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森野塚四丁目恋愛事情  作者: mayuki
横山陽菜の場合
58/308

-18-

「ごめん、陽菜ちゃん、パンのお代わりもらっていい?」

孝誠は遠慮なくシチューにパンを浸しながら豪快に食べていく。

「よっぽどおなか空いてたんだね。 後でこっそりシフォンケーキつけたげる。」

陽菜が周りに客がいないのを確かめてそう言うので、孝誠は遠慮なく左手をあげて感謝の意を示した。

「もうすぐ一年経つから、リョウ兄も覚悟決めて陽菜ちゃんの実家に申し入れたんだ? まあ、よかったよ、いつまでたっても進展なくてやきもきしてた。」

シチューにスプーンを入れて軽くかき混ぜながら視線を落として呟く孝誠に亮一が素直に答える。

「いや、オレが頑張って申し入れようとする前に陽菜のお母さんが色々やってくれて、お膳立てしてくれた。」

亮一のセリフに孝誠が顔をあげて苦笑いした。

「なんだ、リョウ兄がやっと男気出したかと思ったら違うのか。」

割と包み隠さずものを言う弟に、今度は亮一が苦笑いした。

「言うなよ、一歩遅れた、って後悔してんだ。」

「リョウ兄らしい。 いつも考えすぎて一歩がなかなか出せない。」

「うるさいな、考えるより先に足を出すお前とは違うんだ。」

言い得て妙だ、と亮一は一人で吹き出す。

・・・2歳下の弟は、亮一と違って直感で動くことも多いし、三人兄弟の中では一番口数が少ないけれど、悩んで言葉が出ないことなどなくさらりと真実を口に出す。

たまにあまりにストレートな物言いに「毒舌」と称されることもあるが、聡美などに言わせると「コウちゃんが一番わかりやすい」らしい。

吹き出して笑う亮一につられて孝誠もくすくすと笑った。

「陽菜ちゃん、よかったな。 挨拶終わったらオレとヒトでおごるから、ちょっと飲みに行こうよ。」

「ありがとね、コウちゃん。 とりあえずみんなにはヒミツ、ね!」

孝誠はお代わりのパンを平らげたあと、こっそりサービスでつけてもらったシフォンケーキとカフェオレもきれいに腹に収めて、またさらりとした髪をなびかせて会社へ戻っていった。

「・・・いきなりコウちゃんにカミングアウトするからびっくりしたよ。」

孝誠の食べた皿を洗いながら陽菜がつぶやくと、亮一が小声で返した。

「コウが珍しくプレゼンいまいちだった、とか、弱みっつーか、可愛いとこ見せたから、ついオレも素直になってしまった。」

・・・ついつい、コウちゃんと張り合っちゃってる亮一のこと、知ってるよ・・・。

陽菜は笑って亮一を見た。

「挨拶終わるまでみんなにはナイショね! でも、コウちゃんが知っててくれてる、ってのは心強い。」

陽菜のセリフに亮一がホッとした表情を浮かべた。


予告通り、それぞれが美容院に行って4時前にカフェで落ち合ってメニューの研究をひそかにしていたところ、亮一に母親から着信があった。

賑やかなカフェなので、席を立たずに亮一が対応すると亮一が小声で叫んだ。

「えっ、ケイが? いつ? え、オレ全然知らなかった・・・。 マジかよ! ・・・ああ、なるほどね。 あいつも可愛いなあ。 ・・・ああ、了解、次からは確かめてから帰る。 ・・・オレら、美容院行ってさっぱりして、いまお茶してるよ。 ・・・ああ、明日には投函しようかと・・・そうだね、うん。 ああ、わかった。」

驚いた陽菜が亮一を見つめると、亮一が電話を切った後、目を見開いて楽しそうに言った。

「圭輔が車買ったんだって、ワーゲン! あいつ、一言も言わなかったよなあ! なんだか、聡美を一番に乗せてやりたいからって、昨日は聡美つれてディーラーに車取りに行ったらしいよ。 これから母さん乗せてもらうらしい。 くそー、あいつ金持ちだなあ、一括キャッシュで買ったらしいぞ。」

「えっ、外車をキャッシュで一括? どんだけお金持ってんの、ケイちゃん。 次回から割増とってやろうか。」

陽菜の容赦ないセリフに亮一が笑う。

「鬼か、お前! でも驚いた。 次から車で帰るときは一応連絡くれ、だとよ。 今度ケイの車借りてドライブしよう、運転してみたい。」

ドライブの好きな亮一の目が子供のように輝いた。

一瞬、陽菜の脳裏に運転席に座る亮一と隣に座る自分の姿と、声をあげて笑う後部座席の子供の姿が浮かんだ。

・・・私も、もう、そういう夢みていいんだ・・・。

それがとてもうれしくて、不覚にもまた涙ぐみそうになって口を閉じる。

急に難しい顔をした陽菜を怪訝そうに見た亮一に、あわてて陽菜が笑った。

「挨拶行ったあと、天野へ挨拶に行け、ってお父さんに言われたよ。 また連絡しといてね。」

「・・・ああ。」

陽菜が何かを飲み込んだことに亮一は気づいたが、あえて触れないでそっと陽菜の髪を撫でた。


日々は忙しく過ぎ、あっという間に次の週末がやってきた。

「おしまい、っと。 明日はそれなりに早起きだもん、早く寝ようね。」

少し早めに店を閉めて家にたどり着いたのは1時半だった。

「・・・亮一、今日・・・。」

・・・不安なの・・・亮一に触れたい。

リビングの電気を点ける亮一に後ろから抱きついて陽菜がそう言うと、何もかもわかったかのような顔で亮一が振り向いた。

「シャワー、先浴びて。」

二人は丁寧に体を重ねて、陽菜は倒れこむように眠りについた。

亮一がいつまでも陽菜を抱きしめてくれていた。

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