。 母ちゃんたち寝るの早いから兄ちゃんに合流した感じ。」
「またあ? 前に会った時もカギ忘れてたじゃない。 なんか小学生みたい、カギ忘れた、なんて!」
聡美はケラケラ笑うと隆臣が少しバツの悪い顔をし、その顔をみた聡美がもっと大口を開けて笑いながら亮一に声をかけた。
「ああ、おかしい・・・。 あ、リョウくん、ケイちゃんがだし巻きといつものピザと明太きゅうり欲しいって。 あと、ミックスナッツ。 ナッツ持ってくよ。」
「・・・お前ら飲んできたんじゃないのかよ?」
フードメニューの追加に、カウンターの中で亮一がミックスナッツの入ったジャーを手に取りながら言うと聡美が答えた。
「うん、あのね。 キョウちゃんが会社の子と飲むの約束してたのにその人熱出したらしくて。 お店、キャンセルできないからってケイちゃんが呼び出されて、ついでに私も呼んでもらった。 私は一時間ほど遅れて行ったけど、もうキョウちゃんもケイちゃんもかなり出来上がってて、焦ったよ!」
「あー、想像つくな。」
圭輔や聡美はかなり酒に強い方だが、飲み会は好きだがそれほど酒に強くない恭子はよく酔っぱらって眠たそうな顔でこのバーにいる。
それを知る聡美のセリフに章穂が言うと、同じく恭子のことを知るみんなが笑った。
「何食べてきたの?」
陽菜が声をかけると聡美が奥へ向かって叫ぶ。
「お豆腐料理のお店だった。 豆乳鍋がすっごい美味しくって。 今度行く? 日曜もやってるから、ほら連休の時とか行く? 値段もお手軽だったよ。」
聡美が最近有名になった豆腐料理専門店の名前をあげた。
「でも、ケイちゃんはちょっと物足りないって。 だからピザ欲しいんだって。」
「ね、リョウくん、いつものピザ、ってなに? オレたちにも欲しい!」
聡美のセリフに食べ物に敏感な隆臣が食いついて身を乗り出すと、陽菜が亮一の隣に来て答えた。
「カマンベールと明太子とブロッコリーのピザ。 メニューには載せてないんだけどね。 ケイくん明太子好きなんだよね。」
陽菜の笑顔に隆臣が食らいついた。
「わ、旨そう! 欲しい! オレらにも焼いて!」
勢いよく注文する隆臣の姿に亮一が言った。
「なんだ、メシ食ってないのか、オミ?」
温めたパンを追加してやりながら亮一も笑うと隆臣が頷いた。
「今日忙しくてね。 昼もその失敗した焼き菓子つまんだだけでさ。 ・・・あ、パンいただきます!」
「人にたかる日はもう少し遠慮しろよ、お前!」
そうは言いつつおごってやるつもりの章穂が隆臣を睨むと奏が笑った。
「お、章穂おごってやんの? 隆臣、お前の兄ちゃんは優しいな。」
「あんたの姉ちゃんも優しいよ!」
「うわっ!」
いつの間にか離れて座ってた円が空いたグラスを持って聡美の隣に立っており、カウンターにいた四人は全員飛び上がるほどに驚いた。
「姉ちゃん! びっくりさせんな!」
弟の奏が一番驚いたようでスツールから落ちかけて慌てて体勢を立て直し、その姿に陽一郎が大笑いする。
「あ、マーちゃん、久しぶり!」
聡美は動じることなく笑顔で円に挨拶すると、円がニッと歯を見せて笑った。
「陽菜さん、混んできたし席移るね。 サト、久しぶりだね。 圭輔たちと来たんでしょ、そっち行っていい? あ、私、サイドカー、下さい。」
さっきまで暗い顔で電話をしていた円とはまるで別人のような姿に亮一は余計に心配する。
「サト、ほら、ナッツ。 あとはオレが持ってくから円も一緒に座ってろ。」
亮一がミックスナッツを聡美に手渡すと、聡美が頷いたあとで大げさに隆臣をのぞきこんだ。
「オーミ! シチュー一口ちょうだいよ!」
「ん? あ、ああ、いいよ。」
同い年の隆臣と聡美は昔からとても仲が良く、隆臣が牛肉をほぐしてスプーンに乗せてくれたので、隆臣の手首をつかんで聡美がシチューを口に運ぶと小さく呻いた。
「んー! リョウくんったら、何回食べてもシチュー絶品! 天才!」
聡美が満足そうに笑うと、それを見ていた隆臣も笑ってまたスプーンをシチューに突っ込んで食べ始める。
聡美は軽く亮一と陽菜に会釈するとナッツを大事そうに胸に抱いて、笑いながら円と並んで圭輔たちの方へ向かう。
奏が心配そうに円の後ろ姿を見送った。
「・・・姉ちゃんもなあ・・・。」
「ん、なに、カナ?」
「いや、なんでも。 喉渇いた!」
奏がボソッと呟くと陽一郎が奏を覗きこんだが、あいまいな笑顔を浮かべて奏が姿勢を正してコロナを傾ける。
亮一もちらりと円を見た。
恭子に何かを言われて大笑いしている姿だけを見たら元気なのだが、ここ2週間ほど何度も店に来ては暗い表情を見せる円のことがとても気になった。