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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
横山陽菜の場合
59/308

-19-

日曜の朝、起きるともう10時近かった。

慌てて洗濯と掃除をすませるとそれぞれの実家に電話をかける。

母親に、これから陽菜の家に挨拶に行き泊めてもらう事と明日は報告も兼ねて実家に帰りたい旨を伝えると、涙もろい母親は電話の先でもう涙声になっていた。

「しっかりご挨拶しておいで。 手土産持って、靴磨いて。 髪も陽菜ちゃんによく見てもらってね、リョウは後ろがよくはねるから!」

35歳の息子へかける言葉とは思えず、亮一は笑うと礼を言って電話を切った。

陽菜もお茶の時間に帰ると言って電話を切り、1泊の用意を持って二人は部屋を出た。

途中で軽く昼食を済ませ、道中は意外に冷静にこれまでのことを振り返った。

あっという間に陽菜の実家マンションに到着し、来客用の駐車スペースへ車を停めると陽菜がきっと唇を結ぶ。

二人は黙ってエレベーターに乗り、11階に降り立つと陽菜が先に立ってチャイムを鳴らし同時にカギを開けた。


「ただいま。」

「おかえり!」

到着前にメールしていたからか母親が廊下で待っていた。

「こんにちは。 お休みのところすみません。」

礼をする亮一に母親が満面の笑みを浮かべた。

「ま、スーツで来てくれたの? 上がって。 お父さんがもう待ちくたびれちゃってる。」

父親の話題に二人が思わず硬直すると、母親がポンッと陽菜の頭を叩いた。

「楽しみだわ、娘が恋人をお父さんに紹介するなんて。 すごい萌えシチュエーション!」

「ゲームじゃないんだから。 萌え、って!」

場にそぐわない母親の姿に吹き出した陽菜が先に上がり、亮一は靴を揃えると小さく深呼吸をした。

母親についてリビングに入るとソファに父親が座っている。

「よく来たね。」

父親はすっかり納得したのか、穏やかな表情を浮かべてそう言った。

「お休みのところお邪魔します、天野亮一と申します。 今日はお時間割いていただきありがとうございます。」

・・・仕事してる時も「天野さん」の挨拶はいつも完璧だったな、と陽菜は昔を思い出す。

仕事がらラフな人も多い中亮一はけじめはつける性格で、クライアントとのアポの時にはこうやって挨拶をする姿を見ていた。

父親も満足したのか亮一にもかけるように勧め、亮一が手土産を渡したり母親がコーヒーを入れたり、陽菜がそれを手伝ったり自分たちの上着をかけに行ったり、とがたがたしたが、飲み物が行き渡った瞬間四人が同時に息を飲んだ。


一瞬の沈黙のあと、陽菜が既に目を潤ませて両親を交互に見ながら口を開いた。

「お父さん、お母さん、紹介が遅くなってごめんなさい。 こちら天野亮一さん。 前の会社の先輩で、今は一緒にお店やってる私の大好きな人よ。 亮一さん、私の大切な両親です。」

そこまで言うと陽菜はもう涙が止まらなくなって言葉が続かない。

陽菜にそっとハンカチを渡すと、亮一が立ち上がって礼をした。

三人は同時にビクッとしたが、亮一は顔を上げると真っ直ぐに父親を見つめた。

「ご挨拶がこんなにも遅くなったこと、陽菜さんと店を一緒にするにあたって説明に上がらなかったこと、本当に申し訳ありませんでした。 本来なら不誠実な人間とのレッテルを貼られて、陽菜さんと会うことを禁止されてもおかしくないと・・・。 情けないことに自分でもそう思います。」

そこまで言うと亮一は言葉を切り、涙の止まらない陽菜を優しく見下ろした。

「それでも私は陽菜さんのそばにいたい、そばにいてほしいと、そう強く思っています。 店でもプライベートでも最高のパートナーでありたいし、そうなれるよう全力で努力します。 陽菜さんとこれからもずっと一緒に歩んで行きたいと思い、今日はご挨拶に上がりました。」

亮一はまた頭を下げた。

陽菜はハンカチで目を押さえて、ゆるぎない声で挨拶をする亮一を見上げた。

父親はフッと笑うと口を開いた。

「・・・陽菜は私と妻の大事な一人娘でね。 本当はもう一人子供が欲しかったけど色々あって諦めたんだ。 私はこの一人娘が可愛くて、自慢でね。 なんの苦労もなくぬくぬくとお姫様みたいな生活をさせてやりたいと・・・半ば本気でそう思っていたよ。 会社勤めを辞め、いわゆる水商売を始めると聞いて、心底驚き絶望した。 可愛い陽菜に苦労が目に見える道を歩ませたくなくてね。」

父親はコーヒーを一口飲むと真っ直ぐ亮一を見て笑った。

「ところがこの娘は、この一年苦労したと思ってないんだそうだ。 好きな人の人生に寄り添っているからか毎月顔を見せる度、楽しそうに笑っている。 ・・・亮一くん、私たちが陽菜に特上の幸せを願う気持ちは変わらない。 娘がいつも笑顔でいられるよう、陽菜をよろしくお願いします。」

父親が頭を下げ、隣の母親も頭を下げた。

陽菜は声をあげて泣き出し、亮一は不覚にも涙が浮かんだが最敬礼で応えた。

「さあ、座って。 この一年、どうしていたか二人から聞かせてもらおうか。」

父親のセリフに慌てて目尻を拭った亮一は、落ち着いた声で店の名前の由来から話始めた。

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